第29話 自業自得だ、ばかやろう。
歩道橋の階段をのぼる私のうしろを彼女はついてきた。こつん、こつん、とヒールの足音が響いていて、私はその音に気づいていたけれど振り返ることはしなかった。階段を降りようとした瞬間、私の背中に強い力が押し付けられた。やっぱり、と私はこのとき納得してしまったんだ。
「これで、満足?」ねえ、私が死んだら茜は嬉しいのかな。
私は、茜がいなくなったら嬉しいのかな。
好きな人ができたんだ、そう言った茜の笑った顔を覚えている。遠くでバスケをしてる彼を指さして「カッコいいでしょ」と嬉しそうに同意を求めた茜に、私は「そうだね」と正しい答えを返したはずだった。
青山くんのことを好きになってはいけない。それは岩田くんとした唯一の約束。好きになったらどうなるのか、教えてはくれなかった。だけど、予想はちゃんとしていたよ。
きっと、私は茜に殺されるんだ。
□
この世界には知らなくていいことがたくさんある。
「もう、ぜんぶ吐いてもいいと思うんだけど」
委員長の隣に座った青山くんが、ため息をついてそう言った。
もう楽になってもいいよ、と言われた気がした。正直、頭を打ったせいなのか思考は安定していなくて、上手く言葉も出てこなかった。ベッドから起き上がって、私は二人の方に向き直る。真剣な表情をしたふたりに、私は嘘をつくことが怖くなった。
唇を強く噛んで、ぎゅっと拳を握りしめる。決心は、あの夏の日からできていたはずなのに。
「私が全部言ったら、私だけが楽になっちゃう」
「それでいいんだよ」
「青山くんはどうするの、私だけ、私だけだよ。私だけが解放される。あの夏の日に青山くんだけ取り残すんだよ。私はそんな酷い人間になりたくない、なりたくないんだもん」
「西倉があの日に言ったあれは間違ってないよ。俺は人殺しだ。がんちゃんを殺したのは俺でいいんだ」
「ちがうじゃん、だって、青山くんは、だって」
あの夏の日に私たちは永遠に囚われる。
岩田くんにはもう一生、許されることはない。
岩田くんを攫って行ったあの高波をどれだけ恨んでも、あの夏の日の酷く暑い気温を恨んでも、もうどうしようもない。もう、岩田くんが生き返ることはない。
私たちは何度も先に進もうとして、後ろ髪を引かれる。過去をふりかえってはいけないのに、私たちは許されたいがために、過去に縋ろうとする。
「ねえ、青山くん、本当はね、わたし、ね、」
許されるのだろうか。
私は罪を犯した。一人の少女の心を殺して、死まで追い詰めた。
私は彼女に似た茜を、また見殺しにするわけにはいかないのに。それなのに、私の心の奥底の最低な感情がゆっくりと腹の中で渦巻き始める。
「茜のこと死ぬほど嫌いなのかもしれない」
私の背中を押したとき、茜は泣きそうな顔をしていた。
私はその顔を見て、何も言えなかった。私をここから突き落として、茜に何のメリットがあるのだろうか。それよりも、茜はどうしてあの日、岩田くんが飲めないリンゴジュースを渡したのだろうか。わざと、なのかな。それとも、
考えるな。茜が岩田くんのことをどう思っているか、私は知らなくていい。
岩田くんが「逃げろ」と私の心の中で何度も何度も叫んでいる。私は、それでも茜のことを見離せなかった。きっと岩田くんは笑って言ってるんだろうな。
自業自得だ、ばかやろう。
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