2 異端児
「はい、今日はここまで。さっきの所中間テストに出すからよーく勉強しておいてね」
終鈴が鳴り、授業を終えると女性教諭はそう告げるや、生徒達から「えーっ」という怨嗟に似た声が上がる。彼女はそれを無視して颯爽と教室を去った。
職員室に戻ると見知った顔がいた。そういえば今日から教育実習生が来ると教頭が言っていた気がする。最も彼女は教頭の話が終わる前に来客がありそのまま席を外してしまったので最後まで聞けなかった。
彼女は近づいて次の授業の準備をしている彼に声をかけた。
「龍一君、久しぶり」
その声に気づき振り向いた彼は、途端に破顔した。
「未奈ちゃん! 久しぶり!」
彼女の名は三上未奈という。この学校の現代文教師である。
が、これは彼女の本名ではない。
本名は黒淵未奈という。
黒淵家は進藤家の傍系であり、昔から敵対関係にある。その理由は黒淵家が度々国に反旗を翻し進藤家が討伐しているからだ。
そんな黒淵家内で、彼女は〝異端児〟として通っていた。
───過去に囚われず、今を生きることに時間を費やすべきだ。『今の』進藤家とは何の遺恨も無いのに争うのは間違いだ。先祖の復讐とか馬鹿げている。それに縛られている限り、この家に繁栄は来ない。
と言うのが彼女の持論だった。
だがそんなものを黒淵の人間が受け入れるわけがなかった。むしろ赫怒した。
黒淵内でそんな〝バカな事〟を説き回る者は『即刻粛清』というのが黒淵家内の暗黙の了解となっていた。
それ故、すぐさま未奈を始末するよう当主悶呶の密命が下った。
しかし結局彼女は討てなかった。討伐隊は全員返り討ちにあってしまったのだ。
目撃者の話では、『ゲンリュウ』なる龍によるものらしいが、どのような攻撃だったのかは一切不明だった。
すぐに追っ手が差し向けられたが、既に未奈は行方を呟ましており、足取りは掴めずじまいだった。
彼女が向かった先は宗家の進藤家だった。当主龍造の長子龍一と次子龍二とは、小さい時分から人目を盗んでコッソリ遊んでいて面識があり、それを頼みとしていた。
「分かった。後は俺がどうにかするから心配するな」
龍造は彼女を受け入れた。暫く匿った後、彼の親友である佐々木徳篤や後藤晶泰、神戸達江らに協力を要請し彼女を黒淵から遠ざけた。
この頃、苗字を三上に変え、徳篤の経営する神明高校の教師として赴任したのが数年前である。
万全を期す為、彼女の住む家の近隣に分家の藤宮や戸部の者を住まわせ警戒に当たらせるようにした。
このほとんどを龍造一人でやってのけたのだった。
「龍一君が生き返ったって聞いて、私びっくりしちゃった」
悪戯っぽい笑みを浮かべた顔は、幼少から変わっていない。
「ははは。普通は有り得ないけどね、『ある人』によって生き返らせてもらっちゃった」
龍一も悪戯っぽい笑みで返した。そっかと未奈は彼の頭を撫でた。
彼女の癖である。
「あっ、そうだ、今日お邪魔してもいい?」
「そりゃもう。親父も喜ぶよ」
彼は喜んで実家に招待した。
「・・・・・・知らんかった」
灯台下暗しとはまさにこのことである。まさかあれだけ敵対していた傍系にそんな〝異端児〟がいたなんて龍二は知らなかった。
「あっちは気づいてたみたいだよ。
たまにね、『龍二君大きくなったわね』って話しかけてくるの♪」
瑞穂が嬉しそうに語った。聞けば、彼女とは小学校からの付き合いだという。
「よしそれは分かった。だから今すぐ離れやがれ」
いつの間にか、瑞穂は龍二の右腕に身体を密着させていた。
「えー」
「えーじゃねぇ。ただでさえ───」
龍二は言葉をつぐんだ。何かが自分の後ろにいる。
「♪♪♪」
見なくても良かった。
達子は龍二に身体を密着させていた頬擦りしていた。
「・・・・・・・・・」
龍二は諦めてなすがままにされた。
「ホント、この子達の緊張感の欠片のなさには関心しちゃうわ」
「言ってやるな・・・・・・・・・」
相棒達は嘆息した。
別室では、龍彦と黄龍がオオクニヌシ達に同様の話をしていた。
「ったく、メンドくせぇ時にメンドくせぇ奴らが来たもんだ」
ダルそうに頭を掻く龍彦は姿勢を崩し楽な体勢になった。
「厄介事が増えたのは確かのようだ」
フツヌシが唸る。
「アンタらは出来るだけ魔族だけに専念してくれや。俺らが黒淵の馬鹿共を相手すっから」
物言いはいい加減さが滲出てはいるも、どこか余裕さがあることも分かった。
しかし、相手はこちらの考えなど知る由もないから、無差別に攻撃して来るだろう。
ようは臨機応変ということだ。
「それとな・・・・・・・・・」
龍彦が呟く。
「こうした戦で怖いのは、味方の裏切りだ。過去にいくつかの戦争を経験したから言えることだがな」
味方の裏切りは士気を急激に下げる、戦況を激変させる、立案した作戦が瓦解するといった負の連鎖に巻き込まれる。というのが龍彦の論だった。
「確かにな」
オオクニヌシが腕を組む。
「今のうちから怪しい奴には眼をつけておいた方が良い。その上での作戦が組めるからな。打てる手は早めに打っておいて損はない」
「分かった。それは俺がやっておく」
時折アマテラスがお茶や菓子を持ってちょくちょく姿を現した。
「くれぐれも悟られぬようにしろ」
龍彦は念を押して席を立った。
『ど~こっかな~♪』
フワフワ浮きながら、沙奈江は誰かを探していた。何か楽しそうな顔に、彼女の中からもう一体の霊が姿を見せ言う。
『おいおい、闇雲に探してんのか?』
『しょうがないじゃん。この辺の地理に詳しくないんだから』
ムスッとした顔で機嫌を損ねた沙奈江に、現れた霊は笑って謝る。
『にしても、随分と嬉しそうじゃないか』
『そりゃそうだよ。久しぶりに可愛い可愛い弟君二号に会えるんだよぉ? 嬉しいに決まってるじゃん♪』
『おぉ、〝奴ら〟を宿したあの者か。それは俺も会ってみたいぞ』
嬉々とした顔で男の霊は頷く。
『あのさ、ずぅーっと前から気になってたんだけどね、オーちゃん達って宿主と運命共同体なんでしょ? 私が死んだらオーちゃんだって死ぬんじゃないの?』
『いやー何せ久々の現世だからよぉ、もうちょい楽しみたいわけよ。あ、これ俺の特権ね。宿主が死んでもお前らの世界に留まれんの。
───それに、お前ら一族は昔から何かと面白いしな』
やがて、ある馬鹿デかい家の真上でその沙奈江は止まった。
『どうやらここのようだな』
『そうみたい♪』
にっこり笑み彼女は降下した。
廊下を歩いていた青龍と澪龍がふと虚空に眼をやった。
「どしたの?」
龍二が怪訝な顔で尋ねるも、彼らは何でもないと答えた。
「(澪や。今一瞬あやつの気配を感じたが?)」
「(・・・・・・まさか、ねぇ?)」
その時、青龍は立ち止まり廊下に足をつきだした。直後、誰かがものの見事に引っ掛かって顔面を全力で床に強打した。
「いっった~い! 青龍君何すんのよぉ~!」
「やかましいわこのお転婆娘が! 少しはおとなしくしておれんのか!」
例によって例のごとく、お騒がせで自由奔放で彼らの長である威厳というものが欠片もない、涙眼で鼻を押さえて膨れている天龍であった。
が、彼は全く相手にしない。
「えぇ~だってつまんないんだも~ん」
「たわけがっ! 何がつまら───」
「お姉ぇちゃん、何してるの?」
隣の部屋の障子を開けてひょっこり顔を出してきた白と黒の翼を生やした男の子がきょとんとした顔で覗いてきた。
「何じゃこ奴は?」
誰もが少年を凝視すると、天龍がニコニコと彼を紹介した。
「コウ君っての。可愛いっしょ?」
「・・・・・・ふむ、確かに」
「まぁそれはそれとして・・・・・・天龍様、取り合えずこっち来てください?」
澪龍は静かに、怒りを込めて笑った。
「えぇ~・・・・・・・・・」
「い・い・で・す・ね!」
「うぅ~・・・・・・分かったよぉ」
しょげた顔でトボトボ付き従う天龍を見ながら、男の子は寂しそうな顔をしている。
それを見る度に、龍二は彼らの計り知れない苦労に同情したくなった。
「・・・・・・・・・?」
ふと、ちょこちょこ自分を見てくる男の子が気になり、ついつい声をかけた。
「お兄ちゃん、龍彦様に似てる・・・・・・・・・?」
「龍彦・・・・・・あぁ、じぃ様のことね」
何気ない一言に、コウと呼ばれた男の子は更に首を傾げた。
「じぃ様?」
「あ───えっと・・・・・・・・・」
龍二は困惑した。
あの若さで『祖父』だなんて言っても信じそうにないし、かと言って下手なことは言えない。
チラリと一緒に隣にいた祖父を見る。彼も少し悩んでいるようだった。
やがて祖父は口を開いた。
「俺の行動がジジ臭いから、じぃ様と呼ばせてるんだよ。コイツは俺の従兄弟なんだ」
「(そうきたかー)」
その手は思いつかなかった。
な、と肩を叩かれ、ぎこちない返事をする龍二。コウフラハはそれを信じた。
「おにいちゃん。一緒に遊ぼ?」
「うぇっ!? っと・・・・・・・・・」
突然の誘いに戸惑う龍二だったが、青龍は笑って背中を力一杯叩きまくる。
「遊んでやれよ。何なら、お転婆娘と子虎を誘ってやりな」
「う~、そうするわ」
「行きましょ!」
コウフラハに引きずられるように消えていく彼を見ながら、青龍は苦笑いする。
「
伏龍はかつての主を思い出しながら押し笑う青龍は、チラッと上を見る。
「(ほう・・・・・・・・・)」
己が感じたものが確信に変わった。
それを見つけた青龍は、ふふんと笑った。
「おい、隠れとらんで出てこぬか」
すると、すぐに気配は消えた。
「ふん、まあよいか」
壁に背を預けながら苦笑う彼は、暫く縁側の庭を眺めていた。
『聞いてないよぉ~』
別の部屋に移動しながら沙奈江は男に話す。彼女達は、青龍にバレて大慌てで逃げ出したのだった。
『俺も聞いてねぇよ。アイツがいるとなると、他の四聖もいるだろうな』
だが男はどこか楽しそうである。
澄みきった蒼き双眸に糸のような細さの黄色に似た色の髪。容貌整った顔。
美男子に属する彼は、沙奈江の宿龍であったりする。
『どぉしよう・・・・・・あっ』
悩んでいると、眼の前に見慣れた槍が立掛けられていた。
『お、いいのがあんじゃねぇかよ沙奈江』
それは、進藤家の宝槍『龍爪』であった。
暫く見ていなかったが、その輝きは生前───祖先がこの日本に来てから失われたことがない。
『流石白朱だな。こんな物は、奴以外おらん』
宿龍は槍の作者である白朱を誉めた。
『じゃあここに入ろう!』
そういうことになった。
暗く黒い
暗黒の支配するこの地にあるのは、朽ちたる大木、錆びたる鉄器、露になりたる生物の骨々。
絶望等人間の黒い部分が多分に立ち込めていて、およそ凡人では一分とていられぬこの土地に、ボロ家が一軒あり、中に数人の男共がたむろしていた。
連中は黒淵の人間だった。順に宗家の師径、分家の時成、重為と言う。
「そうか・・・・・・進藤が来ていたか」
『ぐふふ・・・・・・よぉやく俺らの復讐できるってこった』
師径の中からドス黒い火炎を吐きながら男が出てきた。ドス黒い髪にドス黒い暗黒の瞳。顔などは、悪人そのものである。
名を『魔炎龍』と言う。彼ら黒淵の人間が〝契約〟した『邪龍』の一人──『五大龍』の対の存在──『五悪龍』の一人でもある
彼らは、進藤一族が日本にて二つに分裂して以来対立してきた。
悪に手を染め
師径の報告では、こちらに来たのは進藤宗家の次男坊で〝無能〟な龍二だと言う。〝無能〟とは言え進藤宗家の者を討てたとなると、目的の一つを達したことになる。
「奴らに協力しつつ俺達は俺達のやることをやるか」
不気味な笑みを浮かべ、男共は暗がりの部屋を後にした。
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