第30話 薄明の前
「どう見る?」
どんよりと淀んだ空。今は閑散としているレストランのテラス席で私たちは荒野を見る。
高台になっているこのテラス席から見えるものはただそれ一つ。閑散たる荒野とその中央にそびえ立つ巨大な樹のみだ。
私はわざと明るく振る舞いながら会話を遮って登場する。
「お鍋もらってきました〜!なんでこんな時に外で食べるんだ〜?って言われちゃいましたけど!」
言いながら私は手に持った鍋料理をテーブルに置く。
「なんでお前が手伝ってんだ?」
ヴェリルは不機嫌な顔をする。
「だ、だって、料理店の人手が足りなくて忙しそうだったので自分たちのテーブルくらい、と!ここは猫族の土地ですから助け合いですよ〜!」
そう、ここはレバーシャンテ。猫族の小さな街。かつては交易の要所として賑わった時期もあったが、犬族とヒトとの王都奪還戦争の煽りを受けて今は閑散としている。
「あまりヒトには友好的では無いとも聞いていたが、それほどでもないな」
アレンはガツガツと鍋料理を口に放り込む。
「背に腹は、変えられないのかもしれませんよ」
ルカもスープの味見をする。
「しかし味は良い。手抜きは感じません」
レナード様はスープに浸したパンを小さな口で食べながら双眼鏡を覗いていた。そしてとても深いため息をした後、皆が目を逸らしていたそれについて意見を述べる。
「まさかここまで形が変わっているとは」
再び大きなため息をつく。
視線の先の神樹はもはや木と呼んでいいのか戸惑うほどに変貌を遂げていた。ツタはお互いが絡まりあって空中に巨大な鳥籠のような構造体を作り出し、その中心にはこれまた巨大な漆黒の球体が釣られている。
世界に落ちた一滴のシミ。暗き虚。それは、それはどう見ても。
「ワンダーブランクと同じものだよな?」
誰もが口に出せなかった疑問をアレンが振り絞って口にする。皆の肩がピクリと動く。そう、それはどう見ても一ヶ月前に私たちが見たワンダーブランクそのもの。
「住民に聞き取りをした結果、神樹があの状態に変化を始めたのもちょうど一ヶ月ほど前だとわかっている。ワンダーブランクが消失した少し後と期間的には一致するな」
レナード様は訝しげに眉を潜める。
私は口を開く。
「今更なのですが、あれは本当にユグドラ伝承の神樹なのでしょうか」
一同は黙って思考する。空気が静止するかのような沈黙。私はさらに声を絞り出す。
「私にはもっと、なんか、めちゃめちゃすごく恐ろしいもの思えてならないんですけど!!」
「なんなのその言い方?!怒ってるの?!」
レナード様が焦りながら久々に大きな声を出す。ルカがたまらず吹き出した。驚いた私たちはみんなで顔を見合わせる。
ルカは尚もおかしくてたまらないという顔で、笑いを抑えようともがく。
「あはは、いや、すまない。この重い空気が限界だったんだなぁメイド長。それにレナード卿も」
ルカに言われて私たちもはっと気がつく。
「そこまで真剣に考えてくれて、本当に君たちはお人好しだよ。私たち3人と違って君たちは頼まれ仕事だ。別にここで逃げ帰っても咎められはしまい。それに」
ルカはそこまで言ってアレンとヴェリルに目配せをした。
「まぁ、気がついているとは思うが我々は斥候も良いところさ。こんな少人数で送られているのが良い証拠。きっと私たちが逃げ帰った後に、そこから情報を得て本隊の構成を組む。そのくらいの事をするジジイだよ、教皇さまは」
ルカは悲壮感を出さないように気をつけながら明るく話し、料理に手をつける。
「だから、気にしなくて良い。少し"つついて"無理そうなら帰ろう!なぁに、少しヴェリルの昇進が遅くなるくらいの事さ」
ヴェリルはムッとした顔を作る。
「俺はもう大隊指揮官だ。昇進で困るのはアレンだけだろ」
アレンは肉を頬張りながらヴェリルを睨みつける。
「まぁ、騎士はもともと転勤が多いからな。人気のない南方方面をさらに南に飛ばされるかもしれん。そうしたらほとんどバランシュタイン領だ。メイド長、そうなったらティータイムはよろしく頼むぞ」
「む、聞き捨てならねーな」
アレンとヴェリルはまたしても喧嘩を始める。私とレナード様は顔を見合わせて笑った。
ああ、素敵な仲間達。
私は誓う。
何としても、彼らのためにも。
この剣をふるって最大限の戦果を持ち帰る。
※※※※※※※※
夜。テラスで星を見ているルカ。すると背後から近づくものがあった。
「まったく、後味が悪いぜ」
ヴェリルだ。
彼はルカの隣に座り、2人は目を合わさず星を見る。
「あれでメイド長がまだ剣をふるえるなら安いものですよ」
話声を聞きつけたのかアレンもそこに現れた。
「あの樹から発せられる瘴気は既に濃度の限界だな。ここで仕留められなければ、王都はもうどうしようもないかも知れん」
彼らしくない弱音を吐く。
「だがミーシャ・ベルベットがいれば」
アレンの声にヴェリルもルカもうなずく。
ルカが淡々と話す。その表情は誰にも読み取れない。
「明日は私が外装魔術を使って、メイド長の目には"過酷な現実"が映らないようにします。皆さんの手足が千切れようとも。命が奪われようとも“優勢に見せかける"。生きているうちは皆さんも合わせてくださいね」
ヴェリルはげっそりとした顔をする。
「ひでー作戦」
まったくだ、とアレンと顔を見合わせて笑う。星見の3人を嘲笑うかのように、背後からゆっくりとしかし確実に薄明は近づいていた。
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