第25話 クラスメイトのはなし。3

 三年の夏、大きな事件があった。

 西倉さんを含む、うちの学校の生徒四名が遊泳禁止の海に行き、うち一人が死亡するという事件が起きた。夏休み中に起きたことだったけれど、すぐに噂は広がった。新聞、ローカルテレビ、名前は伏せていたけれど当事者が誰だったのか、わたしたちに分かるように報道された。クラスのグループアカウントはすぐにその話題でもちきりになった。


「あれさ、うちのクラスの西倉と夏目の話なんだってさ」

「まじで?」

「あともう二人は?」

「知らんけど、あれじゃね、夏目の彼氏」

「名前なんだっけ。隣のクラスの奴だよな、ちょっとチャラそうな」

「死んだのはどいつ? 男って報道されてたけど、その彼氏?」

「違うよ、その彼氏の友達の……確か、岩田くんっていう子」

「ってかさ、あんな事件起こしてあいつら夏休み明け登校してくんのかな?」

「いや、無理じゃない?」

「私だったら何言われるか怖くて来れないわ」


 事件の当事者がいるグループのアカウントで、本人たちを無視して会話が続く。わたしは止めなければいけないと思いつつも、文字を打つ手が震えた。

 一瞬、よぎってしまった。自業自得じゃないか、と。


 そんなことを考えちゃいけないのに、わたしは酷いことばかり頭に浮かんだ。

 西倉さんが望んであのグループに関わったのが悪い。こういうことを言われて当然なんじゃないかって。すぐにわたしはかぶりを振る。頭に浮かんだことを否定しなければ、わたしはクラスメイトと同じメディアに洗脳された人間に成り下がってしまう。

 西倉さんは大丈夫なのだろうか。メッセージを送りたくても、私は彼女の連絡先すら知らない。それくらいの関係だ、わたしたちは。


 勝手に親近感を抱いて、勝手に仲良くなれたと思ってる。

 わたしは、西倉さんの何も知らないのに。







 夏休みが明けて、西倉さんは何も変わらず席に座っていた。

 いつも通り、誰よりも早く教室にいて、わたしはいつも通り二番目に到着する。ひとり席に座って本を読んでいる西倉さんに、わたしはやっぱり話しかけられなくて、挨拶もできずに席に着いた。

 ホームルームの時間が近づくにつれて、クラスメイトが教室に入り始めた。ちらり、と西倉さんのほうを見て、わたしと同じように何も言わずに席に着く。こそこそと噂話をしているのは、嫌でも耳に入った。

 西倉さんは何も言わない。クラスの全員が敵の状況なのはグループメッセージでわかっていただろうに、それでも来た。わたしはこの酷いクラスの状況をどうにもできない。わたしは本当に最低な人間だ。


「えー、夏目が、欠席な」


 ホームルームの出欠確認、夏目さんはやっぱり来なかった。

 先生が夏休みの話を話していたけれど、あの夏の事件のことは一ミリも口にしなかった。職員会議でそういうことになったのかもしれない。だけど、学生はそんなことどうでもよくて、本人からあの事件のことを聞きたくて聞きたくてうずうずしてるんだ。

 「なあ、聞いて来いよ」「いやだよ、お前が行けよ」こそこそと耳障りな声が何重にも重なって聞こえる。わたしでも気持ち悪いと感じる環境だ、西倉さんにとってどれくらいの苦痛なのか計り知れなかった。


 それでも西倉さんは何も変わらなかった。他人の視線なんて気にする素振りもなく、夏目さんがいなくても普通にいつも通り授業を受けて、帰っていく。怖いくらいに、普通だった。

 ショックを受けている様子が微塵も感じられないほど、凛々しくて、わたしはほんの少しだけ恐怖を感じてしまった。だって、目の前で友達が死んだんだよ。わたしなら動揺して、なんなら登校なんて死んでもできない。

 クラスのみんなだけじゃない、学校中の噂になって西倉さんは攻撃されるようになった。ふと、誰かが背中を押して西倉さんを階段から突き落としている光景を見てしまった。思わずわたしは駆け寄ろうとしたけれど、友人はそれを止めた。


「自業自得じゃん」


 わたしはそれを振りはらって、西倉さんのもとに駆けよらなければならなかったのにできなかった。結局、わたしもみんなと同じなんだ。

 思い出す、西倉さんが話してくれた中学の話を。メディアの報道を信じた馬鹿たちにさんざんなことを言われた過去を。わたしはそれを理不尽だと思ったはずだ。そのことと、今の現状、何が違うんだろう。


 自業自得。そんなのわかってる。

 わたしだって、おんなじことを考えた。

 遊泳禁止の海なんかに行って勝手に溺れた。そんなのお前たちが悪いんじゃないかって、責められて当然じゃないかって。

 でも、本当はわかってる。わたしたちはどうあがこうとその事件にとっては「他人」であって、わたしたちに彼女たちを責める権利はないんだ。


 階段から落ちていってしばらく動かなかった西倉さんが、ようやく立ち上がって巻き散らかしたペンなどを拾い始める。友人は「いこう」と私の手をとったけど、わたしは西倉さんから視線を逸らすことができなかった。


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