2 日常と非日常その弐


 その後、何事もなくSHLは終了し、放課となった。劉封と瑞穂らは安徳達と一緒に帰路につくことになった。


「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「えっ? 何? 何があったの?」


 現在、彼らは前方でいちゃついているカップルを見て呆然としていた。一体いつの間にここまで変わってしまったのか分からない程である。


「た、達子さん。随分変わりしましたね・・・・・・・・・」


 呉禁は激しく首肯する。彼もこの状況に心底驚いているようだった。


「な、何があったの・・・・・・・・・?」


 口々に達子の変貌ぶりに疑問を投げ掛けるも、安徳や泰平も当然分からないのである。


「さあ? むしろ僕らの方が知りたいよ」

としか言えなかった。


 そんなことは露知らず、達子は朝のように顔をニヘラ~と崩してベッタリとしていた。


「そういえば、貴方たちはこれからどうするのですか?」

「取り敢えず高校卒業するまでは君達の家に厄介になる予定なんだけど、ダメかな? 一応君達の親には許可をもらってるけど・・・・・・・・・」

「大丈夫ですよ。我々の家は無駄にでかくて広いですからね。大歓迎ですよ」


「おぉ、お前ら、ここにいたか」


 その時、上の方から声が聞こえた。そこには、やや茶色の髪の男がいて、よっと彼らの前に降りてきた。


「・・・・・・なぁ破龍? 流石に上からはまずくね?」

「ははは。気にすんなよ。誰も見ちゃいねぇんだし」


 龍二の父龍造の龍である破龍は、笑い飛ばしながら彼らに龍造からの言伝を伝えた。


「今日の七時から我が家の道場で劉封らの歓迎会をやるそうだから、来てくれとのことだ。無論、お前達の両親も来る」


 お前らはどうすると破龍が訊けば、安徳達はふふんと笑った。


「勿論、我々も参加させていただきますよ」

「そりゃもう断る理由はないよね」

「破龍さん、僕達も参加しても?」

 良介らが聞くと破龍は快く了承した。


「当然だ。お前らもあのバカに巻き込まれたんだ。大歓迎さ」 


 破龍はじゃあ待ってるぞと一瞬で消えた。


「じゃあ、七時で」

 そう言って皆は別れた。














 七時。一向は進藤家に隣接されている道場に集まって、そこに用意されていた豪華絢爛な料理を眼の前に唖然としていた。それ以上に彼らが驚いたのが、料理を作った人物であった。


「何だよお前ら♪ 早く食わねぇと飯冷めちまうぞ♪」


 両手の大皿に盛られた料理を持ちながら、ウキウキ上機嫌なエプロン姿の龍二がこの料理の大半を作ったらしい。


「・・・・・・貴方にしては意外な才能ですねぇ」

「何だよ、俺が料理得意じゃいけねぇのかよ♪」

「龍二スゴーイ♪」


 達子はきゃっきゃきゃっきゃ一人喜んでいた。流石に料理を持っていたので抱き着くことはなかった。


「コイツは昔っから料理は上手いからな」


 龍一がやって来て彼の頭をポンっと叩いた。その横では、瑞穂が子供が親に甘える様に龍一の肩に顔を預けていた。


「ホレ、はよ食えよ♪」

「あぁ、うん」


 どんなものかと試しに一品箸にとって口にいれたところ、あまりの旨さに「うめぇー!!」と叫ぶほど絶品だった。


「ふむ、確かにこれは美味い」


 ぽっつり呟く龍彦に近づく人物がいた。


「龍彦さん。お久しぶりです」


 その男の顔を見ると、龍彦はおぉと声をあげた。


「久しいな徳篤。龍造から聞いたぞ。お前、警視総監と警察庁長官を兼任してるんだってな。凄いじゃないか」


 龍彦がそう言うと、安徳の父佐々木徳篤ささきのりあつ警視総監兼警察庁長官は謙遜した。暫く昔話に花を咲かせていると、そこに泰平の父後藤晶泰ごとうあきやすや達子の母神戸達江かんべたえがそれぞれ挨拶に来て、話に加わっていった。


 更に別の所では、四聖の朱雀、玄武、白虎や泰平の式神である大内左馬介政義と九条前関白近江守為憲や足利義輝、良介の式神菊地志摩守滿就、紅龍と伏龍、龍造の破龍、龍彦の黄龍、瑞穂の澪龍が談笑していた。


 義輝は、元々佐々木家の家宝大般若長光に宿っていた霊だったが、ある一件以来現世に蘇り、現在は徳篤の庇護の下佐々木家に厄介になっている。


 さて、また別の場所では。


「青~龍く~ん、あ~そ~ぼ~♪」

「断る」


 この世界にはない天女のような衣を纏った、金の長髪の女性が、青龍に飛びついたが、彼は横にヒョイと避けた。その為、女性は壁に顔面を強打した。


「わーん、痛いよ~。青龍君がい~じ~め~た~」

「戯言を抜かすなバカたれが!」


 泣き出した女の後頭部をハリセンで叩くと、彼はその場で彼女を正座させ説教を始めた。


「だいたい、お主は龍の長老としての自覚がじゃな───」


 その様子をやるせない顔で見ていた青年に、龍二はヤキソバを食らいながら尋ねた。


「子龍さん、これは一体どゆこと?」


 彼ら一族の先祖である趙雲、字は子龍の横では、華龍が


「天龍様・・・・・・・・・」と特大のため息をついていた。


 華龍と同じく盛大なため息をついた趙雲は、その経緯を語りだした。


「───君達が元の世界に帰って、趙香達が君達の世界に行ってすぐにね、『青龍君に会いた~い』とかわがまま言って、私を巻き込んでこっちに来たんですよ・・・・・・全くもう」

(わー。自己中極まりない長老さんだな)


 ヤキソバをぱくつきながらそう感じた龍二は


「あー、その、大変だね、子龍さん」


と労ってやったが、彼は頭を抱えて唸っていた。


「兄様・・・・・・・・・」


 遠くで、妹の趙香が兄を憐れみをもって見ていた。


「誰かあの方を教育してほしい・・・・・・・・・」


 龍一の龍である聖龍が、華龍と同じように特大のため息をつきながらぼやいた。

 龍も、お子様精神の長老を持って大変そうである。


 歓迎会後、劉封、呉禁、趙雲、趙香は進藤家に、関平は佐々木家、星彩は神戸家、劉禅は後藤家と割り振りが決まり、明日は休日ということで都内を案内することになった。












 翌日。指定された公園に、ほとんどのものが集まっていた。後は、例の二人だけである。


「昨日聞きそびれてしましたが、貴方たちはこちらの世界のことをご存じのようですね?」


 二人を待ってる間、安徳はそう尋ねた。


「えぇまぁ。ここに来る前に、白朱さんにみっちりと事前講義してもらいましたか

ら。今のこちらの世界の情勢から貴方達の好みまでバッチリと」

(最後のは要らない気がする・・・・・・・・・)


 確かに、安徳らの好みを教えても、この世界で役に立つとは思えない。が、逆に言えば弱味を握られたということになる。


 この時、安徳の中に確かな殺意が芽生えた。


「おっ、きたきた」


 泰平が前を見て手を振った。だが振り返したのは達子のみで、龍二は恥ずかしそう

に俯いたままであった。


「・・・・・・・・・」

「・・・・・・えっ?」


 安徳、泰平以外は眼を点にして二人を凝視していた。


 龍二は今時の若者が着ている服だし、劉封らの世界でもそんな感じの服だったので、特に違和感はなかった。


 しかし、達子は、彼らの世界では動きやすい服を多用していたこともあり、今日もそんな感じだろうと誰もが思っていた。が、今の彼女の服装は純白の綺麗なワンピースに縁の広い帽子という〝女の子〟の服装をしていたのだある。


 唖然としている彼らに


「おっ待たせ~♪」


と、かつてない上機嫌な様子に、劉封らは互いの顔を見て目をパチクリさせた。


「ホント・・・・・・凄く変わったよね? 雪でも降るんじゃない?」

「? 雪が降るのは12月だよ?」

「馬鹿、な・・・・・・・・・」

「ねぇねぇ、ホント何があったの?」

「・・・・・・それは俺自身が一番聞きたい」


 げんなりしている龍二の隣では、達子が笑顔で腕を絡めて頭を彼を胸に預けていた。ラブラブバカップルの典型とでもいうべぎだろうか。


 そんな中で、劉禅はどうやら安徳が刀を持参してきたことに疑問を感じたらしい。


「ねぇ安徳。何で君は刀を持ってるんだ? 確か、この国の銃刀法に違反してるんじゃないか?」


 彼が訊くと、側にいた泰平が代わりに答えた。


「まぁ。いろいろ事情があるんだよ」


 言葉を濁して言う泰平に疑問を抱きながらもそういうものかと納得する他無かった。


 ひとまず彼らは原宿に行くことになった。



 原宿は若者の町として人々の記憶に定着している。謂わばメッカのような場所である。


 人の多さに、劉封らはほぉーっとタコのような口をして見ていた。


「いやいや待て待て。お前らんトコじゃこんなん見慣れてんだろうよ?」

「見慣れてるったって軍隊ぐらいさ。ここまで密集して動き回る人々は見たこと無いよ」

「何より、こうも活気に溢れた人達を見たことないからね」


 意外だな、と龍二は前を向く。


 彼らはかなり目立っていた。所謂美男美女のくくりに入る集団は、原宿を歩き回るがどこに行っても、数人のチャラ男が達子や趙香らを口説きに近寄ってきた。


 その都度、龍二の鷹の如き睨みや、安徳の抜刀による脅し、華龍のメガトン級の鉄拳制裁で敢えなく撃退された。


「ったく、なぁんでコイツまで口説くかね? 端から見たら完璧にカップルじゃねぇか俺ら」

「おや、自覚ありましたか」

「・・・・・・お前、そーとー俺のこと馬鹿にしてるだろ?」


 えぇ、と躊躇いなく頷く安徳に、龍二はささやかな殺意が芽生えたが自我で無理矢理押さえ込んだ。今日は彼らに楽しんでもらうために来ているんだ。こんなことで台無しにしてはならない。


 呉禁はショーウインドー越しの展示物に眼を爛々と輝かせていた。見る度に、龍二や劉封らのもとに来て、あれこれジェスチャーしてはしゃぎ回っている。


「なぁ関平? 呉禁って何歳なんだ?」


 唐突に聞いた龍二に関平が16と答えた。


「・・・・・・学年違くね? 少なくとも二つ下の学年だろ?」


 思わずツッコむ龍二。


「ほら、アイツ、あんな性格だろ? ちゃんと他の人と会話できるか心配でさ。徳篤さんに頼んで色々誤魔化してもらったんだ」


 龍二は納得した。過保護的な甘い考えかもしれないが、彼にはそれが適切な気がした。


 龍二らは適当にぶらついて、服屋に入り、小一時間は費やしてそれぞれの服を選んだ。


 支払いは進藤家が持つことになっていた。龍造が龍二に持たせたブラックカードを見た店員が震撼したのは想像に難くない。


 買い物が終わり、店を出たところで、龍二が劉封らにどこか行きたい所はあるか尋ねた。


「秋葉原、とはどんな場所ですか?」


 そう来たか、と龍二は少し難しい顔をした。


「そうだな・・・・・・昔は電気街で有名だったんだが、今はオタクの聖地になってる。外国人もたくさんいるぞ。観光とかで」

「オタク、とは?」

「難しいな。一応その趣味を極めた連中、と思って構わない」


 それ以上は言わなかった。龍二の中でもオタクがどういった種族か分からないのだ。


 龍二の袖を、好奇心の瞳で一杯の呉禁が引っ張った。その眼で、必死に何かを訴えていた。


「あ゛~、呉禁がどうやら興味をもったらしいんだが・・・・・・行ってもいいか?」


 彼が聞くと、達子はいいよと即答し、他の者もこれといって行きたい場所が思いつかなかったようでかえって助かったと頷いた。呉禁は子供のように大喜びし、身体を一杯に使ってそれを表現した。


「百聞は一見に如かずとも言うしな。そいじゃ、行きますか」

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