四章 夏を閉じ込めて、息を殺して
第33話 失いたくないもの
病室のベッドに寝転んで、私はずっとスマホを見ていた。画面には茜とのやりとりが表示されていて、私が送った最後の「大丈夫?」というメッセージから途切れたまま。既読すらつかずに、会話は切れた。
返ってこない言葉を待ち続けるのに疲れて、もう茜の連絡先を消そうとさえ考えた。青山くんに茜から反応があったと知らされたとき、本当は、喜びよりも怒りに似た感情のほうが強かった気がする。私がどれだけ心配しようとも、茜にとっては鬱陶しいと感じるレベルだと思う。それが茜だもん。私が一番、よく知っている。
「茜、どうして私のこと突き落としたの?」
最後に送ったメッセージに既読もつかないのに、私はその質問を送った。
振り返ったとき、茜が酷く悲しそうだったのを覚えている。人のことを歩道橋から突き落としておいて可哀想なんて思わないし、酷い女だと思うけれど、私は簡単に茜のことを見限れなかった。これが私の悪いところだと思う。
岩田くんが死んだあの日も、私には気づくチャンスがたくさんあったはずだった。それなのに私は余計なことばかり考えて、最終的に酷い結末を迎えさせてしまったんだ。
青山くんが言ったことは間違ってない。茜がすべてのきっかけを作ったことに違いないと思う。それが、どんな感情で、何を思ってやったのか私には分からないし、私にそれを聞くチャンスも与えられていないから、この事件の真相を知るためには青山くんが必要不可欠だった。私は優しい同級生のふりをして彼を利用している最低な女にすぎなかった。病院に運ばれた私のお見舞いにすぐに来てくれた青山くんを見て、罪悪感で死にたくなった。彼は本気で私のことを心配してくれているのに、私は邪な考えで彼に接している。
吐き気がする。私が知りたい真相は、本当は誰にも知られずに隠されたままのほうがいいのだろうし、青山くんが知ってショックを受けることは明確だった。
私は青山くんを傷つけたいのだろうか、傷つけたくないのだろうか。
岩田くんのことを知りたい。だけど、岩田くんは青山くんが傷つくことは絶対に望まないから、私は。
瞑っていた目を開くと、私のメッセージの下に小さく「既読」という文字がついた。驚いて、私は変な声が出たのを手で覆って隠す。
「あたしから春馬を奪わないで」
四か月ぶりに返ってきた茜からのメッセージには、強い拒絶と鋭い悪意がこめられていた。私はそのメッセージをずっと見とれるように眺め続けて、やがて画面が暗くなった。今、心臓からじわじわと湧き上がってくるこの感情の名前はなんというのだろうか。今すぐに私はこの病室から飛び出して、茜のもとに駆けださなければいけないと思った。何をするために?
茜から真相を聞くために、じゃない。
もう誰も傷つけさせないために。
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