3 進藤VS黒淵 ———人間界———
「すまなんだな。こんな時間に呼び出して」
夜遅く、龍造の部屋にいかつい顔の男たちが数人座していた。
その中の一人が手を振って龍造の詫びに応える。
「いいってことですよ。旦那の頼みとあればあっしらは昼夜問わずいつでも駆けつける次第でさぁ」
彼らは進藤家〝子飼い〟の連中である。
正確には、龍造によって改心した任侠集団の組長達である。右から横田組、
彼らは龍造の頼みであればどんな内容でもしっかりこなしてくれる、龍造にとってかけがえのない
ちなみに、普段の彼らはこの町の治安を自主的に守っている。町の人達からも好評で、この町の犯罪率は頗る低い。
「して旦那、頼みとはなんです?」
真太組長真太幸三が身を乗り出して尋ねる。
「黒淵の調査と神明の生徒達の護衛を頼みたい」
龍造の頼みに、組長らは顔をしかめて腕組みをする。
「また、難儀なことですな」
権田組長権田宗二郎が呟くと、横田組長横田丈太郎と皆口組長皆口孝四郎が頷く。
「旦那、わしらに依存はありやせんが、ちと人手が足りませんな」
「徳篤や晶泰達にも声はかけた。お前らにはあくまで彼らの補助をお願いしたいのだ」
お前達に相当危険な仕事を頼むことはしないと龍造は公言した。
そこに一人の女性が入ってきた。
「
「通してくれ」
女性が下がって暫くして、同じ女性に導かれて二人の男性が入室した。
「龍造殿、只今参りました」
「いや、わざわざ面倒をかけましたな」
「なんの。貴殿のためなら我らはどこへとも喜んで参る所存ですからな」
そう答えながら招かれた二人は空いている場所に腰を下ろした。
彼らは進藤家の分家、藤宮と戸部の当主である。藤宮家当主親宗は分家内では一番の実力の持ち主で、戸部家当主知介はそれに次ぐ実力の持ち主であり、両人共龍造が何かと頼りにしている者達であるのだ。
「風龍殿から話は聞いています。彼らと協力してことに当たりましょう」
「助かる。俺の息子や徳篤の息子達を神明に潜り込ませておる。二人にはそれらの護衛を頼みたいのだ」
「承知した」
「それでだな・・・・・・・・・」
この日は明け方まで綿密な対黒淵の対策を話し合った。
「おい、何で俺達は逃げてんだよ!?」
「知らないわよ! あっちに聞きなさいよ!」
小さいかすれ声で怒鳴りつける奈良沢貴子の口を慌てて吉田宏時が押さえる。隣にいる武内連二や槻嶌空達が必死に人指し指を口に当てている。
「バカッ! 見付かっちゃうでしょ!?」
今、彼ら七人はある二人組から全力で逃亡中なのである。
時は放課後まで遡る。
「あ゛───終ったあぁぁ!」
教室から出た吉田が背伸びをしながら叫ぶ。
吉田は隣にいた武内に声をかけた。
「なぁ、久しぶりに遊びに行こうぜ!」
「おっ、いいねぇ!」
そういうことになり、学級委員の片割れ
突然、上空から彼らの眼の前に黒焦げの何かが落ちてきた。
「えっ・・・・・・・・・?」
最初にそれを確認したのは野際だった。そして、ふと虚空に眼をやり、その先にいる黒い翼の人間と狂喜じみた人間を見つけたのは南雲と武内であった。
「みぃたぁなぁ」
気味の悪い声で放たれた言葉に、彼らの背中に悪感が走りまくり、鳥肌が異様に立ち、恐怖が襲いかかった。
───身体中のあらゆる細胞が非常事態を訴えている。逃げなきゃ死ぬと訴えている。
次の瞬間、彼らは
黒い翼の人間と狂喜じみた人間は、不気味な笑みを浮かべ、獲物を追い始めた。
情報通の南雲のナビで彼らを
現在、とある公園の茂みの中に隠れながら追っ手の動向を伺っていた。
やがて、誰かが公園に入ってきた。
「どぉこいったぁ?」
あの男だった。
───ここももうまずい。
共通した意識を持ち、互いに顔を見合い頷くと、ここから早々に立ち去るべくゆっくり音を立てないように後ろに下がった。
しかし、その時武内がうっかり小枝を踏んでしまった。
男が音に気づいて一線を超えた眼を茂みに向けた。
「そぉこぉかぁ!」
「逃げろっ!!」
叫ぶと同時に七人は一斉に駆け出した。
「武内のバカッ!」
「わりぃ! ホントわりぃ!!」
方向など気にすることなく、どこに向かおうが構わず走り続けた。
───死にたくない
その一心だけで彼らは走っていた。だから、シンドイとか疲れたとか言っていられなかった。
「燃えちまえぇ!」
追いかけっこに飽きたのか、それとも業を煮やしたのか、ともかく男はドス黒い火の玉を彼ら目掛けてぶん投げた。
「っておい!?」
「マジかよっ!?」
彼らが驚くのも無理ない。現実世界で火の玉を見るのは初めてであったし、その火の玉は道幅一杯くらいに馬鹿デかいものだった。
これではたとえ更に全力で逃げても、逃げ道すらない。
あぁ、死んだ。
観念して七人は歩を止め眼を閉じた。
だが、火の玉は彼らについに当たることはなかった。
「俺の生徒達に手ぇ出すたぁ、いい度胸だなぁテメェら」
「あらあら。誰かと思えば頭がイッちゃったキチガイ浩二じゃない」
彼らの眼の前には、一体どこから現れたのか今の彼らの担任進藤龍一と現代文教師の三上未奈が凛とした姿でそこにいたのだ。
「・・・・・・何者だ?」
黒い翼の人間が尋ねるが、龍一は誰が教えるかと切って捨てた。
「どぉっかで見たことあるなぁお前ぇ」
未奈にキチガイといわれた浩二なる男は、首を傾げるも彼女のことを思い出せないでいた。
思わぬ登場で命を救われた奈良沢達は、ようやく火の玉が霧散していることに気づいた。
「まあいいや。まとめて消えちまえぇ!」
言い終わらぬうちに浩二と黒い翼の人間がドス黒い火の玉を再び放った。
「先生危ないっ!」
吉田が叫んだが、彼らは微動だにしない。むしろにやけていた。
押し笑う声が漏れる。その主に視線を向けるとそれは南雲であった。
「おい南雲! お前───」
「まあ黙って見てなよ武内君。あの人達が負けるわけないから」
直後、二人を光が包んだ。眼を凝らしてよく見れば、二人の手から光輝く炎と空色の炎が放たれて、それは次第に龍の形になった。そして、自分達を襲った火の玉を呑み込み、そのまま彼らを飲み込んだ。
それは本当に一瞬の出来事で、彼らに最後の言葉は許されなかった。
炎の龍が消えた先には、『何も残っていなかった』のだ。
「何で? 進藤先生は分かるけど・・・・・・・・・??」
龍一に関しては別に驚くことはなかった。先日の級友龍二の件で知っていたから実兄である龍一に関しても同じであろうと予想がついた。
彼らが視線を向けるのは三上未奈である。記憶が正しければ彼女は正真正銘自分達と同じ『一般人』のはずである。
ポカンと口を開けた皆を見て、待ってましたとばかりに南雲はポケットから〝資料〟を取り出した。
通称、『南雲式データバンク』と言うその手帳をパラパラ捲って、〝三上未奈〟の項を開く。
「三上未奈。私立神明高等学校現代文教諭。その美貌に撃ち抜かれた男子生徒は数知れず。学校内には秘かに『未奈ちゃんファンクラブ』が結成されていたりする。
本名は黒淵未奈。進藤家の分家の一つで昔から両者は───」
「あら、よく知ってるわね、南雲君」
微笑みかける未奈に、南雲は胸を反らし「それほどでも」と言った。
「いや誇るなよ」
たまらず武内が突っ込む。彼のえぐい情報収集能力の前にはプライバシーなどない。
「貴方達も無事でよかったわ」
未奈に声をかけられて彼らは感謝の言葉を口にしている中、龍一は何事か考えているように沈黙していたが、やがて深く頷くと彼らに向かって口を開いた。
「お前らちょい俺の家に来いや」
「・・・・・・・・・え?」
彼の発言が理解できず、固まってしまった。
『遠慮することないでござる』
その時、彼女達の前にいきなり半透明の男が現れたものだから、彼女達はギャーッと悲鳴を上げて尻餅をついてしまった。
「えっ、あっ、へっ・・・・・・・・・??」
完全にパニクってしまった彼女達は、舌が回らず言いたいことが言えない。
驚かせた張本人はきょとんとした顔をして彼らを眺めていた。
「おい聖龍。毎回言ってるけどよぉ、そうやって突然現れて初対面の奴らを驚かせるなよな。腰抜かしちまったじゃないか」
『全く、我らのこの姿は、常人には幽霊と等しい存在なのだぞ? よく考えろ』
未奈の中から現れた男が聖龍をたしなめた。
それにもまたビックリして再び悲鳴が上がる。
『そういうお前こそビックリさせてるでござるよ!』
『むぅ・・・・・・我としたことが』
ただ一人を除いて。
「いやぁ噂には聞いてたけど生の『龍』は初めてだなぁ」
南雲は感慨深げに二匹の龍を見回していた。
「何、驚くことはないよ。彼らは、『龍』といって進藤家の“守り神”みたいなものだよ」
南雲はそう言った。
幾分か冷静になり、よくよく見てみると、確かに彼らは悪いぞんざいではないっぽいと思った。
後に、金髪金眼で古臭い話し方をするのが龍一の相棒である聖龍で、白髪紺眼のかたっ苦しいほう未奈の相棒であるが幻龍という名前であると知った。
「龍一君。そろそろ行った方がいいんじゃない?」
未奈に促がされ、龍一はそうだなと頷いた。
「聖龍に幻龍。こいつらを守りながら行ってくれるか?」
『承知仕った』
『任せておけ』
そういうことになった。
あんぐり口を開けて、奈良沢は眼前にある存在に唖然としていた。
「デかっ」
「デかすぎよ!」
「何? ここはどっかの貴族の家なの?」
時代を思わせる古びた門や、立派な横長の壁から見える木々を見ながら彼らは門に掲げられた表札を見る。
『進藤』
達筆で書かれたの文字。
ここは隣にいる龍一やクラスメートの龍二の家である。
「まあ、そりゃ驚くな」
ため息をつきながら龍一が肩をすくめた。
確かに、名高い家とは聞いていたが、ここまでデかい家まで持っているとは聞いていない。
どうやら南雲のリストにもこの情報はないらしく呆然としている。
「ま、とにかく入れや」
門をくぐり、だだっ広い庭を見た時、彼らはタイムスリップした感覚に襲われたと同時に、その素晴らしさに感嘆してしまった。
そこを抜けて、これまた歴史感溢れる立たずまいの屋敷のドアを開けると、ちょうど六十代くらいの老人と若い女性が話し合っているところであった。
「親父ぃ、ちょっといいか?」
「おじ様、お邪魔しま~す」
「ん、おぉ、未奈くん。元気そうだな!
───龍一、彼らは?」
「俺のクラスの生徒達。ちょっとややこしいのに巻き込まれてな」
「む、そうか。それはすまなかった」
老人───龍造が頭を下げるのを、奈良沢は慌ててやめさせた。
それぞれ少し緊張しながらも自己紹介をしてお辞儀をする。
「ふむ。俺はこの家の主進藤龍造だ。よろしくな。龍一。彼らを俺の部屋に案内してやってくれ。風龍、人数分のお茶を用意してくれるか」
かしこまってその女性は一旦下がった。
龍一の案内で彼らは龍造の部屋に通された。
暫くして風龍なる女性がお茶を持ってきた。そのすぐ後に龍造がやって来た。
「さて、龍一。経緯を話してくれ」
促された龍一がある程度まで話し、詳細は南雲が話した。
「そうか・・・・・・・・・」
龍造は沈黙した。その表情は深刻そのものだ。
「こうなるといずれ他の生徒達に被害が出かねんな」
龍造は彼らに今起こっている一連の事件について彼の見解を話すことにした。
話を聞くところ、どうも内紛に近い感じらしい。そもそも、この平和な日本で内紛という事件が起こるのが有り得ない。
だが、そんなわけのわからない事件に自分達達が運命のイタズラによって確実に巻き込まれたことを彼らは認識していた。
「龍一。悪いが今から晶泰と成良の所へ用事を頼まれてくれるか?」
「別に構わないけど」
父から事伝を頼まれた龍一はさっさと行ってしまった。
龍造は向き返ると、南雲をしげしげと見ながら自分の顎に手をやった。
「南雲君、と言ったか。随分と詳しい情報を持っているらしいな」
「あはは。まあ色々とツテがありまして」
「ほう、それは興味深い」
少し間をおいてから、龍造の眼が怪しく光った。
「なら、黒淵の詳細な情報も手に入れることもできるかな?」
どうやら龍造は自分を今回の事件に巻き込む気満々らしい。南雲は龍造の問いにたっぷり時間を取って答えた。
「まあ出来ないこともないですね」
「なら頼まれてくれ。俺達もこれ以上第三者に被害を出すわけにもいかないからな」
普通、そんなことにただの一般人を巻き込むなんて考えつくはずはない。
「あ、いいですよ」
そしてこんなことを意図も簡単にかつ平然と引き受けた南雲の頭はどうかしていると思った。
「あのぉ・・・・・・私達の命の安全とかはどうなるんでしょうか?」
恐る恐る手を挙げた石田が発言した。
「大丈夫よ。ね、おじ様」
未奈が笑顔で言った。
「安心しな。お前達の命や家族の安全は俺が意地でも守ってやる」
龍造は力強く宣言した。
「俺の家に仕えている者達をつかせよう」
彼の口許が微かに動き、少しおいて七人の男女が入ってきた。
「お呼びでしょうか?」
「おう。お前達すまないが、暫くの間コイツら護ってやってくれ」
龍造が言うと七人の男女は承ったと応えた。
龍造の紹介によると、右から雷龍・氷龍・
「しかし主殿。我らがいなくなるとここが危なくなるのでは?」
多少の心配事を抱いていた雷龍に、彼は心配ないと答えた。
「わざわざ敵の本拠に乗り込むほど奴らは馬鹿ではあるまい。俺の力を知っていたら、尚更な」
それに、この家には絶対神様がいるだろと苦笑する。確かにと雷龍は苦笑で返した。
誰のことですかと問いかける風龍を華麗に無視して龍造は南雲達を見つめる。
そういうわけだと軽く笑う彼に、武内達はある種の頼もしさを思えた。
「よろしくお願いします」
七人はそれぞれ担当の者に丁寧に礼する。
「家の者には俺から伝えておく。ただし、この事は他言無用で頼みたい。君達の家族まで巻き込むわけにはいかないからな。特に南雲君、君はこの子達以上に、な」
言葉の一言一言が重い。だがそれだけ危険と隣り合わせの現実にいると言うことだ。
「お前達。くれぐれも彼らを死なせるなよ?」
七人の龍はそれぞれが誓いの言葉を述べ、子供達は退室した。
「俊介様ぁ? 何してるですぅ?」
彼の付き人(?)である煉龍が何かに没頭している彼を覗き込んだ。
「ん・・・・・・ちょっと基本事項でもまとめとこうかな~と思って」
机に置いてあるノートには、それはそれはこと細かにビッシリと黒淵に関する〝基本事項〟が簡単な図柄付きで書かれていた。
「ほぇ~。凄いですぅ~」
煉龍は驚きの声をあげた。
「こんなのまだまだ序の口だよ。これからかなーり詳細に調べないけないしね」
かっかっかと笑いながら持っていたシャーペンをノートの上に投げた。
「しっかしなぁ」
改めてパートナーとなった煉龍を見る。ここに来るまで普通の服装だったのに、いざ家について自分の部屋に来た途端何故かメイド服になっていたのだ。
「煉龍。君は何でその恰好でいるんだい?」
たまらず聞くと、ニッコリして彼女は答えた。
「私の趣味ですぅ♪」
南雲はそれ以上詮索しなかった。
それにしても、龍───龍二や龍一のとは違うが、まあ、同じものだろう───という者は自分達人間と全く変わらない姿をしているんだな、と思った。
「さて、寝るかな」
南雲は今日の作業を切り上げることにして床につこうとした。
「寝るですぅ~」
語尾がどうにも気になって仕方ないのだが、気にしても始まらないので布団に入る。
何故か煉龍も一緒の布団に入ってきた。
「・・・・・・。えーっと、煉龍さん?」
「何ですかぁ俊介様ぁ?」
「何で貴女は僕と一緒の布団に入っているのかな?」
「勿論、俊介様を守る為ですよぉ」
「いや、別に同じ布団に入らなくても───」
「でも、当主様(龍造のこと)に『片時も離れるなよ』と言われてますし・・・・・・・・・」
(何ですと!?)
それはつまりトイレとか風呂とかそういった所にもこのちっちゃく可愛い従者がついてくるということであった。
「ダメですかぁ?」
「うっ・・・・・・・・・」
心臓にズキリと痛みが走った。
何かを必死になって堪えている煉龍。それが可愛くて仕方がない。不覚にも萌えてしまった。
そもそも彼女は自分を守る為にわざわざこんなところまで来てくれたのだ。割り切る他ない。
「いや、そんなことはないよ」
と笑って言う。たちまち煉龍は破顔して抱き着いてきた。
キュンとした。
(・・・・・・・・・マズイマズイマズイ!!)
理性が吹っ飛び人として何かとてつもなく大事なものを失う前に彼は眠り込むことにした。
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