第11話 vs ワンダーブランク
「ここがその虚だな」
ヴェリルが顎でそれを指す。その先は厳しい渓谷が広がる。しかしその中で異質な黒い球体が中空に存在している。
質感もなく何の音も発せず。ただただ黒いシミがこの世界に中空に落ちている。
「あそこに旧ブランリッジ遺跡があったんだね」
双眼鏡で見下ろしながらレナード様が呟く。
「ああ。7年前の"あの事件"の時に全てが消滅した」
「消滅、ですか」
私は右手の剣を地面に突き刺し、手首をストレッチしながらその単語を鸚鵡返し。ここまでの道すがらは森だったので剣を持って移動するのはなかなか骨が折れた。
今日は土木工事から3日後。やっとヴェリル少佐が王都に帰る日だ。そして最後にこうして私たちをワンダーブランクに案内してくれている。
「あぁ。そしてその時に遺跡を調査中だったのが」
ヴェリルの言葉に続けてレナード様が双眼鏡を下ろす。
「クリーガー・ベルベットか」
「ああ。そして奴の2人の同行者もそれを証言した」
「なるほどな」
レナード様は私に双眼鏡を渡す。
滅多に覗いたことがない双眼鏡にワクワクしながら球体を覗くと、黒。黒。全くの黒。これでは山でも見ていた方がよっぽど楽しい。
「見ていろ」
ヴェリルは手近な石を拾い上げると、スマートに槍の一振りで打ち放つ。石は高速で飛翔し球体に命中する。
かっこいい!と私が思ったのち、コツン、という音が辺りに響くのを期待したが何も音は響いてこない。
「?」
私は双眼鏡を覗いたまま首を傾げる。
「どこでしょう?」
「もう少し上だ、タコ」
ヴェリルは私の持つ双眼鏡を、横から手で掴み角度を少し上に調整する。
「すごいです!覗かないでもわかるのですか?!」
私は素直にヴェリルを褒める。ヴェリルは少し顔を赤くする。
「バ、バカめ。角度を見りゃーわかんだろ」
そうしてから再び石を球体目掛けて槍で打ち出す。
すると、不思議なことにその石は球体に命中するとまるで湖に石を投げたかのように波紋を残して消える。
「な、なんですかアレ?」
「虚無だ」
私は唾を飲む。
「虚無ってあの"私ってなんで生きてるんだろう"って一人で考える時に襲ってくるアレですか」
「違うバカ。あの空間には"何もない"が"ある"んだ。」
ヴェリルが私の頭を平手でパシんと叩く。
「なるほど、道理で息苦しいはずだな」
レナード様はわかったように言葉を勧める。
「そうだ。何者もそれを退けさせることはできない。たとえ空気ですらアレに触れたなら少しずつ向こう側に取り込まれている」
私はわかったようなわからないような顔でそれを聞いていたが、どうしても我慢できなくなって石を手に取る。私もヴェリルさんみたいに石が打ち出せたらなーと試してみたくなったのだ。
気がついたのかヴェリルが私を止める。
「メイド長は不器用だから、当たらないだろ」
私は味方を求めるように、ちらりとレナード様を見ると肩を竦めてため息をついている。
「後で一緒に練習しよう。いつかはできるさ」
私はむきーっと感情をあらわにする。
「わ、私でもきっとできますよう!ほーら、いきますよー!」
私は石を投げると剣を両手で構えて思い切り振りかぶる。これがいけなかった。
石を大きく空振りした私の剣は、手からすっぽ抜けて谷底に、いや、黒い球体目掛けて落ちていく。
「ぎゃぁぁぁぁ?!?!私の剣がぁ!!!」
悲痛な叫びをよそに剣は高速で回転しながら球体に落ちていく。
終わった。
私の冒険家ライフ。
私がそう思った矢先だった。ガツン!!というおそらしい音とともに球体に深々と剣が突き刺さる。
「なんだと?!」
ヴェリルがそれを見て驚愕する。
「今まであらゆる物体との接触が無駄に終わったんだぞ?!それが今?」
その叫びをよそに球体のひび割れは瞬く間に広がっていく。そして内部から光が徐々に漏れていく。
それは卵が割れるかのように砕けると、中から神々しい光が天に向けて舞い上がった。
後に残された私たちは口をポカンと開けるしかない。後に残されたのは私と、ヴェリルと、レナード様。私の剣は遥か渓谷の下に健在。立派に突き立っている。
「てめぇ」
ヴェリルは短く呟くと舌打ちする。
「仕事を増やしやがって」
そう言いながら私に歩み寄る。
「レナード・バランシュタイン。メイド長。お前らを王都に連行する」
苦々しい顔をしながらさらに深くため息をついた。
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