三章 今から夏を殺しに行くね

第28話 君の足音

 歩道橋の階段をのぼる。こつんこつんとヒールの足音が響く。


 私のうしろから。



 □


「西倉」


 声がした。遠くから、私の名前を呼ぶ声。

 頭がひどく痛かった。私は真っ暗な闇の中、ひとりで泣いている。怖いよ、怖いよ、子供みたいに泣きじゃくって、どこに向かえばいいかもわからずに足を進める。こつんと足音が鳴る。うしろを振り返ると、あいつが笑ってこっちを見ていた。私は怖くて、また逃げるように足を進める。西倉、私を呼ぶ声がまた聞こえた。だけど、後ろから聞こえる足音が怖くて、その声がどこから聞こえているのか全然わからない。

 西倉、その声は青山くんの声に似ていた気がした。



「目が、覚めた?」

「まじで、西倉、大丈夫か」


 気が付くと、そこは病室だった。ベッドで眠る私を、驚いた顔で委員長は見ている。隣にいた青山くんは身を乗り出して、私の顔をまじまじと見る。


「……え。なんか、異色な組み合わせ」


 病院になぜ運ばれたのかすぐに理解できなくて、私は動揺を隠せなかった。

 フラッシュバックするように歩道橋の階段をおりていく自分の姿が映って、背中に手の感触を感じた。ぞわり、と背筋が凍ると同時に、私は二人の顔を見た。


「西倉さん、歩道橋から落ちたんだよ」

「……そ、うなんだ」

「覚えてないの?」

「……え、ああ、そうだったかもしれない」

「落ち方がおかしかったんだよ」

「……え」


 委員長の真剣なまなざしが、私を捕まえて離さない。

 

「うしろを振り返った状態で、手をつくこともなく転げ落ちてるの。普通の落ち方じゃない。足を滑らせて落ちたわけじゃないんだよ、この落ち方は」

「……へえ、そうなんだ、」

「誰かに突き落とされたんでしょ、西倉さん。しかも、見てるはずだよ犯人を。ねえ、誰に突き落とされたの!?」


 委員長が私の体を掴んで揺らす。ぐらぐらと揺れながら、私は頭の痛みと同時に込みあがってくる汚い感情を必死に飲み込んだ。それを口にすると、私はもう後戻りできなくなる。


 ねえ、私はどうすればよかったんだろうか。


「私が、死ねばよかったのかな」


 うわごとのように呟く。視界がやけに鮮明に映った。委員長の心配そうな顔、青山くんの怒りを隠したような苦い表情。強く握りしめていたのか、ベッドのシーツがぐしゃぐしゃになっていて、私はゆっくり手の力を抜いた。ああ、やっぱり。

 ――次のターゲットは、きっと私なんだろう。









 

 

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