二章 再び異世界へ
白き翼の生えた男は、上空から下の景色を見ていた。
「奴らを追ってここまで来たが・・・・・・まさか再びこちらに来てしまうとは・・・・・・・・・」
頭の中にはもう数十年前になる思い出がスライドのように次々に浮かんでくる。馬鹿デかかった家。そこにいた二人の小さな少年達と遊んだことはつい昨日のように思われる。まさかこんなことでここを訪れるとは、彼も思ってもみなかっただろう。
「・・・・・・いかん。こんなことをしている場合じゃない。早くしないとこの世界に被害がっ!」
頭を振って男は目標を見つけるために急降下した。
波乱の日常が幕を開けてはや一月が経った。
ここ最近、自分の眼と耳を疑いたくなる出来事が頻繁に報道されていた。
───翼の生えた人が暴れまわっている───
まさか、小説やアニメの世界じゃあるまいし、そんな非現実的なことが現実に起きているはずない、と誰もがそう感じていた。ただのデマであると。
だが、ニュース映像や写真には稀に彼らを捉えたものが映し出されることがあった。そこには輪郭等はぼやけているが背中から翼のようなものが生えているのが視認できる。しかも、彼らが現れた場所は必ずその痕跡が残っていた。
大きな羽と、争ったであろう破壊された街並み。爆発でもあったのかというくらい酷く抉られた路面や綺麗な円形でその一部だけ緑が亡くなった森林など、摩訶不思議なものが映される度に、誰もがひょっとしたら本当なのかと思い始めていた頃。
「あぁ、肩が凝るわ」
肩をグルグル回しながら龍造が居間でぼやいた。親友徳篤の依頼でここ何日か仕事の為、家を空けていて、今帰ってきたのだ。
「無理に体を動かすからですよ」
妻の奈未が軽く毒ずく。
「ふん。あれくらい、何てことないわい」
鼻で笑う彼に奈未があることを尋ねた。
「
「親父なら九州に行ったぞ。『昔の上司に会ってくる』とか言ってたな」
龍造は茶をすすりながら答えた。
「何も起こらなければいいけど」
独り言の様に呟いて台所に向かう彼女を、龍造は眉をひそめて見ていた。
「何も起こらなければ、か・・・・・・・・・」
「おーい生きてるかー?」
龍二は、教室の自分の机でグロッキー状態で突っ伏している泰平に言葉を投げ掛けた。
「死んでまーす」
泰平は投げ出していた右手を上げヒラヒラと振った。
最近の騒動に関係して、一部で幽霊ではないかという噂が囁かれていた。そこで、父晶泰や姉嘉美と共に騒動があったとされる場所へ連日赴き検証していたのだ。
「何で僕だけ苦労しなきゃならんのさ~」
そんな恨み言に彼らは首を振るしかなかった。
「何でって言われてもなぁ」
「困りますよねぇ。何の話もきてませんし」
「そもそも、幽霊かどうか分かんないし」
「仮にそうだとしても、アタシにはそういうの見えないしねぇ」
友の無情なまでの発言に、泰平は顔を埋めながら唸った。
「それはまだしも、同じ陰陽師家系の良介に依頼がないのはおかしいだろぉ」
ちょっとだけ顔を傾け睨みつける泰平に、良介は自嘲ともとれる笑いでこう答えた。
「僕らの家、泰平んトコより力無いしねぇ」
泰平は顔を戻し「不公平だぁ」と、再び唸った。そんな彼を、泣いている子供をあやすように華奈未が頭を撫でて慰める。
「これじゃ姉弟だな」
「貴方の言えた口じゃありませんよ」
「・・・・・・ですよねぇ」
ケラケラ笑う龍二に安徳がキツイ一言を放った。
スリスリ。
「超ブラコンの姉と弟持ったよね、龍二♪」
痛い所を突かれ、彼は唸るとそれ以上何も言えなかった。達子と呉禁は、構わず彼を撫でたり頬擦りしたりしていた。
それを肴に、公煕は劉封らと楽しんでいた。
食後の体育程、胃に悪い授業はないだろう。まして教師が瑞穂ならば尚更だ。
「おい瑞穂。お前とーぜん前みたいなアホな事はしないよな?」
「失礼な。私だってちーゃんと考えてきたよぉだ」
舌を出す瑞穂。
「ほほーう。なら、見せてもらおうじゃないの」
「良いよ。見ててもらおうじゃない!」
意気揚々とする瑞穂に、龍二はそうそうと釘をさした。
「言っとくが、校庭50周とかダッシュ20本とか家の道場のメニューを元にしたのはダメだからな」
瑞穂がドキッとしたのを、彼はしてやったりの顔で見下ろしていた。
「ぶぅ~~~。何で分かったんだよぉ」
「お前の考えることなどお見通しだバカ
結局、瑞穂が考えていた幾つかのプランは龍二によってことごとく却下され、ある生徒の提案でサッカーとなった。
その帰り道、瑞穂は納得いかずに従弟に不満を垂れまくっているが彼は聞き流していた。
「次はちゃーんと考えるんだな」
少し小馬鹿にした龍二の腕には、達子がいつものようにくっついていちゃついていた。
「そんなんで言われても説得力ないよね」
明美が言うと、安徳らは頷いて見せる。
「放っとけ!」
その時、前の方から人の悲鳴が聞こえてきた。
一行は無意識のうちに走り出していた。
その場所は近くの公園だった。着いた時に彼らの眼に入ったのは、黒い翼を持った人間が数人の若い男女を襲おうとしているところだった。
それは同じクラスの奈良沢と武内蓮二達だった。
泰平と良介はすぐに得意の陰陽術で彼らの助けに入ろうとしたが龍二や安徳らは躊躇った。
今ここで自分達の〝力〟を見せていいのか。
父にむやみに力を使うなと固く禁じられている。使えば後々嫌な思いをするぞ、と。
「(・・・・・・構うもんか!)」
それでも、ほんの数秒の逡巡。
龍二は走りだし、黒い翼の生えた人間に蒼炎の塊を投げつけた。
「泰平! サポート頼むぜ!」
「合点」
結界を張っていた泰平は笑顔で頷くとすぐに援護に入った。
「えっ、進藤!?」
驚く武内の前には、龍二の他、安徳、明美、達子、趙香、華龍、はては瑞穂までもが参戦して、黒翼の人間の撃退を始めた。
「縛っ!」
泰平が印を結ぶと、ナニかが黒翼の人間を空中で縛りつけた。黒い翼の人間は逃れようと必死に身体をよじるも、効果は無かった。
「食らえっ!」
炎・雷・風・水の他方面攻撃をモロに喰らったそれらは、断末魔をあげて跡形もな
く消滅した。
「うっし! 終りぃ!」
呑気にガッツポーズを決める龍二に、安徳は冷ややかな眼線を送る。
「まだ終ってないでしょう?」
ほらあれ、と指差した場所には、ポカンと口を開けてこちらを凝視しているクラスメイトがつっ立っていた。
「あー、忘れてた」
そんなめんどくさいこともあったと思い出した龍二は、とにかく彼らの元へ歩いた。
「え~っと、その・・・・・・な」
珍しく口ごもる龍二に、その中の一人、吉田宏時は何か呟いた。
「・・・・・・けぇ」
「ん?」
「かっっっけえぇぇぇ!!!」
「エッ? えっ?」
次の瞬間、龍二は吉田に飛びつかれ、他の者にも囲まれてしまった。
予想外の展開に彼らは戸惑うばかりだった。
「(何だろう? この感じ)」
蚊帳の外に置かれた劉封は、彼らの感覚に疑問を持った。普通の人ならアレを見たら悲鳴をあげるなり逃げ出すなり化け物呼ばわりするといった行動に出るとばかり思っていた。
思うに、龍二のクラスメイト達は何か大事な一線を思いっ切り踏み越えてしまっているらしい。
だが、彼は忘れていた。そういってる自分もすっかり毒されていることに。
「なあなあ進藤! 今の、どうやったんだ!」
「バカだな吉田。アレは僕達常人には決してできない芸当だよ。
何せ、進藤君の家は、龍をその身に宿して炎を操る一族だし、佐々木君の家は雷を操ることで知られているんだよ?」
「ちょっと待て南雲。何でお前がそれ知ってんだよ!? 俺お前に話した覚えねぇぞ」
「私も」
ちっちっち、と指を振る南雲は胸を張って誇らしげに言う。
「神明一の情報通である僕のことを舐めるてもらっては困るな。僕のこのノートにはクラスメイトを含め全校生徒の生年月日、性別、特徴、家柄等々ありとあらゆる情報が書き込まれているからね。知らないことはほとんどないといっても過言ではないよ。
もし疑うんならこれから進藤君の嬉し恥ずかしエピソードを───」
「それ以上何も言うな。とりあえずお前が凄い情報通だってことはよーく分かったから」
そのまま放置していたら自分の何かが絶大かつ壮大に破壊されかねないと判断した龍二は強引にやめさせた。
一方では明美や達子、瑞穂を囲む女子一行。
「流石、『武聖四家』って呼ばれてる家だけあるよね~」
「そんなことないよ~」
「いやいや凄いよ。瑞穂先生も」
取り敢えず何とかなったが、また襲われたらたまったものじゃないから彼らの家まで護衛することにした。
その際、今日見たことは絶対他人に言わないことを約束させた。
翌日
龍二達の噂はスッカリと学校中に広まっていて、英雄扱いされていた。
「南雲ぉ、テメェ」
こめかみに青筋を浮かべながら、龍二は笑顔で南雲の顔面を鷲掴みにする。
「いだだだだ、ごめん、ごめんて、あだだだだだ!」
「あれだけ言うなっつったろうが!」
昨日、力を行使したことが父の耳に入ったようで彼は瑞穂と一緒に問い質されることになった。二人でその時の状況を事細かに説明して行使さざるを得なかったことが分かると龍造も納得してくれた。
「まあ何とかなるよ。父さんに言っといたし」
「私も父上に伝えておきましたから、広まることはないでしょう」
「・・・・・・そういう問題じゃぁないんだが」
まあ皇族や警視庁を敵に回す人はいないわな、と頷くも、どうにも納得できないでいる龍二。
「まあ戯言やざれごとをほざく輩がいたら問答無用で錆にしますがねぇ・・・・・・ンフフ」
般若───いやもっと悪いタチかもしれない───の悪笑は周囲を気温を氷点下まで急降下させるさせるのに十分だった。
「(コイツに逆らうバカもいないわな・・・・・・・・・)」
龍二は改めてため息をついた。
それに、クラスメイト《こいつら》も噂———事実ではあるが———をやたらめったら広げるとは思えなかった。
今日の彼り道は珍しく和美がメンバーに加わっていた。
「どんな風の吹き回しだ?」
「いいじゃん。たまにはヤス兄と帰ったってさ」
『兄妹水入らずってトコかしらね』
和美の式神である
「いやいやそんなんじゃないし」
速攻で否定する泰平を楽しそうにまだ笑っている京子を見ながら、龍二も笑う。
「お前も妹には敵わないんだな」
「それを龍二だけに言われたかない」
彼らが『それ』を見たのはそのすぐ後だった。
場所は同じあの公園。閃光に気づいた龍二らが駆けつけると、黒い翼を生やした男とい白い翼を生やした男が争っている最中だった。
黒い方はどうやら彼らに気づいたようで、不敵な笑みを浮かべるやいきなり攻撃を仕掛けてきた。
「どうせこうなると思ってたよちくしょうが!」
「!?」
龍二は頭を掻きむしり、泰平と和美、良介が素早く術で攻撃を弾くと、黒い方は意外な顔をした。
「ほぅ、面白い」
「何をしている! 早く逃げるんだ!」
白い方は彼らを見ずに叫ぶも、龍二はやる気なさそうに投げやり気味にぼやいた。
「そう言ってもさぁ・・・・・・この通り、もう囲まれちゃってるし」
エッという顔で見ると、龍二のぼやき通り数人の黒い男達に彼らは囲まれているではないか。
舌打ちする白い男を尻目に、彼は下等生物を嘲笑った。
「運が悪いな。俺達を見たことをあの世で後悔しな。───殺れ」
彼が命じると囲んでいた者共が彼らに襲いかかった。
白い男はしまったと行動の遅れを悔いた。
「あっそう。そんじゃその言葉そっくりそのまま返すわ」
「なっ!?」
「貴方がたごときに我々がやられると思いましたか?」
両人が驚くのも無理もない。
少年達は、人間が〝決して使うことのできない〟力で、囲んでいた者達を仆してしまったのだ。聞かされていたこととまるで違っていた。
ただ、白い男はその一人の少年の姿を見てはっとした。
「(もしや彼は───)」
油断しているところに黒い男がドス黒い光線を放つも、龍二の紅炎がそれを焼き尽くした。
「おいアンタ! ボサッとしてると死ぬぞ!」
「す、すまない龍二君」
感謝の言葉の中に自分の名前が出たことは、龍二を心底驚かせた。
「アンタ、何で俺の名を・・・・・・・・・?」
「話は後です! 今はあの黒いのを倒すことに専念なさい!」
安徳の叱責を受け、彼は思い直し一人突っ込んだ。
「オラッ!」
放たれた紅炎を黒い男は、避けるも見計らったようにそこに雷撃が襲い掛かり、何とか防ぐも、そこを突いて陰陽師三人による術攻撃と言った具合いの連携攻撃に、黒い男はすっかり翻弄されていた。
「(この子達・・・・・・出来る)」
その見事さについ我を忘れて見入っていた白い男は、すぐに我に帰り彼らに加勢する。
「(何だこいつら!)」
優勢が一気に劣勢にひっくり返された彼はひどく動揺していた。
連中が、通常の人間なら絶対に使えるはずのない力を使う、見事なまでに息のあった攻撃をする。
一体彼らは何者なのか。更に水や土の攻撃に白い男が加わる。数度攻撃が的中し忽ち窮地に変わる。
「(こうなれば!)」
ボロボロになったかれは懐から小さな黒玉を取りだし、地面に投げつけた。
「しまった!」
白い男は急いで彼らのもとに行こうとするも一歩及ばず。
「おわっ!?」
「きゃっ!?」
公園内にいた者は、皆黒玉から発せられた光に包まれ、消えた。
後には、龍二達が倒した黒い男の仲間の死骸以外何も残っていなかった。
「なぬ、龍二達が消えたとな?」
茶をすすりながら、龍造は障子伝いに家に仕える風龍の報告を聞く。
「はい。白い翼人と黒い翼人の戦いに巻き込まれまして」
「戦いに・・・・・・か」
「はい。その際、黒い翼人が何かを下に投げましたら、龍二様や瑞穂様達や翼人らは消えてしまいました」
「その何かは、分からなかったということか」
「申し訳ございません」
「いや、お前が謝ることはない。して、他には?」
「
そうか、とだけ言うと、ゆっくりと立ち上がり風龍に告げた。
「徳篤らに集まるように告げてくれ。颯龍は引き続き情報収集に当たらせろ」
「はい」
彼女が消えた後、誰もいない部屋で一人呟いた。
「また一波乱ありそうだな」
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