第16話 氷がとける
冬が一歩前まで近づいてきていた。昼間は太陽のお陰で少し暖かく感じるけれど、肌寒さが日に日に増してきていて、外に出るのが億劫になる。目覚ましのアラームが一生鳴らなければ、このままずっと眠り続けていられたら。脳裏に浮かぶよしなしごとを馬鹿らしいと一喝する。それが私の毎日のルーティーン。
十一月のはじめ。あの日から、もう三か月の月日が経っていた。
■
「茜の電話がつながった」と、連絡が来たのは昨日の八時過ぎのことだった。いつものように青山くんから連絡がきて、それがいつもと違う文言だということに私はすぐに気づけなかった。ここ一か月ほどの努力がようやく実ったということよりも、茜がようやく殻から抜け出そうとしていることが嬉しくて、私は思わずスマホを手に泣いてしまった。
「もしもし、青山くん?」
電話をかけてもいい、と聞くと青山くんから「いいよ」と短い返答があって、私はアプリの通話ボタンを押した。3コールも鳴らないうちにぷつっと音がして「もしもし」と青山くんの声が返ってきた。
「茜、何か言ってた?」
「なにか、っていうか。ごめんちゃんと説明できなかったんだけど、繋がっただけなんだ」
「つながった、だけ?」
「そう。電話がつながっただけで、茜から何か言うことはなかった。俺が何回か「もしもし」って言ったらいつの間にか切られてた」
「そう、なんだ」
それでも大きな収獲だ。茜が一か月間、出ようとしなかった青山くんの電話に出た。茜だってこの状況をどうにかしたいって思ってるはずなんだ。
「でもさ今更なんだけど、西倉にとってメリットってあるわけ?」
「……メリット?」
あの夏の日から、二人がずっと足踏みを続けている。それをどうにかしたいと私が思うのは彼らにとってはおかしなことなのだろうか。
でも、間違っていない。本当の私は岩田くんが死ぬ原因をつくったふたりを恨んでいるし、間違いをちゃんと後悔して懺悔してほしいと思っている。ここで逃げても解決しないから、だからどうにか前に進んでほしいだけなのに。
「きっと岩田くんが生きてたら、こんな風になることを望んでると思わないからかも」
「……でも西倉ってがんちゃんと交流とかほとんどなかっただろ」
「……ううん、喋ってたよ。わりと」
青山くんが「え?」と驚いた声をあげるから、思わず私も笑ってしまって、少し前の日常を思い出してしまった。
私が岩田くんのことを恐怖の対象と感じると同時に、秘密を共有するただの友達だったことに変わりはなかったから。
「私ね、ちょっとだけ岩田くんは青山くんのことが好きなんじゃないかなって思ってたんだ」
夏が終わった。もうすぐ秋だって過ぎ去っていってしまいそうなのに、私たちはまだあの夏の日から動けずにいる。どうにかしなければと思っているのはきっと私だけで、残りの二人はきっと「どうにかなる」とかそんな甘いことを考えているのだろう。どうにもならないのにね。
去年の冬に岩田くんと出会ってから、私と彼は秘密の共有者になった。私が知ってるのは彼が茜のことが大嫌いなことだけ。ただそれだけ。ハルにだけは言わないでくれ、と頼まれたときに私はどう返答したんだっけ。
ああ、もう思い出せないや。
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