幕間 晩夏
第23話 クラスメイトのはなし。
西倉さんの噂をわたしは少しだけお母さんから聞いていた。
「いじめで自殺者が出たクラスの女の子」
きっと、わたしは最初からそういう認識で彼女に接していた。人を簡単に傷つけるような人だと、いじめを見過ごすような人だと、死に追い込むような人だと。
一年生のとき、西倉さんはあまり喋らない女の子だった。周りは彼女が毎日電車と自転車で二時間近くかけてこの学校に通学していることを知らない。いつも、わたしが教室にくると、彼女はもうすでに席に座っていた。「おはよう」と話しかけると、こちらをちらりと見て、目を合わせないように「おはよう」と挨拶がかえってくる。
孤立していたかと言われると、そうかもしれない。でも、それは敢えて西倉さんがそうなるように望んで仕向けていた感じがした。夏休みが始まる前日、やっぱりわたしが教室に来ると、もうすでに西倉さんは席に座っていて、一人で本を読んでいた。わたしはいつものように挨拶をして、そして西倉さんが素っ気なく挨拶を返してくれる。いつも通りの繰り返しをして、私は席に着くはずだった。
ふと、急に何を思ったのかわからない。だけど、わたしは西倉さんの前の席に座ってくるりと彼女の方に椅子を向けた。
「西倉さん」
本から視線を逸らすことのなかった西倉さんが、私の声でふと顔をあげた。
ようやく、ちゃんと目が合ったと感じた気がする。
「西倉さんの通ってた中学ってどんな感じだったの?」
わたしはずるい質問をした。でも、西倉さんだって答えたくなければ答えなくていい質問だ。わたしは彼女の過去に正直興味津々だったし、彼女の犯した罪について自分だけでもいいから知りたいと思った。
正直、話してくれるとは思ってなかったけれど、西倉さんは表情を変えず「委員長はそんなことを知りたいの?」と、一言。わたしのことを馬鹿にしたように鼻で笑った。
「だって、自殺したんでしょ、クラスメイト」
「……それを私に聞いてどうするの? 委員長はその事実を聞いて満足するの?」
「満足、って。そういうんじゃないと思うけど、でもさわたしは断片的なことしか知らないじゃん。新聞で書かれたことくらいしか」
「……」
「でもわたしはそれが全部その通りってわけじゃないと思うんだよね。だって、西倉さんのことこの三か月間見てきたけど、クラスメイトをいじめて自殺まで追い詰めるような子じゃないと思うし」
わたしの知ってる西倉さんは物静かな女の子。人に合わせるのが上手な、協調性のある子。わたし以外の誰も彼女の中学生時代のことは知らない。だから、西倉さんは猫をかぶる必要なんてほとんどないはずだ。そのために、敢えて同じ中学の子がいないこの学校を選んだんだろうから。
「委員長って変わってるよね」
「そうかな」
「変わってると思うよ」
西倉さんが話してくれたのは、一人の女の子のお話。少し空気を読むのが得意じゃなかった、自殺した彼女のお話。協調性がなかったために、クラスのみんなから無視をされて、空気にされて、そして心を病んで死んでしまった。西倉さんは「私たちのせいだった」と言ったけれど、わたしからしたらそんなことで加害者扱いされるなんて最悪だし、おんなじ立場になったとき西倉さんみたいに後悔することはきっとない。だって、無視をしただけだったんだから。何かをしたわけでもない。彼女に暴言を吐いたわけでも、殴って蹴ったわけでも、お金をとったわけでもない。
それなのに、わたしみたいなメディアの情報に騙された馬鹿にどれだけ嫌なことを言われたんだろう。考えるだけで体がぶるぶると震えた。
「わたし、今まで西倉さんのこと誤解してた」
「いいよ、そのままで」
「……でも」
「だって、間違ってないよ。私はあの子のことを見殺しにした。やっちゃいけなかったんだよ、無視なんて。傷ついていることだって、見てたらわかるのに私はやめなかった。彼女が落ち込んでいくのを見るのが本当は嬉しかったんだと思う」
「……」
「私たちをさんざん馬鹿にして笑った彼女が、本当は嫌いだったんだ」
西倉さんはそう言って笑った。
嫌いだった、と彼女が言ったあと、西倉さんの目には涙が浮かんでいた。わたしは少し動揺したのかもしれない。
好奇心に負けてしまったのが悪かった。西倉さんの過去を暴くことでわたしは正義のヒーロー気取りだったのだろうか。ただ、西倉さんを傷つけただけだ。
もう思い出す必要のないクソみたいな過去なのに、それを西倉さんは永遠に忘れられない。メディアに書かれてしまったらもう消えないから。
明日から夏休みがやってくる。カーテンがふわりと風で靡いてわたしと西倉さんの顔を隠す。もう一度、西倉さんの顔が見えた時、彼女はどんな顔をしていたのか、今ではもう思い出せない。
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