第9話 vs ホークアイ(4/4)

「ふぅ、やっぱりこのチョコクランチは最強だな」


至福の顔でベッドに横になる青年。白いコートは棚に無造作にかけられている。


「いや、いやいやいや、そこは私のベッドなんですけど!」


私はメイド長となっても質素な仮眠部屋を使っている。だから私のベッドは大隊指揮官ヴェリル・カッシーニには少し小さい。実際足がはみ出している。


「見りゃーわかる。それじゃ、俺はここで寝るからお前は床ででも寝るんだな」


それは私のセリフだー!というか屋敷から出て行けー!私は庭に立ててある私の剣を引き抜こうか本気で迷う。


「寝るつもりですか?!いつ帰るんですか?!」

「今から帰っても峠は越えられん。俺はともかく、兵を野宿させるにはいささか寒い土地なんだよなぁ。ドラゴンもたまに出るらしいし」


私の言葉など全く気にせずに布団をかぶる。


「ま、気にすんな!占領した敵地ではよくある事だ!」

「気にするわー!というか私の部屋は占領されてなーい!」


私はポカポカと軍人を両手で殴る。私の大声を聞きつけてかドタバタという廊下を走る音が聞こえ、レナード様がドアをバタンと開ける。


「何事だミーシャ!」

「きゃー!レナード様!ドアはノックをしてくださいいいい!」


私はヴェリルを殴る手を隠しながら慌てふためく。


「ん?何やってるんだお前たち」


キョトンとするレナード様。すかさずヴェリルが答える。


「見りゃーわかんだろ?ベッドインだよ、ベッドイン」


そう言いながらそのまま布団を深く被り眠りに就こうとする。


「ふむ。客間ならあるぞ。ここよりは幾分か良い寝具だ」


レナード様はいつもの調子を崩さない。


「ならそっちにこの嬢ちゃんを寝かせてやれよ。今日は相当、働いたんだろ?」


誰のために発生した仕事かっ!という私の心の声も聞こえないまま、こちらを向かずに手をひらひらと動かす軍人。レナード様は肩を竦めた。


「ふむ。ならそれも考えるか。ところでお主、クリーガー・ベルベットについて何か知らぬか」


場を沈黙が支配する。しばしの後、ヴェリルがこちらに向き直った。


「まぁ、たしかに。あまりに当事者だと知らされていないって事はあるか」


口の中でヴェリルは呟く。

その後一言、ハッキリと口にする。


「ワンダーブランク」


聞き慣れない言葉に私はレナード様と顔を見合わせる。いや、レナード様の表情は私のそれと少し違った。


「あの"驚異の虚"のことか」


レナード様は言葉を継ぐ。

ヴェリルもうなずく。


「そうだ。ここから西に3ミアルほど進んだ山中にあるマネバ渓谷。そのどん詰まりに7年前に突如出現した空洞。いや、空洞と呼んでいいのかすらわからねえ"何者も存在しない"座標が、そこにある」


ヴェリルは傍に置いてあった眼鏡をかけ、言葉を続けた。


「そのワンダーブランクを引き起こしたのがクリーガー・ベルベットだと言われている」


私は衝撃を受ける。そうか、旦那様はきっと全てを知っていた。王都の騎士たちもきっと。


「しかし、それだけの事を起こしておきながらクリーガーの処罰は謎に満ちている。裁判は行われずに王勅令で監獄島"レイ・アトラス"への収容。その後どうなったのかは誰も知らない。噂では何度か王や大統領も赴いているらしいしな。私は開いた口が塞がらない。冒険家の父が一体何をしていたというのか。


「父さん。あなたは一体何をしたの」


思わず言葉が漏れる。


「さぁなぁ。だが、お前なら行って見ればわかるんじゃないのか?」


ヴェリルはそう言うと布団をかぶる。私とレナード様は言葉なく部屋を出る。私は俯きながらも考えをまとめる。


どうしよう。父が生きていると分かった喜びより戸惑いの方が圧倒的にまさる。私はどうすれば良いんだろう。


しかし私の小さな迷いは元気な御曹司の声にかき消される。


「どうやら行くしかないみたいだな!レイ・アトラスに!」


レナード様のあまりの思い切りの良さに私は面食らう。


「え?ええ?!屋敷はどうなさいます?!」

「なんとかなるさ!」


無責任な笑顔を作る。これは旦那様の悩む顔が目に浮かぶ。


「それよりあの軍人の言うことではないが、今日は客間で休むといい。私からマリスンとお父様には話しておくよ」


そう言って私の頭をポンと撫でると、私と同い年の13歳の若旦那は笑顔で去っていった。

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