第10話 夏目茜の告白

 いつからあたしは間違ってしまったのだろう。海にみんなで行きたいといったときから、それとも春馬と付き合い始めたときから、それとも詩織と友達になったときから。考えても無駄なのに、あたしは今日も最低なことばかり頭に浮かんでは消えていく。誰よりも分かっている。あたしがこの中で一番ひどい人間だと。



 春馬からの電話が毎日のようにくるようになった。コール音が何十回も部屋中を響き渡って、それでもあたしが電話を取らないのに痺れを切らしたようにやがて音は消える。もう春馬からあたしに連絡をしてくることはないと思っていた。

 部屋のドアが数回ノックされて、扉越しにお母さんの声がした。「ごはんはどうする?」甘いお母さんの声に、私は大丈夫と断ってまた布団の中にもぐりこんだ。学校に行けなくなったのは、あの海のことが原因ではない。春馬はきっとそう思い込んでいるだろうに、あたしは未だにその誤解をとくことをしない。一言「春馬のせいじゃないよ」と言ってあげられれば、春馬はきっと救われるだろうに、あたしにはそれができない。あたしと同じぐらいに春馬にも傷ついてほしいから。

 

「ほんと、あたしって最低」


 どこからあたしは間違っていたのだろう。

 分からないし、分かりたくないし、あたしは過去を思い出すだけで吐き気がした。布団にくるまった真っ暗な世界で永遠に生きていきたいとすら思ったし、春馬を他の誰にも渡したくない相変わらず独占欲の強い女だった。

 また電話が鳴り続ける。春馬からの電話。あたしはそれをとることができずにいた。春馬の声を聞いてしまったら、あたしはもうだめになると思った。春馬はきっと本当のことを知ったらあたしのことを軽蔑するし、きっとあたしの元から離れていってしまう。それならずっとあたしのことを考えて、岩田のことを考えて苦しんでいればいいと思った。ねえ、詩織もそう思うでしょう。


 「あんた、岩田のこと好きじゃん」


 あれを言ったときの詩織の顔を思い出しては胸のあたりがぞわぞわする。視線が一瞬たりともあたしから離れなくて、それ本気で言ってるの、と言わんばかりの瞳があたしの笑顔を刺した。冗談だよ、とそのあと言えなくしたのは詩織だったのに。


 毎日朝の十時ごろと、夜の八時ごろ、決まった時間に春馬から電話がかかってくる。あたしはそれが毎日の密かな楽しみだった。でも、時折思う。この電話がかかってこなくなったら、春馬は私のことをお払い箱にするんだろうなって。あたしは、その時がくるのが怖くてたまらなかった。

 毎日決まって夜の九時ごろ。春馬からの連絡があったことにほっとして、あたしは机の中から一本剃刀を取り出す。腕につけたぐるぐるまきの包帯を外して、傷だらけの腕と対面する。今日もゆっくり肌を傷つけると、滲みだす血がとても綺麗でほっとした。

 毎日毎日あたしはこうやって自分を保つことで精いっぱいだった。こんなあたしじゃ、もう二度と春馬に会えないだろう。こんな汚い傷だらけの体のあたしを見て、春馬はどう思うのだろう。毎日、そうやって意味もないことばかり考える。もう病気みたいに。

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