第31話 正しさと、過ち。

 目が覚める。いつもなら、もう一度目を瞑って夢の世界に帰るけれど、今日は違った。顔を洗って、そのついでに歯磨きをする。洗面台の鏡の前で寝ぐせをなおして、じっと映った自分の顔を見た。ずいぶん情けない顔をしていて、おもわず笑ってしまった。

 登校ずるのは、四か月ぶりぐらいだろうか。西倉はたぶん「まだやめておいたほうがいい」と言うだろうから、登校することは伝えていない。あれだけ逃げるなと言っておきながら、精神的な心配をするたり西倉は優しすぎたのだ。でも、このまま俺はすべてから逃げるわけにはいかないと思う。

 鏡に映った弱い自分に「大丈夫」と活を入れて、俺は振り返る。とりあえず必要そうな教科書をリュックにいれて背負った。朝食はどうするの、と母親が心配そうに聞いてきたから「いらない」とだけ告げて外に出た。

 朝の冷たい空気がつんと鼻をかすめて、俺は大きく深呼吸をした。


「なんで、こんな簡単なことなのに」


 周りの視線が気になるとか、加害者というレッテルを貼られるのが怖いだとか、そんなつまらないことばかり考えて引きこもっていた馬鹿な自分を後悔しても、もう遅いのかもしれない。

 俺がどれだけ自分自身を甘やかしてきたのか、いま痛いくらいにわかる。

 ずるをして、甘い蜜を吸うことを悪だと思わずに、俺はそれを賢いことだと勘違いしていた馬鹿だった。がんちゃんは、そんな俺のこと、本当はどう思ってたんだろう。




 教室に入るより前に、俺は職員室に呼ばれた。久しぶりに登校することは母親が教室に伝えていたみたいで、下駄箱で靴を履き替えているときに担任に声をかけられた。担任は困ったような顔で俺のことを見ていて、この人は俺が茜と同じように退学することを願っていたんだろうなと思った。


「青山くん、あのね、事件のことなんだけど」

「はい」

「クラスの子たちがね、結構うわさをしていて、あなたが悪いって言ってるわけじゃないのよ。でも、あなたがいま教室に行ったら、あなたを攻撃する声をわたしは止めることができないの。もちろん、わたしの力不足だから、わたしのことを責めてくれて構わない。でも、あなたが傷つくのを見るのは悲しいというか……」

「先生は俺のこと、どう思ってるんですか」

「どう、思ってるって」

「がんちゃんを唆して溺れさせて死なせた酷い奴、っていうのが世間一般の俺への印象でしょ、この現状。隣のクラスの西倉も酷い状況だったんじゃないですか、だから先生は俺への忠告をするんだろ」


 担任が言葉を詰まらせる。俺がこうやって担任のことを責める資格なんてないのに、言葉は次々に出てきた。


「俺は俺への批判は受け入れられるつもりで、学校に来た。だけど、西倉は違うだろ。がんちゃんの死に直結して関わってるわけじゃなかった。だってあいつは海にすら入ってなくて、俺たちが御崎海岸に行くことを止める権利すらなかったんだよ。……西倉が今されてる攻撃は、仕方がないことだと思うんすか先生」


 担任の顔色がさらに悪くなっていっているのが分かって、俺は言葉を止めた。こんなことをしても無駄なんだ。噂を広めて、西倉を傷つけていたのはこの人たちじゃない。

 「じゃあ、失礼します」そう言って俺は職員室を出た。扉を閉めたあと、振り返ると見たことのある顔がこちらをじっと見ていて、俺は気まずいと思いつつも「おはよう」と声をかけた。


「おはよう、ございます。青山くん」


 昨日の西倉のクラスメイトが気まずそうに笑った。

 

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