第21話 りんごの憂鬱

「青山って彼女いるの?」


 愚かな自分をいつか成敗しなければならない。

 にっこり笑顔の茜が、そっと俺の手に触れる。気がある素振りだというのは、すぐにわかったし、俺も彼女が嫌いではなかった。思春期の男だから彼女も欲しいし、茜という可愛い恋人ができることをメリットにしか感じなかった。

 「春馬」と愛らしい笑顔で俺を呼ぶ。俺もきっと彼女のことが好きなのだと、思い込んだ。

 手をつなぐ。キスをする。俺はだんだん、茜が好きという錯覚を現実にしていく。

 「好きだよ」という言葉は魔法だった。あの夏の日、その魔法は茜の涙とともに消えてなくなったけれど。





「西倉さ、まだ時間ってあったりする?」

「どうしたの」


 時間は十六時を過ぎたところ、冬が近いこともあってゆっくりとあたりが暗くなっていた。


「俺、ちゃんとしなくちゃって思ってさ」

「うん?」

「がんちゃんのお墓まいり、まだ行けてなくて」


 もう時間も遅いからまた今度にすればいいじゃないか、と俺の弱い心が優しく唆す。でも、後回しにしても結局何も変わらないと思った。

 西倉は俺のどもった声に、少し笑って「いいよ」と頷いた。


「私も今月行けてないし、一緒に行こう」


 西倉がそう言って振り返って歩いていく。その背中を追いかけて歩くだけで、俺は少し強くなれた気がした。

 西倉には俺がどう見えているのだろう。こんな牛歩みたいにしか動くことができない俺に内心呆れているのかもしれない。だけど、根気強く付き合ってくれている。

 いつか何か恩返しができたらいいな、と思う。がんちゃんのため、と彼女は言うけれど、それだけで俺なんかの面倒を見るほど西倉は完璧なやつじゃないと思うから。


「西倉って優しいよな」

「…………ちがうよ」


 俺がぼそっと言った言葉に、遮るように彼女は呟く。


「私はずるいんだよ。最初から、当事者になろうとしない」


 がんちゃんのお墓は二駅先のお寺の墓地にある。電車に乗ったあと、西倉はあまり喋らなくなったような気がした。

 西倉がのばしていた綺麗な黒い髪をばっさり切った理由を、俺はまだ聞けていない。でも、聞いたとしても「そういう気分だったの」と返されそうな気がした。

 俺も西倉に助けられている分、西倉を支えたいのに、彼女は俺が近づけば近づくだけ、そっと距離を作っているような気がした。

 電車をおりて、墓地に向かうまでの間に自動販売機で飲み物を買った。西倉はミルクティ、俺はリンゴジュース。ペットボトルのキャップをあけて、一気に口の中に流し込む。林檎の酸味と甘みが口の中に広がって、俺は美味しいと思うだけ、気持ち悪くなって吐きそうになった。


「岩田くんは、そんなこと望んでないよ」

「……俺さ、やっぱりわかんないんだ」

「リンゴジュースが飲めたら、岩田くんは死ななかったって、そんなわけじゃないんだよ」

「でも、俺は知ってた。なあ、茜は知ってたのかな」

「聞くなら、茜に聞いてよ。私はわからない」

「俺さ、怖いんだ。あの日、海に連れて行った俺が一番悪いのは間違いない。そんなの分かってるさ。でも、すべてのきっかけが茜だとしてさ、茜はがんちゃんに何の恨みがあるわけ。だって、ただの彼氏の親友じゃん」


 お墓につく前に、リンゴジュースは飲み切れなかったけれど、ごみ箱に捨てた。がんちゃんの墓前にもっていくわけにはいかなかったから。

 西倉は俺の言葉を嫌がった。真実に気づいているからこそ、俺がそれを知るのを怖がっているみたいに思えた。あの時からそうだ。電話で西倉が取り乱して怒鳴った時から。何も知らなくていい、と西倉は言った。でも、もう遅い。


「茜が、がんちゃんのアレルギーの話を知ってたとして、「あえて」がんちゃんにリンゴジュースを渡した可能性はどれくらいだと思う?」


 西倉はお墓につくまで、一言も喋らなかった。

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