第5話 西倉詩織の告白5
駅のホームのベンチで座る岩田くんはずっと「暑い」と譫言のように何度も呟いていた。確かに今日の気温は三十度を超えていて暑かったけれど、ちらりと見た岩田くんの首筋からは汗がだらだらと流れていた。何度も垂れ落ちるような汗を拭ってる姿がやけに印象的で、だけど私はそれを見て見ぬふりをした。岩田くんのことが怖かったから、そんな言い訳で私は人の命を奪ってしまったというのに。
「助けて!!!!!!!!!」
その声は青山くんの叫び声だった。私は今自分の目に映った光景が信じられなくて受け入れられなくて、ただ海を見つめて呆然としてしまった。
「にしくらああああ」
海にのまれた岩田くんが何度も何度もフラッシュバックしている中、青山くんの叫ぶような鋭い声が私の耳に突き刺さる。
助けを呼べ、と海の中から青山くんが泣きながら叫んでいた。隣にいる茜はずっと泣いていて、もしかしたらパニックを起こしているのかもしれなかった。
青山くんの声に私は我に返ってスマホを握った。
砂浜を必死で走った。ビーチサンダルが脱げたのも気にせずに、必死に走った。誰でもいい、誰でもいいから助けてほしい。私は泣きながら叫んだ。足の裏はもう暑さで痛みも感じなくなるほどに麻痺していて、私もパニックで呂律が回らなくなってきた。
誰もいない。当たり前だ、ここは遊泳禁止の場所だから。さっき見かけた家族ももう帰ってしまったのだろうか、人なんてどこにもいなかった。ライフセイバーもいない、私たちが悪かったのだ。
ルールを破って勝手に溺れた、そんな人間を危険を冒してまで一体誰が助けてくれるのだろうか。
泣きながら頭の中は真っ白で、私は砂浜にへたりこんでしまって、最後に救急車を呼んだ。「……助けて、ください」私は弱弱しい声で友達が溺れた話を訴えた。
■
救急車が着いたころには岩田くんは息を引き取っていた。必死に海から運び出した青山くんは、眠るように息をしなくなった岩田くんを見てずっと声を殺して泣いていた。側にいた茜はこの光景がいまだに理解できてないのか、あたりをきょろきょろしていて、私を見るなり勢いよく抱き着いてきた。気づいた時にはもう遅かった。
「……ひっ、……ひっ」
私に抱き着いたまま、茜の呼吸はだんだんとおかしくなっていき、やがて過呼吸になった。崩れ落ちるように私の足に縋りつく茜の顔は真っ青で、今にも吐いてしまいそうなくらいに目も虚ろだった。
私は茜を抱きしめて背中をさすって、ただ一緒にいるだけしかできなくて、この状況のなか私だけが一人取り残されたような感覚だった。
どうしてこうなったのか、やっと今になってわかった。
岩田くんはきっと熱があったのだ。あの汗の量は尋常じゃなかった。何度も繰り返し呟き続けた「暑い」はこの気温の暑さを言ってるわけじゃなかった。体が感じる熱を「暑い」とずっと言っていたんだ。
気づかなかった私が馬鹿だった。どうして調子が悪くても今日岩田くんが海に来ようとしたのか私が一番分かっていたのに。
「……っ」
涙は自然と溢れてくる。唇をぎゅっと噛みしめて、私は青山くんの方を見た。泣き崩れた彼を私は睨みつけて、そっと近づいたあと「人殺し」と彼の耳元で呟いた。青山くんはこちらを見たあと、何が起こったのか訳が分からないといった表情を見せて、そのまま固まったように私を見た。
「私はきっと青山くんのことを許せない」
茜の呼吸がやっと落ち着いてきて、私はぎゅっと彼女を抱きしめた。
もう、私は彼との約束を守る必要はなくなったのだ。だって、岩田くんはもういないのだから。私の呪いはこの日、彼の死によっていとも簡単にとかれたのだ。
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