第13話 vs アレン・ラルバート(後編)
「ユグドラ伝承はマルシール教の聖譜大17節に、中世期頃まで記載されていた伝承です」
アレンは水をコップに注ぎテーブルの上に並べた。口をつけるとぬるい。しかし乾いた喉にはそれでも心地よい。
私は難しい言葉に眉をしかめながら、レナード様は納得しているかのように頷きながら耳を傾ける。
「ユグドラ伝承に書かれているのは、巨大な樹との戦いです。疫樹と呼ばれるそれは、もともと神樹だったと言われています。ですが、お告げに逆らって赤い芽を摘み取らなかったために毒を撒き散らし地上の1/3の民を死に至らしめる」
私は驚いて声を上げる。
「せ、聖譜にしては随分と過激な内容ですね」
アレンはうなずく。
「そうです。今の聖譜の脈絡の中ではかなり異質な内容です」
レナード様も口を挟んだ。
「ユグドラ伝承は第九版まではきっちり記載されていた。それがなんらかの不都合があって十版では消されてしまったのだと思っている」
アレンもうなずく。
「レナード卿はやはりよくお分かりのようだ」
ニヤリとレナード様も笑う。
「もともと宗教とはそう言うものだよ。マルシール教ももと正せば犬族の土着の教義であったと言うのは禁句だが。大陸をヒト族が席巻したときに猫族、犬族との間を埋めるための共同の教義が必要であったため再編されて祀られたのが始まりよ。そうした経緯があれば時代の変化とともに、民のコントロールに必要な教えは入れるし、権力者に都合の悪い項目は抜かれる」
レナード様はチラリとアレンさんを見る。
「まさにその通りだ。事実、気がつくでしょう?メイド長どの」
私は言われて、ああ、と思い当たる。
そうですね。たしかに。
「神樹なら、実在しますね」
私は思い出したように言葉を連ねる。猫族の聖地にほど近いレニオール平原に巨大な樹、地元の人からは"猫草神樹"と呼ばれるそれが鎮座している。
「アレがそのユグドラ伝承の神樹なんでしょうか?」
「わかりません。特徴も微妙に一致しませんしね。だがシンボルとしては類似しています」
レナード様も同意する。
「まだ分からないが"疫樹"として邪悪なものと認識しているあたりにも初期の教義を書いたと思われる犬族からの憎悪を感じる。線はあるかもしれないな」
「で、では、早く対策を講じなければ」
「それが無理なのです」
アレンの悲痛な顔。そうか、つまりは。
「なるほど、貴方が騎士だから」
その場の誰もがうなずく。
「騎士は本来自分の意志を持たない身です。女王陛下をお守りするのが役目。まして私は歴史学者でも宗教学者でもありません。しかしもしかしたら」
そこでアレンは顔を上げる。
「貴方の剣ならもしくは」
え?私?!私は目を丸くする。
「カリバーン・キラーか」
レナード様が指摘する。
深くアレンはうなずいた。
「ユグドラ伝承の一節にはこうあります。赤い芽を摘み取り疫樹を切り倒したのは“王の黒き剣よりさらに星高く禍々しき枝切り鋏・ユグドラ"であると。王の黒き剣は聖譜で頻繁に登場するカリバーンの別呼称。そしてカリバーンは星5武器として実在します。つまり・・・」
アレンの目線にレナード様が応える。
「そう。ミーシャ。その剣こそが神樹を刈る枝切り鋏"ユグドラ"の正体である可能性はあるな」
「ぇぇぇ?!」
私はまたも驚きに声を上げる。
「ただし、そうなるとそれは神具に近い。そうしたものを召喚するときは大抵少し"細工"がいるもの。そのユグドラがワンダーブランクを切り裂いた事と言い、これは少し臭うぞ」
レナード様は訝しげに顔をしかめる。
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