第8話 vs ホークアイ(3/4)
優雅な食事の後の紅茶の時間は、耳をつんざくような唐突な音に阻まれた。壁が粉砕し窓が割れる。
私はその一瞬にレナード様に飛びつき庇う。
「レナード様!」
咄嗟の事であった。何が起こったかも分からずに壁を見ると、帯電したかのように青白い雷をまとった槍が一本。
私の大剣よりは短かったがそれでも十分巨大と言える槍。こんなものを投げて寄越すとは!
私が憤慨しつつ窓の外を見る。しかし見渡す限りの街と丘。投石機も何も見えない。
「何も見えない!」
私は狼狽する。すると槍が一人でに宙に浮き、元の方向に戻っていく。
「いけない、次ががくる!」
私は慌ててレナード様を隠そうとするが、レナード様は逆に私の肩を掴んだ。
「違う、よく見てミーシャ!」
彼の指し示す壁の破壊跡はレナード様の椅子とは場所が違う。狙われていたのは私?!
即座に理解する。
また騎士の軍団が襲ってきたのだろうか。
「剣を急ぎなさい」
旦那様が珍しく鋭い声で檄を飛ばす。
「はい!」
私は壁の破壊された穴から飛び出ようとしたが、ここは二階。私の足では着地できるわけがない!
私は思い直すと部屋を駆け抜けて一目散に階段を降りていく。途端に再び第二撃。
廊下の壁が破壊される。いけない!早く外に出ないと、この家が大変なことになっちゃう!
私は慌てて庭に出ると剣を拾い、一目散に駆け出す。あの槍の戻る方向、そちらに誰だかわからないけど敵がいる!
地面に当たらないように剣をスレスレに下ろしながら街を抜け、小川を超えて丘に登っていく。
走りながら私はゴーグルを下ろした。何かのスイッチが入ったような気がしなくもない。
やがて見えてきたのは槍を構える白いコートの軍服の男。
「よぉ、またあったなぁメイド長!」
メガネの奥には戦いを好む野蛮な瞳。
「ヴェリルさん!なんでこんなこと!」
「見りゃーわかるだろ。軍もお前のことが気になってるんだよ」
言うが早いか槍を振り回す。大丈夫、この槍は大きいけれどアレンさんの槍よりは早くない。私はあの時を思い出して後ろに向き直り走り出す。しかしアレンと違いヴェリルは追いかけてくる気配は全くない。
「あ、そうだった」
かわりに飛んできたのは高速の槍の投擲。そうだ、この人には投槍があるのだった!!
私はたまらず近くの大樹の影に隠れる。
「おいおい、つまらないことしてるんじゃないぜ!」
連続で何度も投擲を喰らう。この木ではそんなにもたない。当然あんな投げ槍を一度でも食らえば私は死ぬだろう。一体どうすれば。
私は思案する。
せっかく、せっかくアレンさんがこの剣を農具っていう事にして丸く収めてくれたのに。
王都には騎士団からは農具と報告されているはずだ。あの気弱な騎士たちが私を恐れずに真実を吹聴するとも考えにくい。
とすると、軍はやはり別ルートからこの武器の事を嗅ぎつけたのだ。
いっそこれが本当に農具だったのなら。
と私は祈る。
ん?農具?
農具なら。
気がついた私は木の裏に篭る。
「どうした?もう諦めたのか?」
ヴェリルの問いがこだまする。いいえ、諦めるものですか。冒険も、戦いも!私は初めて大剣を肩越しに構える。
足を開き体重を乗せる。両手でのフルスイング。これは秘技中の秘技。一回だけ、手伝わせてもらった時の見様見真似の大技。
振り下ろしの狙うは一点。その切っ先は・・・
ドオン!
というとてつもない轟音と共に、私の前に鎮座していた木が超高速で飛んでいく。
私が根元を一撃で切り飛ばしたのだ。かつて一回だけ、執事のリネフに手伝わせてもらったキコリ斧の使い方そのもの。
今の私の全力全開フルスイングは、軽い片手の握りでアレンの上半身を吹き飛ばした時とは比べものにならない力で巨大な木そのものをヴェリル向けて吹き飛ばす。
「ふ、ふざけるな!剣でそんなことしたら刃が欠けるだろうが!」
心底頭にきた様子で唾を飛ばすヴェリル。
「すみません、この剣なんだか耐久力無限なので!」
ふざけやがって!と思い切り顔で表した彼の視界が、肉薄する緑で埋まる。
焦りからか思わずそれに投擲。しかしそれは悪手だ。槍は深く木に突き刺さり貫通したところで勢いを失い止まる。
「ここです!」
私は彼の死角も死角。
木の裏から顔を出す。
「クリーガー・ベルベットが娘、ミーシャベルベット!猫族!メス!」
名乗りながら右手で全力の投球。投げられたものをヴェリルが手で弾く。しかし鎖がその手に絡みつく。
「は?!」
自らの手を見たヴェリルだがもう遅い。それは赤く輝く、蘇生の宝珠がついたペンダント。
「すみません!一回だけ死んでくださーい!」
ドスン、という酷い音と共に両断。そして光と共に蘇生。私の手は震えている。
しかしヴェリルの様相はそれ以上だった。肩をびくつかせ地面に転がり、のたうちまわりながら嘔吐する。
「がは、は?あ?生きてる?のか?」
あまりの恐怖と痛みに理解が追いつかない。アレンと違い"死に慣れていない"人間ではそれはそうだろう。
そう思うと先日のアレンは精神的にもかなりの鍛錬を重ねていたのかもしれない。
「ふ、ふふふふ〜んっっ!起き上がれないでしょ!?こ、これがメイド長の力です!」
私は震える足をなんとかいなしながら精一杯の虚勢を張る。周囲で遠巻きに見ていた兵隊と思われる者たちがザワザワとざわついた。
「鷹の目のヴェリル様が?」「マジかよ、少佐はあのヴェリル・カッシーニなんだぜ?」「それをあんな」
ざわつきは広がっていく。私はバツが悪くなり足早にそこを離れる。
「あ、ヴェリルさん!その花飾りアレンさんに返しておいてくださ〜い!忘れ物なので!」
私はそれだけ言い残すと走り去る。が。こつん、と頭に花飾りが当たる。見るとヴェリルが立ち上がって投げて返していた。
「俺と奴は仲が悪い。自分で返すんだな」
「う、あ、はい」
私は歯切れの悪い返事をするとそそくさと立ち去る。ああ、早くレナード様に謝って部屋を掃除しなければ。
怖い軍隊も追い返した事だし。
そう思った私の考えが甘かったと気がつかされたのは、次の日の朝になってからの事だった。
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