第22話 墜落
「家まで送ろうか」
「……別に大丈夫」
「でも、もう暗いし」
「ううん、平気。青山くんこそ、気をつけて帰ってね」
西倉とバス停で別れて、俺は帰路につく。結局、西倉は俺の質問に答えてはくれなかった。冷たい風が鼻をかすめて、くしゃみが出た。昼間は暖かかったけれど、夜になった瞬間こんなにも冷えるようになるなんて。西倉は少し薄着だった気がして、上着でも貸してあげればよかったと歩きながら反省した。
バスの時刻表を見て、俺はベンチに座る。ズボンのうしろポケットに突っ込んであったスマホを取り出して時間を確認した。次のバスがくるまであと十五分も時間がある。画面が真っ黒になってスマホをまたポケットに戻そうとした瞬間、ぶるっと何かが振動した。手に持ったスマホには「茜」と名前が出ていて、その下に「応答」と「拒否」の文字が出ていた。
「まじかよ」
あれだけ連絡をしても無視を続けていた茜が、自分から俺に電話をかけてくるなんて想像もしなかった。これはチャンスなのか、と考えるよりも先に俺は電話に出ていた。
「もしもし」と上ずった声が出て、俺はごくりと唾を飲み込む。
「もしもし?」
電話越しの、三か月越しの、茜の声が俺の耳に響く。
「ごめんね、春馬。急に」
「いや、別にいいけど。何かあった?」
「え、ああ、違うの。あ、あたしね学校やめたの」
「ああ。それは西倉から聞いた」
「詩織に? え、ああ、それでね、春馬はどうしてるかなって、思って」
「俺? 俺はもうすぐ学校に戻る予定だけど。西倉がいま外に出る練習付き合ってくれてるし」
「そう、なんだ。詩織が、へえ」
茜は喋るのが下手になったみたいに思えた。震える声は今にも泣きだしそうで、俺に電話をするのも結構な勇気がいったのだと思う。
だから、俺は今まで俺からの電話をとらなかった茜を責めることができなかった。
「詩織とさ、仲いいの?」
「仲いいって、いや普通じゃね。でも、今も茜のこと心配してるし、なんていうか西倉って結構いい奴だよな」
「……詩織があたしのこと心配なんかしてるわけないじゃん」
西倉の話題に分かりやすいくらいの拒絶を示した茜は、ぼそりとそう言った。
バスのライトの光が目に入る。十五分はあっという間に過ぎていて、俺の前に電車が止まった。近くで待っていた数人がバスの中に乗り込んでいくのに、俺も後ろからついてく。
「ねえ、春馬。春馬って、詩織のこと、好きなの?」
「……ん? よく聞こえない?」
バスに乗ったこともあって、俺は「ごめん、あとで電話かけなおす」と言ってその通話を切った。茜がそのとき何を言っていたのか、俺はちゃんと聞こうとしなかった。茜が何のために俺に電話をしてきたのか、ちゃんと気づくべきだったのに。
バスのうしろの席に腰をかけて、窓の外の景色を見る。時期尚早とも思われるイルミネーションに、俺は不思議と笑ってしまった。
去年はがんちゃんと二人でくりぼっちは嫌だと言いながら駅前で遊んだっけ。たった一年ほど前のことなのに、懐かしく感じてしまうし、あんなに楽しかったのにもう二度とあの日々に戻ることはできない。
窓に頭をこつんと預けて、ゆっくり瞼を閉じる。こめかみのあたりが冷たくて、妙に気持ちがよかった。
運転手の声で目が覚めてバスから降りる。家までの道を歩いている途中に、また電話が鳴った。茜がまたかけてきたのかと思い、俺はほんのちょっと面倒くさくてスマホを確認しなかった。帰ったのは十九時過ぎ。ちょうど夜ご飯ができたタイミングだった。
ご飯を食べたあと、俺はずっとポケットにしまっていたスマホの画面を見た。電話は予想外に西倉から。でも、かけなおしても彼女に電話が繋がることはなかった。
■
その日の十九時前に、西倉は家の近くの歩道橋の階段から落ちて、そのまま病院に運ばれた。
俺はまた、間違った選択肢を選んでしまったんだ。
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