6 日常と非日常 その陸 波乱の文化祭

 準備等々で二週間が過ぎ、あっという間に文化祭当日となった。


「この前当たりクジ引いた人ーこっち来てー」


 そう言われ、華やかに装飾された教室の一角に設けられた更衣室に向かう当たり組を尻目に、他の者は最終準備と確認にかかる。


 そんな時である。彼らの悲鳴が聞こえたのは。


「馬鹿なのか!? んなもん着れるわけねぇだろボケぇ───っ!!!」

「嫌よ! 何これ!? マズイっしょ!? 倫理的にマズイっしょ! 何か色々マズイっしょ!」

そらさん、これはちょっと・・・・・・・・・」

「いやいやいや! 平気云々の問題じゃないし! 短いし! スッゲェ短いだろそれ! しかも、何かヒラヒラしたのついてるし! 男の僕らでも着るの憚られるから!」

「何度もいわ───おい! どこ触ってんだ!」

「ぅえ!? ちょっ、真奈美ちゃん!?」

「ちょっ、そこは───」

「ふざけんな槻嶌つきしま! 何だその怪しい手の動きは! どこの悪代官のノリだ!」


 絶叫やら怒声やらで、とりあえず危険な臭いがプンプンしていた。他の面々は、作業を中止しそこを見た。


「バッ! 押すな!!」


 垂れ幕から吐き出されるように崩れてきた当たり組を見て、全員が唖然とした。


「おい槻嶌! こんなクソ短けぇヒラヒラスカート穿いて人前出れるわけねぇだろバカ野郎!!」

「私、野郎じゃありませーん」

「ざけんなシバくぞテメっ!」


 立ち上がって吠える龍二らの服装は、いたって『普通』のメイド服である。ただスカート部分が極端に短いことと露出が多いことを除いて。


 ただ、華奈美だけは平然と皆に見せびらかしているし、カツラを被ったら女に見える龍二らに本気でときめきやがった野郎や、明美達の可愛らしさに黄色い声をあげた女子も何人かいた。


「さて、冗談はそれくらいにして、早く来てよ」


 幕からヒョッコリ顔を出した張本人である野際真奈美のぎわまなみがさも何事もなかったように口調で言った時、当たり組の怒りの咆哮が響いた。


『ふざけんな────────!!』


 結局、ある種危険なメイド服は却下され、普通のメイド服を着ることに決まり、クラスに平穏? が戻った。余談だが、首謀者の野際真奈美と槻嶌空つきしまそらはクラスに迷惑をかけたということで安徳に連行されたという。


「・・・・・・お前ら本当に男か?」

「それを本気で言っているなら真剣マジでボコるぞ?」


 カツラを被ったら女にしか見えない龍二達を、クラスの男子共は素材が良いからと無理矢理に納得させた。多分このまま始まれば数人は本気で彼らを口説に決まってると大半の連中は思っていた。


「・・・・・やれやれ。・・・・・・槻嶌様。わたくし達の勤務スケジュールはどうなっているのですか?」

「・・・・・・は?」

「・・・・・・なん、だと?」


 級友達が驚くのも無理はない。声色から雰囲気から一瞬のうちに変わったのだ。女性らしい声に気品溢れる立ち姿。更にメイドのしぐさを完璧にこなしている。勉強はできないのに、何故という疑問が浮かぶのも分からなくはない。


 その一方で、女性陣は大いに盛り上がっている。


「明美ちゃん可愛い!」

「コウちゃんも似合ってる!」


 女子の方はピッタリ似合っている以外の言葉が見当たらない。彼女達の姿を見て見事ハートをナパーム弾でぶち抜かれた、ときめいた数人の男子が今では古典的なルパンダイブをしたが、いずれも華龍の鉄拳の前に撃墜された。


「何か・・・・・・恥ずかしい・・・・・・です」


 気恥ずかしくて、顔を赤らめ俯いて消え入る声で言った趙香からは、清純な匂いが漂っているように感じさえした。また何人かの男子が特攻し、龍二と華龍の前に敢えなく玉砕した。


「───奈良沢さん。これは殺人級の破壊力だよ?」

「うん・・・・・・何か、ゴメン」


 また別の場所では、良介が隣にいた奈良沢貴子ならさわたかこと共に眼の前にいるネコミミ少年を見ていた。そんな奇跡の逸材である呉禁を、今にも食ってかかりそうな男女が野獣のように怪しく光らせた眼で、もうすぐ襲いかかろうとしていた。


 それを、安徳が悪魔の眼つきで睨みつけていた。襲い掛かった馬鹿者にはそれはそれはきついきつーい仕置きをして差し上げますから覚悟しやがってください、と言葉にしなくてもその位はクラスメイトには分かる。


「よくこれをつけようと思ったね?」

「いや、だって、呉禁君弟属性バリバリだったし、何か可愛いから、もしかしたらなーって思ったんだけど。私の予想の遥か上をいっちゃったよ」

「彼のことは劉封に任せることにするよ。龍二はそれどころじゃなくなるだろうし」


 その二人の横では、クラス全員が気合いをいれていた。

「今日一日頑張るぞー!」

「おぉ────ッ!!」


 それを頼もしいと思ったかとてつもなく不安だなと危惧したのかは別の話。














 私立神明高校の文化祭は全国で最も有名な学校行事である。この日は、外部から大勢の来客が訪れるのだが、その中には政財界の人間も少なくない。


 更に、ここの文化祭の二日目は全国で唯一テレビ中継がされていたりもする。中継には事前の予約が必要で、加えて抽選により決定されるが、それだけ凄い競争率なのである。


 この日も、有名芸能人やらハリウッドスター、政財界の超大物や、槇田首相らが訪れた。


 また、この学校の理事長は『鬼の警視総監』で恐れられる安徳の父佐々木篤徳であ

る。その為、警視庁の全面協力の下、校内には私服警官が配備され不審者のチェックをしている。風紀委員会もこれに協力している。


 今年は、龍二のクラスのコスプレ喫茶が大人気であった。理由は言うに及ばないだろう。


「きゃー、この子めっちゃ可愛い!」

「君本当に男の子?」


 その中での一番人気はやはりクラスのマスコット的存在である呉禁であり、特に若い女性に大人気であった。彼のお陰で店内はかなりの人で賑わっていた。


 その彼の後ろにいた劉封は、呉禁の為に店内がパニックにならないように常に彼の側にいたので、女性客から不満の声が上がったが、襲わない範囲であれば好きに遊んで良いと言うとそれならと意外にも納得してくれた。呉禁は来店した客と隅の一角で楽しそうに遊んでいた。


「何か・・・・・・良いな、アレ」

「あぁ。何か分かんないけど和むよな」

「心が洗われるようだ・・・・・・・・・」


 それを客達は微笑ましく見ている。店内がほんわかした雰囲気に包まれていた。


「ヘイかーのじょ、俺とデートしない?」

「あらあら御冗談をご主人様? 男ナンパして楽しいですか?」


 次点は龍二ら女装組で、小一時間経過した時点で既に十数回も同性にナンパされた。しつこい者達には、龍二や関平達が半殺しにした後、近くの風紀委員や警官に引き渡した。


「い、いらっしゃいませ~」


 趙香は、大勢の人の前が大の苦手であり、メイド服もそれを助長して、顔を隠しながら接客していたものだから、反って逆効果だったらしく、かなりの男子が彼女目当てで来店してきた。


 中には執拗に口説いたりセクハラまがいなことをするタチの悪い客もいて、彼らは発見され次第キッチリ華龍により鉄拳制裁を執行され、風紀委員によって『拷問館』に連行された。


「おーい龍二、来たぞ」

「ほぅ。なかなか賑わってるじゃないか。結構結構」


 そこに、龍二の祖父龍彦に兄龍一ら進藤家の面々や佐々木家、後藤家、神戸家といった『武聖四家』が入店してきた。


『全従業員に告ぐ。全従業員に告ぐ。緊急事態スクランブル発生! 緊急事態スクランブル発生! 〝武聖四家〟来店せり。〝武聖四家〟来店せり』


 誰かが無線でそれとなく裏方に伝える。


「おい、VIPだ! VIPが来たぞ!」

「り、理事長!?」

「きゃー、皆ー青龍様がいらっしゃったわよー!」

「マーサさーん、ターメさーん、いらっしゃーい♪」


 多分、今日一番の盛り上がりを見せているだろう。こんなことは今までなかった。


 この教室を訪れた彼らを見る為に野次馬達によって来校者の往来が遮断されてしまった。


 龍造は龍二の姿をジロジロと見ていた。


「何だ龍二? お前そんな趣味があったのか?」

「あら、いきなりセクハラですかお父様?」と軽くあしらう彼。

「はっはっは。なかなか似合ってるじゃないかよ」

「おじい様もお似合いだと思いますわ。槻嶌様に用立ててもらいましょうか?」


 龍二は若干ムカつきながらも笑顔を絶やさない。揶揄われても彼らはれっきとした客なのだ。


「立ち話もなんだ。どれ、ここで休んでいこうじゃないか」

「あれ? 元々そのつもりじゃなかったっけ?」

「良いではないか」


 ガチガチに緊張した店員に促されて彼らが座って間もなく、噂を聞き付けた報道陣が駆けつけた。


「おぉ、龍造。ここにいたか」


 更に、同じように噂を聞きつけた槇田首相がそこに加わった。


「えっ? 何これ? 超大物いすぎじゃねぇ? 空気ちげぇよあそこだけ」

「そ、粗そうのないように、しないと、な」

「お、おう」


 従業員は気が気でなかった。何だってこんな大物たちがこんなところに集まるのか。


「へぇ、賑やかだねここは。噂には聞いていたがここまでとは」


 そんな中、とても高貴な雰囲気の漂う青年が店に入ってきた。


「おう、紘人ひろひと! ここだここだ」

「あっ、龍造さん、いらしたのですか」


 龍造が手招きすると、紘人なる人物は素直に従い一角に座った。


「ご無沙汰しています」

「固い挨拶は抜きだ抜き」


 そこに紅茶を持ってきた執事姿の公煕が衝撃の一言を発した。


「あれ、兄さん。来てたの?」

「なっ・・・・・・・・・」

「・・・・・・今、何と?」


 店内にどよめきが起こり、報道陣や野次馬達がやかましくフラッシュを焚いた。


「公煕がちゃんと普通の学校生活が送れているかどうか心配だって、父がいうもんだから見に来たんだ」

「心配性だなぁ父さんは」


(そんな問題じゃねぇ!)


 公煕の兄ということは、この青年は正真正銘立派な高円宮家の人間でありつまり親王である。


 そんな雲の上の存在でもある、恐れ多くも親王家の人間を、平気でさも当然のように呼び捨てしてくれた〝バカ〟がもう一人いたことにもっと驚いた。


 しかも、本人も全く気にしていない。いや、分かっててそう言っているのだ。


「おい進藤。お前ん家どうなってんだ」

「本人に聞いてみてください」


 龍二が小声で軽くあしらう中、安徳は淡々と自分の役目を果たしていた。


「過度の撮影はお控えくださ~い?」


 長光の刃をきらめかせ、幽霊のように後ろから安徳が言うと、恐れをなした野次馬達は蟻のように即刻撤収し、報道陣は一瞬にしてフレームをずらして他の生徒を撮したりそそくさと移動した。


 安徳は風紀委員会の委員長であるので、文化祭を楽しみながらこうして迷惑行為や不正行為の取締を行っているのだ。


 立ち去った安徳を見て青龍が思わず苦笑した。


「あやつはいつも通りか」

「しかし騒がしいなここは」


 徳篤がぼやく。それを聞いた龍二は嘆息する。


「あなた方が原因ですわ」


 きゃーきゃー言う女性陣は龍二の思うとおり彼らを見ての反応である。そんな彼に女性陣は玄武の居場所を聞いてくるように頼まれた。


「あら? 玄武様は?」


 注文を取りに来た龍二が訊くと、青龍は投遣り気味に答えた。


「あやつなら天龍とどこぞに行ってしまったわい。今頃、その辺で遊んでおるのではないか?」


 だとよ、という眼線を送ると、送られた先から残念な声が上がる。

「彼らは、大分馴染んだようじゃの」

「おかげさまで」

「善い哉善い哉。シッカリと頼むぞ色男」

「・・・・・・最後の一言の訂正を求めますわ『おじ様』?」


 にやけて含み顔をする青龍に顔を引きつらせた龍二に、達子が後ろから抱きついてきた。


「龍二ぃー、早くこっち手伝ってよ~」

「危ないですわ? 飛びつかないでいただけます?」

「やーだよー♪」

「わはははは! 早速尻に敷かれておるのかよ主や」


 青龍が愉快に笑う。紅潮した龍二の隣に引っ付いている達子は、秋葉原で購入してもらったチャイナドレスを着ており、鼻の下を伸ばした男共がちょっかいをだそうとして、華奈未や明美、奈良沢によって撃退された(クラスの男子含む)。


 そして風紀委員によって連行された。


「いやー和むわー」

「紅茶ウメェー」


 別の一角では、政義と為憲がのほほんとした雰囲気でくつろいでいた。











『ああ安徳か? 校庭東側に無許可撮影をしに来たバカ一行の車を発見したから、可及的速やかに処理の方よろしく』


 インカムから生徒会長の命令が下ると、安徳は静かな足取りで現場に向かった。

 歩きながらレシーバーを取りだし後輩に告げる。


「皆さん、校庭東側に無許可撮影している車を見つけたそうですから、適当に引きつけておいてください」


 レシーバーをしまうと、やれやれと首を振った。


 こういった報告は今日だけで五回目なのである。


 警察による厳重な検査を一体どうやって通り抜けてきたのか不思議に思うくらい、彼らの巧みさに感心してしまった。


(全く、懲りませんねぇ)


 呆れた口調なのだが、その顔は剣呑な笑みを浮かべていた。


(さて、今回はどんな反応を見せてくれますことやら・・・・・・くくく)


 彼の中に悪魔が降臨した瞬間であった。












 拡声器から聞こえる声に気づいた運転手が慌ててキーを回しエンジンをかける。男達が乗り込んだのを確認するとアクセル全開に踏み逃走を図った。


「おい逃げるぞ!?」

「先輩っ! アイツらが逃げます!」


 レシーバーで報告すると笑い声と共にこう返ってきた。


『えぇ。こちらからも確認しました。

 〝処刑〟が完了しましたら、確保してください』


 レシーバーから聞こえた指示に、彼らは従った。


「先輩っ! 前にガキが」

「構わん突っ込め!」


 加速した車の進路上に優々と立っている少年を見て、周りから悲鳴やら怒号が響き渡る。だが、警察も学校関係者も誰一人動こうとしない。


「せいっ!」


 鞘からほとばしる一閃は、高速で走る固い鉄の化け物を真っ二つに斬り裂いた。

 唐竹割りされた車は、暫く弱々しく走った後、音を立てて沈黙した。拍手喝采が起こったのはそのすぐ後だった。


 運転席と助手席、後部座席にいた不法者達は恐怖に身を震わせていた。


 チャキ


 不法侵入者の親玉であろう、中年男の首筋に、長光の刃がスッと触れた。


「妙な真似をしたら・・・・・・お分かりですよね?」


 男や彼の部下は両手を上げ無条件降伏の意思を示した。


 風紀委員らと共に『拷問館』に連れていかれた彼らが、その後、阿鼻叫喚の地獄絵図を見ることになるのは、また別の話。















 文化祭は何事もなく無事に終了した。龍二らのコスプレ喫茶は、全クラス中、ダントツのトップの売上を叩き出し、特に呉禁と罰ゲーム組の人気は凄まじいものがあった。


 加えて、迷惑行為者撃退数もトップであった。


「あ゛ぁ疲れた~」


 だらけた声で龍二ががっくり肩を落とす。


「二度とあんなの着ねぇぞチクショー!」


 無理もない。この日だけで50は軽くナンパされコクられた。

 男と知っても迫り来る者、逆ギレする者を怒りに任せてぶっ飛ばした数は20を超える。


 しかもその完璧ななりきりに訪れたほとんどの心を射抜くということまでやってのけたのだ。


「え~似合ってたのにぃ」

「意外と似合ってたわよ?」

「に、似合ってたと・・・・・・思います」


 女性陣には意外にも好評で、男性陣からはひやかしの嵐だった。


 龍二は孤立していた。


「勘弁してくれぇ・・・・・・・・・」


 彼にとって、これまでの文化祭の中で、史上最悪の思い出として刻み込まれてしまった。


(忘れてぇ、素で忘れてぇ)


 後日、彼の数々の恥ずかしい写真が〝何者〟かによって学校中にバラまかれ、怒り狂った龍二が大暴れしたそうだ。





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