5 日常と非日常その伍 波乱の前夜

 おぉ────!!!!


 四時間目の体育。校庭に男子生徒共の獣声が低く唸りをあげた。


 担当の瑞穂ともう一人、ジャージを着ていても分かる、超のつくほどのナイスバディに捕食者達の眼が怪しく光る。


「貴方達・・・・・・瑞穂先生に手をだしたらどうなるか、承知の上ですよねぇ?」


 『悪魔の風紀委員長』とも『地獄の案内人』とも称される安徳が〝わざと〟分かるように、長光の鯉口を切った。光輝く長光の刀身に恐怖して、以後彼らは死にたくな

い一心でその欲を自我で抑え込んだ。


「私の授業の補佐をしてくれる澪先生よ」


 瑞穂に紹介されて、澪───瑞穂の龍・澪龍は微笑みながら挨拶した。


「瑞穂先生の補佐を務める趙澪よ。よろしくね」


 その天使の微笑みは、大半の男子の、ようやくに作り上げた欲抑制壁を簡単に崩壊させた。


 再び欲が湧きだした彼らに、安徳は抜刀し、龍二は拳を鳴らして警告を発した。


『手を出したらタダじゃ済まないぞ』的な言葉を言わずとも、馬鹿じゃない彼らにはヒシヒシと伝わってくる。彼らは今一度欲の抑制に入る。

「じゃあ始めよう!」










「お前はバカか?」

「瑞穂ちゃん。貴方って人は・・・・・・・・・」


 こめかみをひくつかせながら、龍二は瑞穂の顔面を力一杯鷲掴みにしていた。澪龍は額に手を当て嘆息した。


「これくらい、普通でしょ?」

「どこの世界に準備運動で校庭100周させる体育教師がいるんだっ!!」

「これ、授業じゃなくて拷問よ?」


 更に力を込めて、龍二は空いている手で死屍累々の惨場を指差し、澪龍は頭をチョップした。


 校庭にへばりついて屍の如くピクリとも動かない男子生徒達の中で立っていたのは、龍二を含め安徳、泰平、良介、劉封、劉禅、呉禁、関平だけだった。


「だって~道場の子達は普通にこなしてたよ?」

「馬鹿か! あんな異常者集団(門下生のこと)と比べんな! こちとら平凡な一般人じゃ!」

「そういう問題じゃありませんっ!」


 常備していたハリセンでツッコム従弟と澪龍に、頬を膨らませた瑞穂は納得いかなかったらしいが、激怒した龍二と澪龍によって残りの時間は説教に費やされた。

 瑞穂初日の授業はこれで終った。










 六時間目の英語。


「あ゛ぁ、忘れてた」

「な、何だって、一日の、終わりに、アイツの・・・・・・あぁ・・・・・・・・・」


 この日最後の授業であるのに、クラスメイトはこの世の終わりが来たみたいに絶望に満ちていた。むしろクラス全体が闇に沈んだように顔から生気が抜け落ちている。


 劉封達にはその理由が分からなかったが、何故そうなっていたのかを、すぐ知ることになる。


 ガラガラと教室の扉が開いた。


「・・・・・・・・・!?」

「あら~ん、ピチピチのフレッシュスチューデント達、元気してたぁ?」

「え、えぇ、まあ・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


 やけに場違いなド派手に胸元の開いた服を着て厚化粧した教師が入って来た。最早教師と呼んでいいか分からない。


「あら? 新顔がいるわねぃ。ワタクシ、このクラスの英語を担当しているプリティー佐波邑さわむらって言うの。よろしくねぃ」

 プリティー佐波邑がウインクすると、転校生以外は一斉に眼を背けた。劉封らはドン引きした。


「あら? ちょっと刺激が強すぎたかしらん?」


(ったりめぇだこのバカッ!)

(テメェの姿恰好見て驚かねぇ奴がいないとでも思ったか変態野郎!)

(地獄に堕ちろ! そして二度とこの世に舞い戻ってくんじゃねぇ!)

(消えろ! 俺達の恒久的平和の為に今すぐ消えろ!)


 生徒達の心の中の怨嗟の声など、プリティー左波邑が気づくはずもない。

 ちなみに、この無駄にインパクトが強いプリティー佐波邑、れっきとした『男』である。その人種を例えるなら、新宿二丁目に多いとされる住人と同じだ。加えて、〝彼女〟は立派な『日本人』である。


 彼らにとって更なる不幸といえば、類は友を呼ぶと言う言葉があるように、ALTの教師も『その』方面の人であったりする。


 大学受験に超が付くほど重要なこの英語の時間、彼らにとって地獄でしかない。それ以上でもそれ以下でもない。それ故に、大半の者は予備校の授業を真剣に聞くか、他の教師に頼み込んで補習をしてもらうなどの対策を打っていた。


 他クラスの生徒にしてみれば、彼の授業を受けているこのクラスの者にささやかに黙祷を捧げることしかできなかった。


 ドン引きしていた転校生は、授業開始前にクラス内に重苦しい空気が流れていたのと、皆が青ざめていた理由を今はっきりと思い知らされた。吐気を覚えたくらいである。


「龍二ちゃん? どうしたのかしらん、その眼?」


 プリティー佐波邑が彼の右眼に気づき、近づいてきて超至近距離に顔をおいて問

う。


「な、何でもねぇから、顔近づけんな!」

 その気色悪いという言葉を何とか飲み込み、必死に眼線を反らそうと真っ青顔を横

に向けるも、執拗に後をおうプリティー佐波邑。クラスメイトの中には龍二を哀れんで合掌する者がいたとかいないとか。


「〝スーパーミラクルビューティー〟プリティー佐波邑先生? 時間押してますから、早く授業始めてください」


 助け舟が出た。安徳がかなり誇張した賞美の言葉に、プリティー佐波邑は眼を輝かせ安徳を必要以上に誉め、ようやく授業に入ってくれた。


(た、助かったぁ~)


 安徳に感謝し、どっと疲れた龍二はそのまま机に顔を埋めた。













「いやぁインパクトがあったねぇ。何だっけ、ド変態佐波邑先生だっけ?」

「違うよ緑邑。気違い死神左波邑先生だよ」


 ぶんぶんぶん


「ん? 『アレは化け物であって、この世の人間じゃない悪魔の皮を被った気色悪い黒くて素早い人間に嫌われている虫以下の生き物』だって? なかなか良いトコつきますね呉禁は」

「・・・・・・それ、間違っても本人の前で口にするなよ?」


 帰り道、龍二らは、華奈未を交えて先程のプリティー佐波邑について話していた。呉禁はアレのインパクトが強すぎたのだろう、龍二の後ろに隠れながらプリティー左波邑のことをジェスチャーで容赦なくけなしまくった。


「ねぇ」


 とその話題を中断させるように華奈美が口を開いた。


「貴方達は、瑞穂さん達みたいに火とか使えるの?」


 できるよと彼らはその場で実演して見せた。やっぱり凄いわねと素直な気持ちを言うと、龍二は気まずそうに鼻頭を掻いた。


「絶対に人前で見せんなって親父にはきつくきつーく言われてるけどな」

そうですね、と相槌を打つ安徳。苦笑する泰平。


 楽しそうに彼らはそれぞれの家へ帰った。


 分かれ道で華奈美はどこから通っているのか訊いてみると


「神原さんの家からよ」


 満面の笑みでそう答えた。












 一週間後。


「今日は文化祭の出しものを決めまーす♪」


 LHRの時間───瑞穂がプリティー佐波邑の授業を〝実力〟で潰した───瑞穂が言うとクラス全体が歓声をあげる。良介と女子の学級委員に瑞穂がバトンタッチすると次々に意見が上がる。


「ぶんかさい、とは何です?」


 劉封が斜め前にいた泰平に訊いた。


「学校全体で行う一種のお祭りだよ」


 簡単な説明だけをした。後は実際に体験してみろということらしい。


「メイド喫茶っしょ!」

「いーや、仮装喫茶だろ!」

「馬鹿かお前ら! ここはコスプレ屋台に決まってんだよ!」


 ここぞとばかりに、男子は欲情を爆発させ言いたい放題言いまくっている。どの案も似たりよったりだが。当然、女子は烈火の如く反対する。


「何か楽しそーだね♪」

「ソーデスネ」


 我関せずを決めこんだ龍二は、教室の後ろで今日も達子に人形のように扱われていた。最近心身がかなり疲れているのは、あながち気のせいではないだろう。


「熱いわねぇ」


 そんな彼らを見ながら、華龍は呆れ声で言う。


「そうねぇ・・・・・・・・・」

「そうだねぇ・・・・・・・・・」


 趙香と劉禅が同時にため息をついた。


 ゆさゆさ


 呉禁が趙香を揺らした。なあに? と尋ねると、彼は彼女の膝の上にちょこんと乗った。


「ははーん。さては龍二と同じようにして欲しいんだな?」

 ニヤケ顔で言う劉禅に彼はコックリ頷いた。


「もう、呉禁君ってば」


 仕方ないわね、という感じで、だがまんざらでもない顔で彼女は呉禁の頭を数回撫でてあげた。満足そうに呉禁は彼女に笑って見せた。それを見て彼女も微笑む。


「(お前ら話し合いに参加しろよ)」何て棚に上げた発言をしようとした龍二は、自分も変わらないことに気づき飲み込んだ。


 公熙は華奈未と明美と共に泰平を囲んで雑談していた。


 そんな彼らの預かり知らぬ所で、危うく男子対女子の全面戦争が勃発寸前という事態に、安徳の堪忍袋がブチ切れ、『本気』で数人を長光の錆にしようとした。それを良介と女子の学級委員石田殊実いしだことみが止めに入り、何とか怒りは収まったが、数人の男女を校庭の東端にある小さな建物───通称『拷問館』に連行した。連行者に拒否権などない。


 数分後、彼らの断末魔が木霊したのは、言うまでもない。
















 結局龍二のクラスの出しものは何故か『コスプレ喫茶』となり、全員がその場でクジを引くことになった。名目的には役割決めであるが、真の目的は、〝ハズレ〟を決める為である。


 その〝ハズレ〟が何であるかはクジを作った者しか知るはずもないが。


「何だってクジを引かなきゃならないんだ?」

と問われても

「いーからいーから♪」


 などと軽く流されてしまうことだろう。ともかく、皆クジを引いた。


 結果、男子は龍二と泰平、関平が、女子は明美と華奈未、趙香がクジの先端が赤いやつを引いた。


「はーい、進藤君と後藤君、関平君、明美ちゃんとカナちゃん、コウちゃんが当たりましたー」


 わぁーとあがる歓声に、どう反応していいか分からなかった。何故なら、担当者が不敵な笑みを浮かべているから。それに、当たりが多い気がするのは気のせいか?


「・・・・・・おい、俺は物凄ーく作為的なものを感じてしょうがないのだが?」

「やっぱり? 実は俺もそう思ってる」

「あはは・・・・・・アタシも何か嫌な予感しかしない」

 

 そんな彼らの不安は、後日現実のものになる。

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