第4話 西倉詩織の告白4

 電車を乗り継いで一時間ほどで御崎海岸に辿り着いた。遊泳禁止という看板から目を逸らして私たちは足を進めていく。青山くんの腕にひっついた茜が楽しそうにけらけら笑っていて、その後ろを私と岩田くんが歩いている。ちらりと岩田くんの方を見ると、前の二人を冷めた目つきで見つめていた。私はそれが、睨んでいるようにも見えた。


「……暑いですね」


 やっとのことで声が出た。勇気を振り絞って、心の中で何度も練習した言葉を口にする。ちらりとこちらを見た岩田くんは、自分に話しかけられたことに気づくまでに五秒ほど時間があって、やっと理解してくれたのか「そうだな」と返事をくれた。だけど、そこから会話を続ける能力が私にはなく、また沈黙が続いた。前の二人みたいに笑いながら会話なんて死んでもできないと思った。


「詩織も泳ごうよ、ほら脱いで」


 水着に着替えた私たちは御崎海岸の小さいけれど綺麗な海に見とれた。ここの海岸はごみゼロ運動が盛んで、近くの小学校などが協力して毎月掃除をしているらしい。綺麗な白い砂浜、照り付ける太陽。絶好の海日和だと思った。

 私は水着に着替えたものの貧相な自分の体が恥ずかしくて、持ってきていた少し大きめなパーカーを羽織って外に出た。同じタイミングで着替えをしていたトイレから出てきた茜は赤いビキニを身に包んでいて、豊満な胸やきゅっと引き締まったくびれ、すらっと長い足が女の私でも見とれるくらいに美しかった。

 

「ああ、また詩織はそんなの着てえ」

「ははっ、ごめん、やっぱり恥ずかしくて。それより茜のその水着可愛いね」

「でしょ。春馬に見てもらうためにこの前買ったの。可愛いでしょ」


 茜の太陽のような明るい笑顔に癒されて、私たちは男子たちのもとに向かった。

 御崎海岸には人はほとんどいなかった。近くに遊びに来ている家族が見えたけれど、遊泳禁止のこともあり砂浜あたりで遊ぶくらい。同じように水着に着替えた青山くんと岩田くんと一緒に私たちは海に向かった。


「あれ、西倉は泳がねえの?」


 海に走って向かおうとしていた青山くんが振り返ってこちらに尋ねる。


「うん。私はここでみんなのこと待ってるよ」

「そっか。まあでも、泳ぎたくなったらいつでも来いよ。あとでビーチバレーとかしようぜ」

「ありがとう」


 青山くんはそう言って海に向かって駆けて行った。顔は怖いし、いい噂もあまり聞かないけれど青山くんは私に優しかった。茜の友達だからというのが全てだろうけど、こうやって輪の中に上手く入っていけない私のことも気遣えるいい人なんだなという印象が強かった。茜は青山くんについて一緒に走っていく。最後に残った岩田くんがこちらを見て、小さくため息をついた。


「行かないんですか」

「……いや、行くけど」


 何のため息かは分からなかった。多分、このときの私は分かろうとしてなかったんだ。岩田くんの足取りは少し重いように感じた。最後に振り返って岩田くんは一言。


「今日、暑くねえ?」

「そうですね。暑いですね?」


 私はこの言葉の意味をちゃんと分かってあげられなかったんだ。私がこのとき、彼が海に行くのを止めていたらきっとあんなことにはならなかった。

 私が悪かった。だからどうか許してほしい、もう今更泣き叫んでも遅い。私はとんでもないミスを犯してしまったんだ。


 声がした。それは悲鳴のような、茜の高い声。

 声に気づいて、砂浜の方から私は海の方を見た。高い波が岩田くんを攫っていった、あの最悪な光景が私の目にこびりついた。

 もう二度と忘れられない。君が夏に殺された日のことだ。

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