閑話弐 可愛い天使



「おーっし。今日はバスケすっぞ~」


 龍一が言うと体育館から女子の歓声が上がる。


「いやー熱気がスゴいねー」

「うん。龍一君人気者だから」


 そんな様子を体育館の端から見守っている三人の姿があった。皆きっちりとスーツを着こなしていて、どこぞの一流企業に勤めているかSPみたいである。


「流石我らが龍一だな」

「そりゃそうでしょあの容姿なら」

「つか、ありゃ容姿云々じゃなくて一種の才能だろ?」


 その三人───三上未奈と、警視庁捜査一課の佐々木正徳警視正とその妻後藤嘉美警部である。苗字が違うのは『仕事の都合』の為だ。

 彼女達は先日の一件で、龍造と佐々木徳篤より要請を受けて今日より武内らの警護につくことになったのだ。


 未奈は授業の合間に、正徳らは業務を部下に案件を引き継ぎ通常業務から外れての護衛である。授業の準備とか大丈夫かと問われた未奈であったが、「来る前に準備してきた」とあっけらかんと答えた。実際、彼女の事務能力はけた違いに早い。


 彼らが急用等で護衛につけないときは彼らの『相棒』が代役を務める。


「未奈ちゃん、楽しそうだね」

「そりゃそうよ。龍一君や龍二君に久々に会えたし、生徒達は可愛いしねー」

 

 外に〝アンテナ〟を巡らせながら、三人は龍一の授業を楽しみながら会話をする。


「あ、藤太とうたさん、ノリさん。三時方向に敵が来たから迎撃お願い」

「九朗さん、六時の方向を頼む」

「幻龍、八時から十時の方向お願い」


 敵を察知するや、すぐにそれぞれの相棒に指示を飛ばして迎撃に向かわせる。生徒達が騒ぐ前に事を『無かったこと』にしなければならない。


「嘉美ちゃんの家もおじ様の家に負けないくらい凄いよね」

「───そうね。否定はしないわ。家のご先祖様がご先祖様だから余計ね」


 暢気に会話していると、迎撃を終えた嘉美の式神の一人が戻って来るなり不満を露にする。


『なーヨッシー。最近多くね?』


 かつて平家随一の猛将と謳われた正五位下しょうごいのげ平能登守教経たいらののとのかみのりつねがぼやいた。源平合戦の際に平家軍を率いて源氏を前に奮戦した男だ。


『仕方ないよ能登殿。俺達の時代から何かと面倒な時に邪魔ばっかしてきた黒淵が絡んでるんだから』


 正徳の式神───嘉美から陰陽術を伝授してもらった───戦の天才源九郎義経みなもとのくろうよしつねが嘆息する。


『しかし、まだいやがったのか。やっこさん達は』


 嘉美のもう一人の式神。その昔、関東で反乱を起こし『新皇』と称した平将門を討ち取った『俵藤太たわらとうた』の通称を持つ藤原秀郷ふじわらのひでさとが呆れ口調で言う。


「仕方ないですよ。何だかんだ言ってアイツらの力は認めなきゃですし」

『・・・・・・そうだな。ま、俺達にも責任の一端はあるわな』


 その頃、愚痴を垂れ流していた教経に嘉美はため息をついていた。


「はいはい、愚痴は後でたっぷり聞いてあげるから。この子達死なせたくないでしょ?」


 楽しそうに授業を受けていた生徒達嘉美が指差した。それを見た教経は大きなため息を吐くと頭を掻いた。


『へいへい。じゃあとびきり美味い日本酒と泡盛を頼むよ』


 教経らは各々彼女達の指示に従って生徒達を護る為に刀を振るいに行った。


「やっぱ多いわねぇ最近」


 ここ最近、特にこのような事件で警察が出動することが異常に多かった。

 勿論一般の警官は専ら住民の避難させるといった救出活動に勤しみ、彼等のような特殊能力を持った者達がその排除の表舞台に立った。


「だね。全く、なーんで私の『元』家はそんな大昔のことを根に持つかな~」


 頬を膨らませながら〝元実家〟を遠回しに批判する未奈を正徳はまあまあと宥める。


「それはあれっしょ。長年の一族の恨みつらみが奴らに纏わりついてんじゃないのかな?」

「だとしたら、阿呆でしょアイツら。自分達が100%悪いのにさ、それを棚に上げまくりじゃない」


 暫く未奈は批判の嵐を止めることは無かった。


 彼女がぐだぐだと愚痴を述べている間に排除は終ったらしく、教経らが戻ってきた。


『何だ何だ? 帰ってきたらミーの奴が愚痴ってんぞ?』

「仕方なかろう。あの旧時代の低脳な脳みそしか持ち合わせていない馬鹿共は我らが何を言おうとも耳を傾けなんだ。主が不満を持ったとしても不思議はあるまい」


 同調するように秀郷と義経が頷く。

 二人の肩を軽くたたき嘉美が微笑む。


「授業終ったわよ。私達も戻りましょうか」























「・・・・・・・・・・・・」


 教室に入るなり自分の机に突っ伏した南雲の周りを友人が固める。

 大抵彼がこうして突っ伏す時は〝ネタ(情報)集め〟に奔走しまくった時なのだ。


 最も、今回の場合、〝ネタ〟の規模が桁違いなのと、1時限目が体育だったこともあるのだが。


「大丈夫か?」


 気休めにもならない定番の言葉をかけてやるも当然返事は返ってこない。


「・・・・・・ねぇ、南雲君。煉ちゃん大丈夫なの?」


 学級委員の石田が複雑そうに言うと、辛うじて動く首をそちらに向け力無く答える。


「何言ってんのさ石田さん。僕が来なくていいといえばいくら彼女でもここまで来ないよ」


 力のない言い方をする南雲に、石田は引き攣った笑い方をした。

 ぽかんとしている南雲の肩をつつき、武内がある方向を指差す。

 刹那、彼はヒビの入った石像となった。


「な、なななななな・・・・・・・・・」


 眼の前の信じられない───信じたくない現実に青ざめていく南雲。その原因である当の本人はきょとんとして首を傾げている。


「どぉしたですぅ? 俊介様ぁ」


 そして、ここでは確実に場違いな服装で、かつ、誤解を招く可能性大の言葉を口にしてしまったものだから、クラスにいた仲間が彼を一斉に囲んだ。

 特に男子はいつかの誰かさんように殺気をみなぎらせた視線を剥けて早速詰め寄った。


「ちょっと南雲君! この子誰よ!」

「つか『俊介様ぁ』って、おまっ、こんな可愛い子にどんなプレイさせやがった!」

「ちょっと可愛いじゃないのよ! 紹介しなさいよ!」

「とうとう南雲もここまで・・・・・・・・・」


 若干ズレた発言をしている数名のクラスメイトはいたが、石田さてさてこの騒動をどうしようと考えた。

 まともな人間が少ないこの学校で彼女は『常識人』を自負していた。染まりつつはあるが。


 彼らを他所に、煉龍は気にせず『丁寧』に自己紹介をした。


「えっとぉ、俊介様のぉ、〝お世話〟をしています煉って言いますぅ。よろしくお願いしますぅ」


この自己紹介は、クラスメイトの爆弾を炸裂させるには十分すぎる破壊力だった。


『南雲殺すっ!!!』


 この瞬間、ほぼ全てのクラスメイトは眼を三角に吊り上げてゆっくりとした動作で南雲に拳を見せた。


 南雲の額から冷や汗が流れる。


(あれ? もしかして、死亡フラグ立ちました?)


 彼らが行動を起こす前に、奈良沢は〝実力行使〟という名の鉄拳制裁を実行し、数名の男子生徒を生贄として行動不能にさせた。〝潰された〟男子生徒からは煙が立ち上っていた。


「・・・・・・死にたい奴、まだいる?」


鮮血ブラッティー女帝エンペレス』の二つ名を持つ奈良沢が、ゆらりと殺意のこもった視線で残りの生徒を睨みつけた。彼らは全員両手を上げて降伏した。


 そんなことが起っているすぐ横で、一部の女子生徒は煉龍を囲んで色々と喋っていた。


 いつだったか、呉禁が来た時ほどではないが、その眼は危険な輝きを放っていた。


 純粋無垢な煉龍はそれに露も気づかず彼女なりに楽しそうにしていた。














「煉。頼むから学校は勘弁してくれるかな? 多分、龍造さんの仕事こなす前に僕の身が持たない。と言うか死んじゃうから」


 騒動が収まり、疲れた顔で肩を落とす南雲を煉龍が覗きこむ。


「何故ですぅ?」

(あぁ、気づいてない)



 南雲は心で泣いた。


「いいじゃないですかぁ。減るもんじゃないですよぉ?」

「いやいやいや。僕の死活問題に関わるから」


 速攻でツッコむ南雲に、煉龍は頬を膨らませて不満を訴える。


「あ゛ー何かイライラすっけど可愛いなチクショウ!」


 煉龍を見て、頭を掻きむしりながら悶える吉田の前に偃龍が現れた。


『無駄だよ。アイツの喋り方は昔っからあれでな、クセになっちまった』

『そうそう。あの子ったらあたし達がいっくら直そうとしてもダメだったんだから』


 偃龍に同調するように、瞑龍や雷龍らは頷く。


「・・・・・・いつからいた? お前ら」


 眼をぱちくりさせる武内に、霊龍はしれっと答えた。


『何を言ってる。我らはずっとお前達と一緒にいたぞ?』


 姿を隠してなと霊龍は補足した。

 この時、ほんの一瞬だが、自分達にいつもの日常は金輪際訪れることはないだろうなと感じた。


『まあ、少々違えど我らと姐御達は同じ存在だからな』


 そう言われて、不意に何かが槻嶌の頭を掠めた。


「大変よね。貴方達の頭領」


 彼ら最大の悩みであり、核爆弾級の頭痛の種である天龍のことだ。


 南雲達が彼女を知ったのは、龍一らによって進藤家を訪れたその日である。たまたま通りかかったので紹介されたのだ。


 彼女が彼らの長だと知る前は、ただのほややんふわわんとした女性だと思ったが、あの件の縁で紹介された時の奈良沢達の驚きようは、言葉では言い表せないほどだった。


 特に南雲や武内ら男子陣は、眼玉がブッ飛びそうなくらい仰天した。


『そうなんだよ~。あのオトボケ天然破天荒姐さんのおかげで、俺達はどれだけいらん苦労を強いられたか』

『全くだよ。ったく、〝王〟は何考えてんだかな』


 雷龍らからあがる不平不満を、道中これでもかと言うほど聞いてあげた。

 ただ、所々にあげられた〝王〟に疑問を覚えた。天龍のことではないことは分かったが。


「なあなあ、さっきっから出てくる〝王〟って誰のことよ?」


 ついにたまらず吉田が訊く。


『あぁ・・・・・・・・・。あんな、俺達の頭領は確かに天姐なんだけどな、それとは別に俺達には〝王〟がいるんだよ。これがまた娘の天姐にベタボレのなんのって』

『そんでもって娘同様破天荒でだらしなくてどうしようもない頭痛の種その二だな』


「え゛っ、あのオトボケ天然破天荒の天龍さん、その〝王〟っての娘なの!?」

「つか、そんなんが王でいいの?」


 衝撃的な発言に、一同は驚きを隠せない。そして当然のツッコミを入れることを忘れなかった。


『まあ最も、これを知ってるのは龍造の旦那くらいだしな。龍二が知らなくて当然よ』


 彼らの話によると。

 その〝王〟なる者は、彼らのように進藤一族に宿ることはなく、彼ら龍達の〝世界〟でのんべんだらりと時を過ごしているらしい。


 その『出不精』(?)の〝王〟が百年にいっぺんくらいの珍しさでこっちに来ていて、しかも一族の誰かに気まぐれで宿っているのだと言う。


「ねぇねぇ、誰に宿ってんの?」


 興味本意で槻嶌は訊いたのだが、突然雷龍の顔が暗くなった。


『主は死んだのよ。四年前に癌でね』


 哀愁を感じる口調で氷龍が告げた。知らなかったとはいえ地雷に似たものを踏んでしまったようで、槻嶌は申し訳ない顔をして精一杯の謝罪をした。


『気にすることはない。知らなかったのだからな』


 烝龍の優しさがチクリと胸に刺さったが、彼女は少し救われた気持ちになった。


「あの、差し支えなければその方の名前をお伺いしたいのですが」


 石田の問いに、瞑龍が答えた。


『進藤沙奈江。龍一の双子の姉さ』


 再び一同は驚いた。あの龍一に双子の姉がいるとは思っても見なかった。


 その後、それぞれの家路につくまで進藤沙奈江や龍一・龍二兄弟の話を聴いて歩いた。中には本人さえ知らない裏話もあり笑いが絶えなかった。


 その間、南雲と煉龍の〝痴話喧嘩〟が止むことはなかった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る