第15話 火花
破り捨てられたその写真を、私は未だに忘れられない。
私はできるだけ、何も起こらない平穏無事な日々を送りたかったんだ。
「お前だけじゃないの、あの女のこと親友だって思ってるの」
「そんなこと、ないよ」
「何でそう言い切れるわけ?」
「だって、茜は……」
岩田くんの声が何度も耳奥で反芻する。私は言い返す言葉を探したけれど言葉に詰まって、ぐっと唇を噛んだ。何も言えなかった自分が酷く滑稽だった。
茜は私の唯一の友達だった。茜が私に言えない秘密があっても、それでも良かった。茜が私を利用してても、下に見てても、そんなことどうでもよかったのだ。
私は上手に親友のふりを三年間続けられれば良かったんだ。
■
私は岩田棗と言う人間に出会って、退路を断たれた。彼にかけられた呪いはそれだけ、私はもう後戻りができなくなった。今回は私は間違ってなかったはずなのに、それなのに上手くいかない。
中学のとき、クラスメイトの女の子が自殺した。家で首を吊って死んだらしい。クラスの中でのいじめ行為は全員黙認していたし、教師も見て見ぬふりをつづけた。そのせいで彼女は死んだ。それだけが原因だったわけじゃないかもしれないけれど、彼女は十五歳にも満たない年齢で、まだ希望のあった未来を捨てたのだ。
いじめ、だったのかと言われると私はよくわからなかった。だってそれはただの「無視」にすぎなかったから。クラスのみんなが彼女の存在を消しただけ。そこにいないものとして扱っただけで、彼女に攻撃することは一切なかった。
誰が悪いかと言われると特定ができない状況で、私たちは彼女の自殺のあと、さんざん学校中から悪意を浴びた。私たちのせいで彼女が死んだのだと、帰るときも周りの大人は私たちを横目に噂話を始める。精神的に限界を迎えるのに時間はかからなかった。
クラスの中で彼女はとても浮いた存在だった。明るく元気でクラスの中心的人物になりそうな性格の子だなというのが私の第一印象。ただ空気を読むのが苦手なのか、輪を乱しがちで私は正直そういうタイプが苦手だった。三年で受験前ということもあるのに、彼女は私たちの迷惑を考えずに話しかけて挙句「がり勉じゃん」と馬鹿にしたように笑った。
悪い子だったわけじゃない。ただ、受験でピリピリしていた空気に亀裂を入れたのがきっかけだった。無視をしようというのも誰かが言い出したことではない。ただ、勝手にそういう風になっただけ。
彼女の声に誰も反応しなくなった。彼女が空気になって、彼女が少しずつおかしくなっていく様子を私はずっと見ていた。だけど、何もしなかった。自業自得じゃないか、そうみんなだって思っていたはずだ。
私たちがそこまで彼女を追い詰めていたことに気づけなかったのは罪だと思う。だけど、私たちもさんざん馬鹿にされて邪魔をされて彼女に苦しめられたのに、どうして世間は被害者の話しか聞かないのだろう。
分からない。だけど、私たちクラス全員が加害者で、彼女を死に追いやった人間に違いはなかった。だってもう彼女はいないのだから。
「はじめまして、夏目茜っていいます。あなた名前は?」
歯を見せてにかっと笑った茜が、死んだ彼女と似ていたのがすべてのきっかけだった。茜の顔を見ていると彼女がいつもフラッシュバックして、心臓がバクバクと脈打って苦しい。だけど、彼女が仲良くなりたいと笑うと私はノーとは言えなかった。私が断ると彼女が死んでしまうと勝手に脳がそう思い込んでいたから。そんなわけないのに。
もういちど茜がチャンスをくれたのだと、私は勝手に解釈をした。間違った選択をしないように。もう次はないのだと、誰かに見張られているという恐怖は永遠にまとわりついてくる。
私はたぶん茜のことがそんなに好きじゃなかったんだと思う。過去の懺悔で縁を壊すことができないだけ。勝手に親友と思い込んで、私だけがそれで満足している。茜のことなんて一ミリも考えていない。私は酷い女だと思う。
「お前も嫌いだろ、こいつのこと」
岩田くんの言葉に頷くことは許されない。岩田くんは私のことを試しているのだと思った。何かに見張られ続ける私の幻想が人の形を成したのだと、私はこのとき思った。
岩田くんのことが怖いわけじゃない。私は、私が茜のことが好きじゃないことがばれるのが怖かっただけ。破られた写真を忘れられない。
私は我儘で自分勝手で私のこと馬鹿にしている茜が嫌いだったのだと、彼に出会ってはじめて気づかされたのだ。
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