第12話 夏目茜の告白3

 学校を自主退学する、とお母さんに伝えると気まずそうにあたしから目を逸らして「そう」と短く呟いた。引きこもりになってもう二か月が過ぎようとしていたから、お母さんもなんとなくこういう風になるんじゃないかって予想していたのかもしれない。「無理しちゃだめよ」お母さんの困ったように笑う表情に、あたしは泣きそうになって、ごめんねとただそう伝えるだけで限界だった。

 詩織に「退学する」と伝えると、すぐに返信が来た。「本当にやめちゃうの?」悲しそうな顔文字をつけて、ひとこと。

 詩織はいつもそうだ。心配している風のメッセージだけ送ってきて、結局あたしのことなんかどうでもいいんだろう。この二か月、詩織があたしのところに来ることはなかったし、何より彼女は当然のように毎日学校に通っている。あたしたちを「悪」だと決めつける世間の目を気にせずに、のうのうと学校に行けるのだ。だって、彼女は傍観者だったから。

 友達に海に誘われて、浜辺で待っていると友達が勝手に溺れていた。それがすべての事実だった。あたしは詩織の連絡先を無意識にブロックして、後悔の念と一緒に腕にまた一本傷をつけた。赤い血がつうと流れていくと、何故か気持ちがよかった。


「ごめんね、詩織が岩田のこと好きなんて思ったこと一度もなかったよ」


 スマートフォンの写真のフォルダにあの8月3日の写真が消せずに残っている。

 見るたびに、岩田を見る詩織の目が怯えているように感じて、あたしは何度も後悔する。


「詩織は最後まであたしのことを信じてくれてたんだよね、ごめんね」



 あたしは詩織が思っているような女の子じゃない。明るくて能天気で馬鹿で楽しいことをすることだけが生きがいの今どきの若者じゃない。そういう演技をし続けていただけ。本当は岩田に全部ばらされていただろうに、詩織はずっとあたしのことを疑わずに信じてくれていた。だから、あたしは詩織が怖い。

 詩織は岩田の言っていたことが全部「真実」だと気づいてしまったのだろう。


 春馬から、毎日同じ時間に電話がくる。怖くて仕方のないその電話をあたしはいまだに取ることができない。春馬に会って、何を話せばいいのか分からない。春馬はあたしのことをどう思っているのだろう。




 手が震える。スマホを持つ手に力が入らなかった。


 誰にも話せない過去の話はもうひとりのなつめ、の話。あたしが中学時代に恋に狂った、岩田棗という男のお話だ。

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