3 日常と非日常その参 秋葉原とまたまた転校生

 スクランブル交差点を歩く通行人。


 その中に混じって、シャツをズボンの中にいれ、帽子を被り、リュックを背負った、偏見的だが典型的なオタクファッションをした若者、女装した男共、メイド服姿で勧誘している女性、全身を黒の服で固めた女性などなど。初めて見たとはいえ、劉封らは衝撃を受けた。


「これが秋葉原だ」


 龍二がデーンと手を広げてどうだと言う。そんな龍二の右手は、今にも暴走しそうな呉禁の襟首をガッチリと掴んでいた。


「後でちゃんと案内してやるから、ちょっと大人しくしてろ? な?」


 と呉禁を宥めた。こくりと呉禁は頷いた。


「な、何なんだ、アレ?」


 関平が女装した男や何かの衣装に身を纏った女を指差しながらワナワナしていた。


 泰平が答える。


「あれはコスプレといって・・・・・・エ~ッと、白朱さんからゲームやアニメについては聞いてる?」


 関平らは肯定の合図を送る。


「簡単に言うと、それらの中にでてくるキャラクターになりきることを言って、彼らのようにそのキャラクターの着ている服を着るのが大半なのかな?」


 それに良介が補足する。


「そうだね。実際、それ関係のイベントには世界中のファン達が駆けつけるくらいだからね。結構人気なんだよ。他にもゲームに異様に詳しかったり、人形を集めてそれに服着せて家に飾って眺めたり、アキバ系アイドルの追っかけやってたり・・・・・・オタクにも色んな種類があるんだよ」

「ゴメン泰平。俺お腹一杯だ」

「す、凄いんですね」


 趙香が顔を引きつらせながらオタク達を見る。


 立ち止まっていてもどうしようもないので、とりあえず歩くことにした。


 電気量販店アマチュアラジオの部品店やらが建ち並ぶ中に、『それ関係』の店も堂々と建っていた。


「誤解のないように言っておきますが、総ての店が〝アレ関係〟だけではありませんよ。一般人向けの漫画やゲームなども置いてますし、買いに来る人もいるんですよ。それに、今も電気の町として名が知れています」


 安徳はそう言って一軒の店に入っていった。


「聞くより見た方が早いと言いますからね」


 広い店の中には漫画本が所狭しと並べられていて、彼らの言うオタクの他にも、学

生やサラリーマンなどの人が各々商品を選んでいた。


 店の一階は、雑誌や漫画などが所狭しと陳列されていて、サラリーマンや学校帰りの高校生らが各々物色していた。


 その中に見本と書かれた一つを取り試しに読んでみて、関平は思わずスゲッと呟いていた。


 その店の三階に着いた瞬間、劉封達は驚愕した。まさにオンパレード。フィギアに始まりコスプレ衣装、グッズ、人形といったありとあらゆる物が揃えられていた。


 白朱による事前講義でこちらの世界のサブカルチャーについて一通りの知識を身につけてきたつもりだが、実際に見るのと聞くのでは天地ほどの差があったことに衝撃を受けた。


「・・・・・・・・・」


 皆一同に口をぽかんとだらしなく開けて立ち止まっていた。


 まぁそうなるよなと龍二は苦笑した。


 ポカポカポカ


 龍二の胸を、小さな手が叩いた。呉禁がこちらを向いて、頬をフグのようにし、上目遣いに眼を潤ませていた。


「わーったわーった」


と龍二は呉禁の顔をこちらに向けながら、彼の足が床につくかつかないかくらいのところで止めた。


「だがな、呉禁。人様に迷惑をかけちゃダメだぞ。分かったな?」


 人差し指を立てながら注意している姿は、小さい子供を注意する母親のようであった。劉封は何となく呉禁が彼に懐く理由が分かった気がした。


 呉禁はこっくり頷く。


 よし、と手を離すと、彼は一陣の風のように店の奥に消えていった。龍二は少し心配だったので、紅龍にそれとなく彼を見ているように頼んだ。


「お前らも好きに見ていいぞ」ということだったので、皆思い思いに散らばった。


 龍二は何気なしにコスプレ衣装を見ていた。


 どこぞの学生服からゾンビに支配された町から脱出を試みるなどのシリーズ物のゲームの主人公の衣装、幕末に活躍した者達の羽織、モビルスーツを操る連邦と公国の軍服などまぁ種々様々なモンが揃ってるなぁと関心していた。


 ふと、龍二は何かをボケッと見ている趙香と華龍に気づいた。


 気づかれないように近づくと、彼女達はある衣装に釘付けだった。それは、最近やっていたプラントと地球連合軍とのモビルスーツによる戦いのアニメに出てくるスカートの若干短い赤服に見取れていた。


「何だ? これが欲しいのか?」


 突然後ろからぬっと顔が現れ声をかけられたものだから、二人共「わひゃぁ!」と大声を出してしまった。


「欲しいんだろ?」

「な、ななななな何を言ってるんですか龍二さん!?」

「そそそそそうです! わ、私達はただ可愛いなぁと見ていただけです!」


 頬を茹蛸のように真っ赤に染めて顔を背ける姿を見て、龍二はにやけると近くにいた店員を呼び、二人が見ていた衣装を指し購入の意思を見せた。


「ほら、これ」


 会計を済ませると、龍二は先程買った衣装をプレゼントした。


「えっ、あっ、いや・・・・・・・・・」

「いいから。再会記念てことで」


 ニコリと笑顔を向けられて、二人は何も言い返すことができなかった。


「あ、ありがとう・・・・・・・・・」


 林檎のような頬をした彼女達を見ながら、この天然女性キラーめがと泰平は毒づいた。


「・・・・・・泰平君?」

「───雉も鳴かずば打たれまい、という諺があってねぇ・・・・・・・・・」

「OK。それ以上は何も言わないでおこうか。私も、まだ殺されたくないので」

「気が合うね」

「馬に尻を蹴られたくないだけですよ」


 そんなことを言われていることに龍二はついに気づかなかった。


 ニコニコ顔でやってきた達子の手には、チャイナドレスが握られていた。はいはい

と龍二は買ってあげた。ちょうどその時呉禁が様々なフィギアを持ってきたのでそれもついでに買ってやることにした。


 お陰で彼の懐はすこぶる寂しくなったが。


 そんなこんなで楽しい休日の一時を過ごした。













 日曜は各々自分達の時間を過ごし、迎えた月曜日。


「き、公熙きみよし様。よろしかったのですか?」


 かしこまった顔で述べる侍従に少年は特大のため息をつく。


「あのねじぃ。父の許可はとったんだから今更『やっぱダメ』てのは無しだよ?」

「ですが、貴方様の家は代々学習院に通うのが習わし───」

「だーかーらー。前にも何回も言ったじゃないか。宮家だからといって、そこに通う必要はないだろ? たかが親王家が普通の私立学校に通ったって何の問題もないだろ?」

それはそうですが・・・・・・・・・」

「そ・れ・に、陛下からも古より我ら一族に仕えてくれた『四武聖家』によろしく言われているからね」


 ニコッと笑う少年・高円宮公熙親王を前に、侍従は説得を諦めた。


「じゃ、行ってくるね」














「だ――――っ!! 遅刻する――――っ!!!」


 新学期早々、龍二は猛ダッシュで学校に向かって走っていた。その横では、同じく劉封らが追走する。


「何をそんな急いでいるのです?」


 余裕の表情で訊いてくる彼に、龍二は粗い口調で言う。


「早くしねぇと『番人』に殺されちまうんだ!」


 叫ぶ龍二に首を傾げる劉封や、呉禁、趙香、華龍らを無視して彼は爆走する。


「『番人』が知りたきゃついてこい!」


 なんとか間に合った龍二らは、紅龍の協力で姿を隠してもらい、校門近くの木の陰に隠れた(姿が消えているわけだから隠れることはないのだが)。


 制限時間(タイムリミット)となり、校門が閉まる。暫くして壁をよじ登ってきた男子生徒がいた。どうやら一年生らしい。


 男子生徒は辺りをキョロキョロと見回し誰もいないことを確認するとスタッと綺麗に着地した。そしてもう一回辺りをキョロキョロと見回す。


 誰もいなくて安心したのだろう、男子生徒は大きく安堵の息を漏らした。


 だがそれも、束の間に過ぎなかった。


 カチャリ

 

金属音らしき音と共に、男子生徒は首筋に冷たい感触を覚え身を凍らせた。

 それはつまり、男子生徒の〝死〟を意味していた。


「誰もいないと思って、安心しましたか?」


 不気味なくらい落ち着きを払い、暗く、死神のような声に、男子生徒は身をガタガタ震わせている。


「おや、君は一年二組の楠田巧君じゃありませんか?

 いけませんねぇ、一年生が遅刻しちゃ」


 日本刀の刃を若干彼の首に喰い込ませる安徳は、声にならぬ悲鳴をあげ恐怖に支配された彼に、『番人』は死刑宣告を下した。


「さぁて、遅刻したらどうなるか・・・・・・その身に叩き込んでおきましょうか・・・・・・・・・」


 安徳は男子生徒の襟首をひっ掴むや、問答無用とばかりにズルズルと引きずっていき、校庭の東端にある小さな建物の中に消えていった。


ぎいぃぃぃぃぃぃやあぁぁぁぁぁぁ!!!!!


 直後に響き渡った断末魔に、劉封らの顔が青ざめた。


 その横顔を見た龍二はきっとトラウマ的な何かを思い出したんだろうが、深く追求することはなかった。


 えぐられたくないことが、人間一つや二つあるのだ。


「──な。『番人』だろ?」

「あ゛―――何でしょう、今頭の中をとてつもなく思い出してはならないものがよぎったような」

「忘れろ。今すぐ忘れるんだ。脳の中枢から抹消しろ。思い出すな。思い出したらお前は一生モンのトラウマを背負うことなるぞ」


 間髪入れずに言った龍二の言葉に劉封は深く頷くと、『番人』佐々木安徳にバレぬよう教室に直行した。


 教室では、さっきの断末魔の被害者の話でもちきりだった。劉封は関平らに話しかけられたが、彼らを思うとそれの正体はついに口にすることができなかった。


 さて教室に瑞穂が入ってきたのだが、どこか顔が引きつっていた。


「・・・・・・今日も転校生が来てます」


 クラス全員がズッこけた。


 何でやねん!


 クラス全員総立ちでツッコミを入れた。が、彼女はそれを無視して引戸に向かって声をかけた。


「入って~」


 入ってきた男女三人は、どれも美男美女の類いで皆奇声をあげて歓迎した。

 だが、最後に入ってきた女は、ある生徒を見掛けると手を振って笑った。


「やす兄~」

「なっ・・・・・・・・・」

 泰平は彼女を見て心の底から驚いた。


「和美!? お前なんでここにいんだよ!?」

「何でって今日からここに通うんだよ? 私。聞いてないの?」

「いやいや初耳だし。誰に言ったんだよ」

「タメさん」

(あんにゃろう・・・・・・帰ったらシバキ倒す)

















「ぶぅあぁっくしょん!!」


 縁側で馬鹿でかいクシャミをした為憲に、横にいた政義が呟く。


「へぇー式神もクシャミするんだな」

「きっと誰かが俺の噂でもしてんのやろ?」


 気にすることなく言ったが、暫く空を見上げた後為憲はこう言った。


「なあ政。俺、何か大事なことを忘れてるような気ぃすんねん。何か知らん?」

「そういやぁ、今日から和美の奴が神明に転校すんだよな?」

「あぁ、そや」

「言ったか? その事。泰平に」

「─────っ!!!」


 だんっと立つ為憲を見ながら、政義は冷ややかに言った。


「コリャ帰ってきたら拷問だな」

「・・・・・・このままトンズラこいてもえぇかな?」


 ぎこちない顔の彼に、政義はハッキリ宣言した。

「無理だ」

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