第8話 青山春馬の告白3

 約束の時間は午後2時。今日は中間テストがあるため午前で終わるらしく、学校が終わったあとに直接向かうと西倉から連絡があった。

 いつもは鬱陶しく感じるスマホのアラームで目を覚まし、寝間着のスウェットを脱いでクローゼットから服を取り出す。久しぶりに着たその服は、あの夏の日に着ていたTシャツだった。途中で気持ち悪くなって脱ごうとしたけれど、それは逃げているみたいで何でか恥ずかしかった。


「うわ、もうこんな時間」


 散らかった部屋を朝からから片づけ始めて、気が付いたら12時を過ぎていた。キッチンの棚にあるカップ麺を拝借して昼飯を済ませ、スマホを見ながら西倉からの連絡を待った。ただの来客ごときで何をやっているんだろう。我に返ると羞恥で死にそうになるから、俺は気づかないふりをして自分の部屋に戻った。

 窓の外の景色を眺める。木々の紅葉が美しかったけれど、その葉はやがて散りゆくものでしかない。綺麗、と人は言うけれど、地面に落ちたそれを人は平気で踏みつけるじゃないか。俺たちもきっと、そうやって他人に踏みつけられて生きていゆく。永遠に。

 あの日から何度も幻聴が聞こえる。「お前のせいだ」という言葉が、どこかから聞こえる。きっと俺が俺自身を責め続けているのだろう。俺はいまだに過去の俺を許せない。きっと明日も、明後日も、一年後だって俺は自分の犯した過ちを水に流すことはできない。誰にも許されない。


「着いた」


 スマホにぽんと出た短いメッセージをタップすると、西倉とのメッセージのやりとりの画面が出てくる。俺は了解とスタンプを押して玄関に向かった。階段をおりて、玄関の前に立つと途端に心臓のあたりがバクバクと変に脈打った。このドア一枚、それ越しに西倉がいる。俺を「人殺し」と言った西倉がいる。

 彼女のことはよくわからない。俺のことを許せないだろうに、いまだに俺に連絡をくれる唯一の女。俺のことをどう思っているのか気になってはいるものの、ずっと聞けずにいる。

 ガチャリと鍵を回して、ドアを開ける。制服姿の西倉が俺を見て一礼した。「久しぶり」彼女は笑わずにそう口を動かした。

 変わったことはたったひとつ。西倉の綺麗な長い黒髪がばっさりショートになっていたこと。雰囲気がまったく違って、一瞬誰か分からなかった。


「髪、切ったんだ」

「うん」

「へえ、ああ似合ってる」


 うまく言葉が出てこずに、頭の中で浮かんだことを無理やり文字にしていると、西倉は不機嫌そうに「そう」と短く相槌をうった。正直、やりとりはしていたものの、西倉とちゃんと対面して話すのはほとんど初めてに近い状況だった。気まずい空気が流れるのが嫌で、俺は西倉を部屋に招いた。


「いま、両親いないから」

「親御さんには言ってあるの?」

「えっと、いちおう友達が様子見に来てくれるってことだけ伝えてある」

「そう。何か言ってた?」

「え……ああ、良かったね、くらい?」

「ふうん」


 俺にどんな回答を求めていたのか分からない。だけど、彼女はすんなりと俺についてきた。部屋を閉め切ると彼女も不安になると思って少し開けておくと、彼女の方からドアを閉めた。全く警戒していない西倉に俺は信用されていると喜んでいいのか、男相手に大丈夫なのかと心配すべきなのか戸惑ってしまった。


「えっと、なんか、久しぶりだよな。こうやって会うの?」

「いま青山くんが一番聞きたいことは何」

「……単刀直入すぎねえ、もうちょっとさ、なんか軽い会話をしてからってか、あ、お茶とか淹れてきたほうがいいよな。ごめん気が利かなくて、ちょっと待って」


 動揺する俺の腕を西倉が掴んで、ぐっと引き寄せる。


「落ち着いて。お茶はあとでいい」


 西倉は俺の腕を掴んだまま、ゆっくり座った。近くに置いてあった座布団を敷いてその上に座る。何故か正座だった。途中で足を崩したくなったけれど、この状況で出来るわけもなく、ずっと足が痺れて気分が悪かった。


「何が聞きたいって、俺は、」

「何も知りたくない? このまま自分は何も知らないままあの日のことから逃げて一生岩田くんのことに向き合わずに生きていくの?」

「そんなことしねえよ」

「じゃあ、向き合って」


 西倉の力強い声に、俺ははっと顔をあげる。真剣な表情が俺の顔を覗き込んでいた。カッとなっていたことに、恥ずかしさを隠せない。

 あの日から逃げ続けている俺にとどめを刺しに来た。そんなの西倉が俺と直接話したいって言った時からすでにわかっていたことだ。足がびりびりする。舌がつっかえて上手く言葉がでてこない。握り締めた両方の拳を足の上にぽんと置く。喋ろうとすればするほど爪が掌に食い込んでいった。


「どうすればいいのか、わからない」


 弱い自分を曝け出すことに恐怖する。今でも他人の視線が気になって仕方がなかった。俺はどうしようもない。がんちゃんを死に至らしめた加害者でしかないから。

 西倉は俺の不安な表情を見て、小さく息をついた。「青山くんって本当に馬鹿だよね」西倉の言葉は本当に棘のように鋭く柔い俺の皮膚に食い込んで、出血を促す。

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