第34話 冬に終わる
茜がいま、何を考えて何をしようとしているのか、私には想像することしかできない。
だけど、一つだけわかる。きっと、茜も私のこと嫌いなんだろうなって。
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服を着替えて、親が病室にもってきてくれただけの防寒着を着込んで外に出る。エレベーターを使って看護師に見つかるのも怖かったから、階段を使って駆け降りた。裏口を使ってお見舞いの人を装って外に出る。ちょうど病院の前に来ていたバスに飛び乗って私は駅のほうに向かった。
茜の家には一度だけ行ったことがある。優しいお母さんと優しいお父さんのいる幸せそうな家庭の女の子、部屋も可愛く模様替えされていて、欲しいものはなんでも買い与えられていたんだろうなという印象を受けた。私は性格が悪いから、茜が自慢してくることも、本当は羨ましいとかそういう感情より妬ましかったんだよ。
茜の家の最寄り駅の電車の時間を調べて、まだ少し時間があったから私は自動販売機で飲み物を買った。寒かったからあたたかいお茶でも買おうと思ったのに、私の目にはリンゴジュースがうつって離れなかった。
岩田くんに「りんご」のアレルギーがあることを知ったのは、半年くらい前のことだった。岩田くんとは直接話すことはほとんどなかったけれど、いつの間にか他愛もない話を週一くらいでする仲になっていた。岩田くんに対して私はかなり強めの拒絶を示していたのに、ずっと彼が私に構ってきた理由はやっぱり茜だったのだろう。岩田くんは、青山くんを守ると同時に私のことも心配してくれていた。
ちょうど梅雨の時期頃に、岩田くんが「西倉ってアレルギーとかある?」と聞いてきたので、私は不思議に思いながらも「ないです」と答えた。岩田くんは「そっか」「よかった」と返信したっきり、会話が途切れたから気になって「どうして?」と尋ねた。
「特に理由はないよ」
「でも、急にそんなこと聞かれたらなんか怖いですし」
「俺は前に夏目からリンゴジュースをもらったから」
「……?」
「アレルギーがあるんだよ。別にリンゴジュース飲んだからって死ぬわけじゃないし、ジュースになってるぶんリンゴの要素が減ってるから確実にアレルギー反応が起こるわけじゃないけど、俺は正直こわくて飲めない」
「茜は岩田くんがリンゴのアレルギーがあるって知ってるんですか?」
「知ってる、一度だけ話したことがあるから」
「それなのに、渡されるんですか? 何のために?」
送信して、わたしはまずいと思った。こんなの普通に考えて、嫌がらせのほかに何もない。岩田くんがこれだけ茜のことを嫌っているんだから、茜だって彼のことを良く思っていないのかもしれない。それでもアレルギーがあると知っていてリンゴジュースを渡すなんて酷いと思うし、人間としてどうなのかと思うけれど、それを私がとやかく言うのはお門違いだと思った。
結局、岩田くんが心配していたのは私が茜にアレルギーのものを渡されて、断れないんじゃないかということだった。ちゃんと断れるよということを伝えると岩田くんは「そっか」と返してそのまま会話がまた途切れた。
私はあの夏の日に、見たはずだった。嫌がらせの瞬間を。
猛暑の中、待たせた上に飲めない飲み物を渡される。偶然という可能性はあの日のやりとりを聞いて私は捨てた。茜が岩田くんにした行為はただの嫌がらせなのだろうか。そんなわけない。茜は岩田くんを。
電車に乗っている間、私は岩田くんとのやり取りを見返した。
岩田くんからきたメッセージのほとんどは茜への忠告のようなものだった。夏までの私はそれが怖くて、悪魔にずっと唆されているのだと思っていたのだ。
茜の友達でいる義務で羽交い絞めにされた私を、本当は助けてくれようとしたのに。
私は何も気づかなかった。馬鹿だ、私は本当に馬鹿だ。
電車を降りて、前に茜と一緒に歩いた道を一人で歩く。「夏目」という表札の前で私は大きく息を吸って吐いた。私はここで死ぬかもしれないし、大切な親友を失うかもしれない。それでも真実が知りたいと思ったし、岩田くんの意思を継がなければいけないと思った。
チャイムを押す指がかすかにふるえて、私はぎゅっと目を瞑った。
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