第7話 青山春馬の告白2

「もしもし」


 西倉詩織という女のことを俺は良く知らなかった。

 特別頭がいいわけでも、運動ができるわけでも、可愛いわけでもない。ごく普通の女という印象。茜と並べると嫌でも優劣ができてしまうくらいに地味な女だった。一度だけ、茜にどうしてあんな地味なやつと絡んでるのかと聞いたことがある。茜は笑いながらこう答えた。「詩織はいい子だよ」と一言。

 そのあとに茜が付け加えた言葉を俺は今まですっかり忘れていた。


「まだ茜から連絡とかないんだ」

「たぶんブロックされてるんじゃね。俺が何か送っても既読もつかない」

「そうかもね」


 西倉が夜に少し通話したいと言ってきたのには驚いた。

 俺たち三人の中で唯一あのあと何もなかったかのように普通に登校しているのが西倉だった。高校でのことだったり、先生からの伝言はすべて彼女に連絡を入れてもらっている。茜のこともすべて西倉にまかせっきりの状態で、俺は何もできなかった。

 ベッドで横になりながらスマホに向かって話しかける。西倉の声はやっぱり前に比べて少し低く感じた。


「茜はもう限界だって。ずっと死にたいって言い続けてる」

「……そう、」

「青山くんのせいだね、って私が言ったら泣いて「違うの」って茜が言うんだ。あの日のことを全部青山くんのせいにしたくないんだって」

「……でも、俺のせいだよ。御崎海岸に行こうっていったのも俺だった」

「誰も止めなかったのに? 茜も岩田くんも行きたくないならそう言えばよかったんじゃない」

「西倉は何が言いたいの?」

「別に。青山くんが許されたがってるんじゃないかなって思って。あなたのせいじゃないよってそろそろ言ってあげないと壊れちゃうと思ったから」


 淡々と、感情のない無機質な声が機械越しで俺の耳に入る。優しさなんて一ミリも感じ取れない西倉の言葉選びに思わず俺は笑ってしまいそうになった。


「西倉ってやっぱり変わってるよな」

「……私はたぶん、青山くんを許せないよ。だけど、青山くんだけが悪いわけじゃないから」

「なんのはなし?」


 ぼそりと聞こえるか聞こえないか微妙な音量で呟かれた言葉に俺は首を傾げる。許すか、許さないか、そんなものを決めるのは俺たちではないし、がんちゃんでもない。

 あの夏の事件も馬鹿な高校生が遊泳禁止の海で泳いで溺れて死んだとメディアに取り沙汰されて話題になった。死んだ人間にみんなが平気で言う。自業自得だと。言われて当然の言葉も、高校生の俺たちには刺激が強すぎて脆い心はあっという間に崩れ落ちる。一枚ずつ皮を捲られた後に、薄い皮膚に爪をたてられるような、痕はもう一生消えないだろう。田舎ではどれだけメディアが名前を伏せても噂はどんどん広がっていく。事実も嘘も全部入り混じって広がったその噂に俺は雁字搦めにされて外にはもう出れない。


「ううん。なんでもないよ。あのさ、近いうちに少し話がしたいんだけど、どこかで会えない?」

「会うのはいいんだけど、外に出ると気分が悪くなってさ」

「じゃあ青山くんの家まで行くよ。青山くんの部屋で話そう。それなら大丈夫でしょう」

「待って、西倉は男の部屋にのこのこ来るような軽い女じゃなかったっていう俺の認識なんだけど」

「気持ち悪い妄想しないでね。話しかしないから」


 ため息交じりの軽蔑する声がスピーカー越しに俺の耳に入る。

 「じゃあ、おやすみ」と短く西倉が呟いたあと、俺がおやすみと返している間にぷつりと電話が切れた。彼女の態度はとても分かりやすくて、やっぱり笑ってしまった。がんちゃんが死んでから笑えることなんて殆どなかったのに、西倉と連絡を取り合うときだけ少し気持ちが和らぐような気がする。あの夏に取り残された仲間だからなのだろうか。瞼が自然と落ちてきて俺はゆっくり意識を手放した。

 茜が付け加えた「詩織は敵にまわしちゃいけないよ」という言葉を、俺はすっかり忘れていたのだ。

 

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