第20話 デート
「デートみたいだね」
カフェでタルトを食べながら彼女はそう言った。
笑えることに、俺も全く同じようなことを考えていた。
□
とある日曜日、西倉から「外に出る練習をしよう」と連絡があって、俺たちは駅前に遊びに行くことにした。13時くらいに家に迎えに行くね、と彼女からの連絡を最後に俺の頭の中には「デート」という可愛らしい単語が浮かび上がって消えてくれない。煩悩だ。西倉は俺のために一緒に出掛けようと言ってくれているのに、俺はなんてことを考えているんだ。かぶりを振って己の邪を取り除こうと必死に抗っても、健全な男子高校生という精神はびくともしない。
「久しぶり、青山くん」
デートなんて茜と何回もしたし、今更女子と遊びに行くぐらいで動揺なんかしない。そう思い込んで、俺は玄関のドアを開ける。
西倉は綺麗にお洒落をして、そこに立っていた。
だから、余計に「デート」という俺の最低な思考が悪化する。
「どこ行きたいとか、ある?」
「別に。西倉こそ、どこか行きたいところとかないのかよ」
「私は、うーん。別に特にはないかな。暇だったら本屋とか寄りたいけど」
「じゃあ、駅ビルの中の本屋にでも寄るか」
「うん、ありがとう」
西倉は「じゃあ、行こう」と俺に手を差し伸べる。「それは恥ずかしいわ」と断ると彼女は歯を見せて笑った。たった一歩。踏み出す足にどれだけ重い錘がついていようと、俺はここで逃げ出すわけにはいかなかった。
三か月と、四日ぶりの外。あの日は汗が滴り落ちるくらいに暑かったのに、もう風は冷たく冬を感じさせる。それだけの時間、俺はがんちゃんの死に向き合うことをしなかった。それも罪なのに。
本屋に寄ると西倉は字の多そうな小説が並んだコーナーから動かなくなって、最初は一緒にいたけれど、どうにも落ち着かなくて漫画のコーナーに俺は足を動かした。ふと、がんちゃんが面白いと言っていた漫画の最新刊が目に入って、手に取ってみた。今更読んでも、がんちゃんと語り合うこともできないのに。そっと元の場所に戻して、俺は西倉のもとに戻る。彼女は一冊の本を手にもって俺のことを探していた。
「ごめんね、集中しちゃって青山くんのことすっかり忘れてた」
「別に大丈夫。俺も他の見てたし、ってそれ」
西倉の手に持っていた本のタイトルに思わず反応してしまう。がんちゃんが面白いと言っていたさっきの漫画の原作。俺の驚いた顔に、彼女はふふと笑って「青山くんも読む?」と聞いてきた。「いや、活字はちょっと」断り方が幼稚で少しだけ恥ずかしかったけど、がんちゃんの好きだったものに触れることを許されたような気がして、何でかむずがゆい感覚を覚えた。
「青山くんは茜と同じこと言うよね」
「……なに?」
「漫画なら絵があるからどうにか読めるけど、小説は字ばっかで疲れる、みたいな」
「だって、本当のことじゃん」
お会計が終わったあとに西倉はこのあとカフェに寄りたいと言った。
俺は珈琲を、西倉はケーキセットを注文して、席に着く。意外とこんでいて、カウンター席しか空いてなくて、自然と俺と西倉は隣の席に座った。
「顔色悪い?」
「そんなことないよ。ってか、わりと大丈夫なほうだと思う」
「そうかな。無理させてるかもって、ちょっと反省してるんだけど、私」
注文していたものがカウンターテーブルに置かれ、西倉は嬉しそうにマスカットのたっぷり乗った彩の可愛いタルトを口に運んだ。「青山くんも食べる?」と聞いてきたけど、頷いていいのは恋人同士だけだと思った。「大丈夫」西倉が俺のことをどう思っているのか、よくわからない。
「前もさ、聞いたんだけど」
「うん」
「西倉が俺にこれだけしてくれるメリットって何なわけ?」
「前も言ったじゃん。岩田くんのためだよ」
西倉はぺろりとタルトを平らげて、何事もないようにそう言った。がんちゃんのため、という西倉のその言葉に俺は未だに納得ができない。彼女とがんちゃんが仲がいいということを一切知らなかった自分が恥ずかしい、というかそんなことも教えてもらえなかった。あれ、そんなに信用されてなかったのか。
考えても無駄なのに。俺の頭には余計なことばかり、浮かんでは消えていく。
「付き合って、たわけ?」
スマホで時間を確認していた西倉が俺の質問にふと顔をあげた。瞳が大きく見開いていて、俺を一点に見つめていた。
「青山くんって、ちょっと」
真剣な顔に見えたけれど、彼女はすぐにぷっと吹き出して笑った。
「馬鹿だよね」
すとんと何かが腑に落ちたのか、彼女が笑った顔が可愛かったのか、飲んだ珈琲がやけに苦かったのか。
がんちゃんは一体、西倉に何を言ったのだろう。俺を守りたい、という意味を何度も考えて、最悪の結末を珈琲と一緒に飲み込む。
西倉がにこにこ笑うから、何でか外に出る練習でしかないこの現状を、デートみたいに錯覚する。怖い。これを西倉に知られたら、彼女はどう思うのだろう。
茜のことをどう思ってるんだ、とか聞かれるのだろうか。茜とはきっともう無理だけど、俺がそれを口にした瞬間、西倉は俺から離れていく気がした。茜がいるから、西倉は俺をフォローしてくれてるんだ。茜を見捨てられないから。
西倉の本当のメリットは茜とのつながりなのに、どうして俺にこんな嘘をつくのだろう。
「デートみたいだね」
俺を見て、西倉がそう言った。俺の心を見透かされているようで、気持ちが悪かった。それと同時にきっとこれは、責められているんだ。
「茜のことを見捨てるんだね、青山くんは」
聞こえるはずのない幻聴は、呪いでしかないのに。
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