4 進藤VS黒淵 ———人間界2———
黒淵悶奴は闇が渦巻く自室で一人唸っていた。
先日から、一族の子弟に進藤龍造並びに関係者、関係場所の排除を命じていたのだが、芳しくない戦果しか報告が来ないからだ。更に厄介なことに、死んだはずの龍一がこの世界に存在し、且つ『武聖四家』のみならず分家の池田・近藤・藤宮・戸部家にも協力要請した龍造の手際のよさに敵ながらあっぱれと舌を巻いた。
(やりおるわ)
苦笑する彼の横に、闇夜に不気味に発光する二つの赤い瞳が現れた。
『我に任せれば、奴らなぞ一捻りにしてくれるわ』
不気味に哄笑するそれは、どうやら彼の相棒である邪龍らしい。悶奴の身体から抜け出ているように見える。
「そう急ぐでない。物事は慎重を期すものだぞ」
もどかしくとも、そうせねば折角の苦労が水泡と化してしまう。これまで長年艱難辛苦の思いで過ごしてきたのだ。一族の悲願の為にここで事を
しかし、このまま手を
数分眼を瞑り、そして力強く見開いた。
「よいわ。ならば力ずくで攻めてやろうぞ」
黒一色の部屋には、半時の間気味の悪い笑声が響きわかった。
「グワッ!」
鮮血を撒き散らして男は果てた。果てた男を見下ろす青年は、ふぅ、とため息をついた。
「たく、こう毎日毎日襲撃にあっちゃたまったもんじゃねぇな。こっちの身がもた
ん」
青年は隣にいる同い年の女性に愚痴ると、彼女は彼をたしなめた。
「しょうがないでしょ? 連中が活動開始したとあっちゃ、私らも枕高くして寝られないんだから」
「いやいや、それちょっと違うだろ?」
まだ夜明け前のとある土手。そこにいる二人はさっき屠った死体を人目につかぬよう処分した。
人目につかぬとはいえ、〝炎〟を使うのはそれなりに警戒をしなければならない。
進藤家の分家である
二人は高校生であり、この時期は勿論授業やら中間考査等がてんこ盛りに控えているのだが、父や宗家の龍造から要請とあればこちらを最優先にせざるを得なかった。授業内容は昼飯の奢りと引き換えに、友人に見せてもらうことで手を打った。
最初のうちは余裕だった二人だったが、まさかここまでしんどいとは思いもしなかった。
黒淵や黒い翼の人の連中はほぼ毎日、昼夜問わず宗家に関係する人や建物を襲撃しており、彼らの休む暇はないに等しい。
「これじゃ身体がいくつあったって足りねぇよ」
「はいはい愚痴らない。まだこれから市内の見回りがあるんだからね?」
萌のきつい一言は、明の疲労は三倍増しになった。
「なぁなぁ萌。俺達さ、一応高校三年生なわけじゃん?」
「諦めなさい」
短い言葉で切り捨てられて、その先は言わせてもらえなかった。
これにはさすがにへこんだ。
(成績が低空飛行なんですがね、俺)
だが口にしない。虚しさが広がるだけだから。
萌はげんなりする明の肩をバシッと気持ちのいい音を出した。
「元気出しなさいよっ! そんなんじゃ、龍二君に負けちゃうよ?」
(あー、そうきやがりますか)
彼は嘆息した。龍二とはお互いにライバル関係にあると同時に幼なじみでもある。彼はつい最近まで本物の『戦争』を経験してきたという。こんなことでへばっていてはライバルを名乗ることが烏滸がましい。
「へいへい。やりますよやりゃいんでしょ」
気だるそうな返事をしているが、その表情はどこか嬉しそうだった。
萌はクスクスと笑いを抑えていた。早くしろと言う彼に、微笑しながら「今行く」と彼女は返事した。
晴天の日曜日。日課である洗濯を終えた煉龍は主人のベットにぽふんと座った。
「暇ですぅ~」
ベットの上に寝転がりながら煉龍は呟いた。せっかくの日曜日だと言うのに、主人の南雲は用事で早朝から外出していた。
雑事でもやりたいのだが、生憎全て南雲によって済まされていた。
「暇ですぅ~」
ぼやく煉龍。小さな炎を出して遊んでみるも、すぐに飽きた。
「みぃ・・・・・・にゃ?」
ふと横を向くと、机の上に散乱した『資料』を発見した。ここは弄らないようにと言われていた場所だが、暇を持て余した彼女にとってはそんなことどうでもよかった。あとできちんと謝れば許してくれるだろう。
彼女は仕事を発見して爛々と眼を輝かせた。
「片すですぅ~」
早速取り掛かることにしたが、ふとその一つを手にとってぱらぱらとめくってみた。
「ふえ~すごいですぅ~」
我ながら、今の主南雲はすごいと思う。
あれから一週間近くたったが、なかなかどうして。資料だけで軽く二山できていた。更にそれらを項目別にまとめたノートはゆうに十冊を超えていた。
当主龍造配下の任侠組とも協力しているそうだ。
その散乱していた『資料』を項目別に並べてみると、黒淵家の歴史に始まり邪龍について・構成員・職業・所在地・状況・設備等が事細かに書かれていた。
今回、南雲が黒淵宗家に侵入して適当に家の中を引っ掻き回している間、煉龍は見張りをしていた。
黒淵のセキュリティはなかなか高く、並の人間なら即見つかってしまうのだが、彼は気配を断つのが上手いらしく、これまで一度も気づかれたことがない。どこかのボンドさんや三世さんもびっくりである。
資料整理は大体一時間もかからなかった。種類別項目別に仕分け、ふぅ、と一息つくと呼び鈴が鳴った。
南雲の両親は現在小旅行を満喫中で、今この家には自分一人しかいない。なので、トテトテと階段を降りてドアを開けた。
「おぉ煉ちゃんか。俊介はいるかい?」
そこには、身体中傷だらけだが表情の優しい男が立っていた。
彼は皆口組の人間で、南雲に色々と情報を提供してくれる人物の一人である。彼女も何度か龍造邸で面識があった。なかなかの好人物で、人柄もよく、何故こんな人がとよく思ったことがある。
「俊介君は今出掛けてるですぅ」
そうか、と至極淡白に答えると持っていた封筒を手渡した。
「なら、アイツが帰ってきたらこれを渡してくれるかい?」
「分かったですぅ」
渡された封筒を受け取ると、じゃ、と彼は風のように去っていった。
何だろうと思うも、主人の物を無闇に見ないのが彼女の信条。黙って彼の机に置いた。その際『矢上さんから』と書き置きも一緒に。
さてどうしようかと悩み抜いた挙げ句、寝ることにした。
彼のベットに潜り込むと、そのまま安らかな寝息をたてて眠りについた。
現在、吉田と野際は人生二度目の大逃走劇を繰り広げていた。追っているのは当然黒淵の人間である。
何故こうなったかと言えば、野際が〝たまたま〟散歩をしていて、いつかのように『偶然』殺人現場を目撃してしまい、逃げているとこれまた『偶然』用事である場所に向かっていた吉田を野際が巻き込む形で現在に至るのだ。
「つか俺を巻き込むんじゃねぇよ野際!」
「うっさいわね! 死なばもろともよ!」
「てめっ、ふざけんな!」
「吉田! あれどうにかしなさいよ早く!」
「おまっ! それが人に物頼む態度か!」
「つべこべ言うな!」
「テメェが言うなぁ!」
友人の無茶ぶりを受けながらも、吉田は考えていた。
そしてこの数秒で考え付いたのは、〝貸してもらっている〟偃龍達の力を使う事であった。
しかし、この真っ昼間からそんなド派手な技をぶっ放すわけにもいかなかった。
多々の人に迷惑をかけかねない。
とにかく人気のない場所まで全力で逃走することにし、そこで力を使うことにした。
「うわぁ!?」
吉田が突然叫んだ。刹那、彼の身体は前に吹っ飛んだ。
「吉田っ!?」
慌てて駆け寄った彼女は絶句した。吉田の背中は、まるで炎の弾を当てられたように丸く爛れていたのだ。
その吉田は、激痛に悶えて悲鳴をあげている。
野際はキッと攻撃者を睨み、龍を出そうとしたが、直後に黒い雷撃を喰らい、声をあげる事なくその場に倒れた。
「か・・・・・・身体、が・・・・・・・・・?!」
身体から小さな稲妻がでていた。そのせいか、身体が全く言うことを利かない。麻痺してしまったようだ。
カツ、カツ、と足音が聞こえてくる。自由の利かない首を無理矢理に向ければ、自分達を襲った襲撃者を捉えた。
(ホントーにいるんだねぇ。悪人面した奴って)
いびつに歪んだ笑みを前に、野際は余裕だった。
(そいつらを前になーんで私はこうも余裕なんかね~)
理由は分からない。むしろ自分が聞きたいくらいだ。
近づいてきた男共は、バカなガキだなと彼野際を見下ろしていた。反抗するように、彼女は口角をつり上げて見せた。
男の一人が死ねと言わんばかりに手をかざす。暗黒に満ちた赤黒い玉が徐々に大きくなっていく。
ふっ、と野際が笑った。
「白雷」
突然、雲一つない青天の空から白き雷の槍が襲撃者達に容赦なく襲い掛かった。彼らが咄嗟に避けると、今度はそこに光の矢の雨が降り注そがれた。
「吉倉さん!」
「任せな」
眼の前に現れた二人の男女に気をとられていると、途端視線が上がった。
誰かが自分の事を持ち上げたのだ。
「神原っ!」
「はいっ!」
「縛」
女が印を結び叫べば、襲撃者らは何かに縛られたように窮屈な格好になり、転んだ。
火で攻撃しようと思ったが、煌めく刃が三つ。各々の首筋に突きつけられた。
「大人しくしていた方が身の為だぜ?」
観念した彼らの顔は悔しそうに歪んでいた。
「吉倉さん、もういいですよ」
青年が言うと、先程の二人───神原と吉倉が現れる。
「神原、連中を連行しろ。俺はコイツを病院に連れていく」
神原は野際をゆっくり下ろすと、何かに縛られた三人に手際よく手錠をかけ、近くのパトカーに乗せ連行していった。吉田は吉倉によって病院に急行した。
「危なかったね。大丈夫かい?」
優しく語りかける青年佐々木正徳に、野際は痺れを我慢しながら大丈夫と首を縦に振った。
「あ、ありがとうございます。ちょっと身体がまだ・・・・・・・・・」
引き攣った笑みで答える彼女。
そこに女がやってきて「貴方が野際真奈美ちゃんね?」と話しかけてきた。
「
一瞬女の言った意味が分からず首を傾げるが、はっとして手をポンと叩く。
「貴方が後藤君のお姉さんですか?」
「ええ、後藤嘉美といいます。よろしくね。ついでに紹介するわね。彼が私の夫で安徳君のお兄さんである佐々木正徳さん。で、この人が私達の上司である吉倉さん。さっきの若い人が吉倉さんの部下である神原君。皆警察官よ」
それを証明するためにそれぞれ持っていた警察手帳を見せた。
「・・・・・・・・・あれ??」
野際が首を傾げた。彼女が口を開く前に嘉美が告げた。
「簡単な話しよ。仕事上、こっちの方が都合が良いのよ」
「あぁ・・・・・・・・・」
後藤家は先祖に大陰陽師がいたとされる陰陽道の大家である。納得がいった。
『大丈夫かい嬢ちゃん?』
そこに、武士が二人彼女に寄ってきた。
「彼らは、嘉美さんの式神ですか?」
野際が別に驚くそぶりを見せない。そうよと言った。
「源義経さんが正徳さんの、平経盛さんが私の式神よ」
野際はたっぷりたっぷり時間をとって、ポカンと開けた口から絶叫する。
「み、みみみみみみみ源義経ぇ!?」
『お、よく知ってんじゃん』
嬉しそうにポンポン頭を叩く彼の後ろから、経盛がヒョッコリ顔を出す。
『なぁなぁ嬢ちゃん。俺のこと知ってるか?』
嬉々とした表情を前に、野際は暫くジィーッと彼を見てから、ぽっつり言った。
「・・・・・・えっと、誰?」
経盛はがっくり肩を落とし、彼の周りに黒いミミズが数匹現れたような気がした。
「まあ、平経盛なんてマイナーな名前を知ってる人は少ないよね」
フォローのつもりで言ったのだろうが、正徳の一言は経盛の繊細な心にそれはそれはとても深く突き刺さった。
地面にへのへのもへじを書いている経盛を見ながら、正徳は愉快な笑いを浮かべて
いる。
(うわ、確信犯だ)
血は争えないなと思った。
「まあ教経さんのことはほっといて」
いじける彼には眼もくれず、正徳は彼女を見る。
「その様子だと大したことはなさそうだけど、一応家まで送っていった方が良さそうだね」
野際は、自分には氷龍がいるから大丈夫と断ったが、嘉美が首を横に振った。
「無理をしてはダメよ。貴方、まだ痺れが取れていないし、そんな状態じゃ逆に氷龍の足手まといになりかねないわ。だから、ね」
嘉美の説得に、野際は熟考の末甘んじることにした。
『ごめんなさいね、ヨッシー』
勝手に現れた氷龍が謝れば、嘉美は気にしていないようだった。
「いいのいいの。貴方達には随分と助けてもらったんだから。お互い様よ」
微笑する嘉美は夫に振り向き「ね」と言った。
「そうだね。龍造さんには父共々厄介になってるからね。これくらい当たり前さ」
「なら、早くここを離れないとな」
彼らの先輩である吉倉の提案に三人は頷くと、一目散にその場を離れた。
翌日、学校では二人が襲われた話題で持ちきりだった。
吉田は一週間近く入院するらしいことを告げられた。
「大丈夫なの?」
心配して寄ってくる級友らに、彼女は大丈夫と答えた。
実際、野際はまだ少し痺れが残っているのだが、私生活には支障ないので言わなかった。
「お前らー席つけー」
教室に入ってきた龍一が教卓に手をつき、生徒達に話を始めた。
「聞いてると思うけど、昨日野際と吉田が例の事件の関係者に襲われて、吉田は入院することになった。被害を防ぐ為、今日より警視庁の方々が登下校の際にお前らの警護につくことになった」
大人数の警官が毎朝夕隠れながら見張るとの旨が伝えられると、代表者の五人の人間が入ってきた。その内三人は、野際が会ったことある人物で、眼が合うとにっこり笑った。
「今日より警護団の指揮を執る吉倉暎柾だ。よろしくな」
「後藤嘉美よ」
「佐々木正徳だよ」
「〝転校生〟の藤宮明だ」
「同じく戸部萌よ」
「藤宮と戸部は別の高校に通っているが、都合により暫くここに通ってもらうことになった。仲良くしてやってくれ」
生徒達はその豪華なメンツにびっくらこいた。
「一村全滅怪事件」を解決した名刑事に、天下に名高い『武聖四家』と、その内の一つである進藤家の親族であるからだ。
「流石理事長。やるね」
含み笑いの南雲を見て、石田がバレないよう身を屈めて尋ねる。
「『警視庁最強夫婦』を放り込んでくることさ」
「?」
「正徳さんと嘉美さんのことさ」
「何で? 名字違うじゃん」
「『後藤家』といったら陰陽道の大家だ。仕事上その方が都合良いんだよ」
佐々木でも十分効果はあるが、そこに後藤や進藤の名があればこの上ない大義名分になるのさ、と加えた。
「更には藤宮と戸部という進藤家の親族を寄越すあたり、今回のは本気でヤバいね」
石田は何を今更という顔をしていた。構わず南雲は続ける。
「吉倉って人は彼らのように特殊な能力は持ってないけど、その方面によく精通している人らしいね。指揮官にはもってこいの人物だ。それに、今回動員されたほとんどの人はその道に精通したり、四家の関係者や、池田・近藤家の人達だからね。ま、妥当な人選だけどね」
全くもって南雲の情報にはつくづく感服する。一体どうやったらそこまでのモノを手に入れられるのか知りたいくらいだ。
「俊介君はやっぱりすごいですぅ~」
すっかり馴染みになった煉龍には、ある種の疑問さえ覚える。
「南雲。何で煉ちゃんを札にいれとかないのさ?」
彼らを借り受ける時、龍造から札をもらった。
『必要な時はそれに念じればいつでも彼らは出てくる』
それまでは彼らが出てくることはない。そう言っていたが。
「何かずっとこの中ってのも可哀想じゃん? だからずっと出したげてんの」
「俊介君は優しいですぅ~」
(初めて出てきた時は慌てまくりだったくせに)
奈良沢は渾身のボディブローを南雲にお見舞いしておいた。
「お前ら、ちゃんと聞いとけよ!」
龍一に注意され彼女達は素直に従うも、奈良沢は攻撃を止めることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます