第2話 西倉詩織の告白2
難しい単語を連ねていく三島先生の声はまるで呪文のようで、五時限目で暖かい陽気ということもあって起きている生徒は僅かだった。先生自身も特に生徒に何も言わないため、これが私たちの普通。寝ていて成績が落ちるのは、それは自己責任だと、多分そういうことなのだと思う。
私の隣に座った茜が大きな口を開けて欠伸をしたあとに、私に四つ折りにした小さなノートの切れ端を投げてきた。「見て」と彼女は口パクでその切れ端を指さす。
「8月3日あけといて。一緒に海に行こう」
その文字を見て、すぐに私は茜の顔を見た。にんまりと笑ったその表情は、とても愛らしくて可愛かった。
授業が終わると、茜は勢いよく私の背中を叩いた。
「で、返事は?」
「うーん、私たち二人で海に行くの? 青山くんと二人で行ったほうが良くない?」
「まあ、もちろん二人で行きたいとは思うけど、今年から彼氏ができたから無理ってのはどうなのかなって」
「別に私はそれは仕方ないと思うけど」
「いや、でさ、それを春馬に話したら、春馬も岩田誘うから四人で行こうって話になってさ」
第二理科室を出る足取りが軽い茜とは正反対に、私の足は鉛でも括りつけられたように重くて一歩を踏み出すのに時間がかかった。
「あんた、岩田のこと好きじゃん」
茜のその言葉にびっくりして、私は茜の顔を凝視した。
「どうして、そんな風に思ったの?」
「だって、あんたいつも岩田のことばっか見てるじゃん」
茜の声が遠くから聞こえたような、そんな錯覚に陥った。
私の足はぱたりと止まって、茜の背中を目で追った。私の足音がしなくなったことに気づいたのか、茜がこちらを振り返って「早く」と叫ぶ。私は「ごめん」と謝って手に持っていた教科書たちをぎゅっと強く抱きしめて茜に駆け寄る。動揺してるとばれちゃいけなかった。
「そうなのかもね、私。岩田くんのこと、好きなのかも」
私は茜に合わせて笑うだけで精いっぱいだった。
■
ねえ、岩田くん。何してるの?
何してるって、見てわかんないの?
だってさ、それって。
あんた、名前なんだっけ。あ、たしか、西倉だっけ
岩田くんの声はとても優しくて、耳元で囁くように私の近くで「秘密だよ」と私に呪いをかけた。まるで口外したら殺すと脅されたみたいだった。私はその日から、彼の顔をちゃんと見られない。怖い、というか、彼の前では冷静を保てなくなる。でも、動揺してるとばれるときっと私はもっと強い呪いをかけられるんだ。
スマホにメッセージが一件入っていた。
お風呂上りに私はそれに気づいて、思わずスマホを落としてしまった。
岩田棗からのメッセージ。短く「海、楽しみにしてる」と一言。ほらまた、私に呪いをかける。許してほしい、私は地べたに座り込んでちょっとだけ泣いた。
ずっと私はこの男に恐怖して、この先の学校生活を送っていかなければいけないのだろうか。「秘密だよ」あの日の言葉が何度も何度も反芻する。
頭の中に蘇っては、かぶりを振って無理にでも忘れようとした。だけど、もうどうしようもない。私は何者にもなれない。見てしまった、それが罪なのだ。
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