第7話 vs ホークアイ(2/4)

剣に残る嫌な感触。

もう2度と味わいたくない。


思えばドラゴンの肉を調理した時もさほど気持ちの良いモノでは無かった。


魔物はびこる危険なダンジャンに潜り財宝を手に入れたり、時にはならず物と戦ったり、今はいないけど魔王みたいなやつと戦ったりとか。


私の憧れる冒険者は剣を振るのを躊躇ったりしないだろう。となれば私は一体何がしたいのだ?私は何になりたいのだ?


頭を悩ませながら私は街角を歩く。お使いの目的地、エイダおばさんのパン屋はすぐそこだ。


あぁ、ここで折り返し。

パンを買ったら帰らなきゃ。

でも良かったかもしれない。


屋敷で仕事をしている方が忙しくて気が紛れる。いや、紛らわしてどうするんだろう。この問題は時が解決する物でも無い。


私が角を曲がると、不意に角から出てきた人影とぶつかる。相手は背の高い、細身の男性。年の頃17、8くらいだろうか。私やレナード様よりだいぶ大きい。


「おわぁ?!」


相手がよろける。よろけた拍子に手からナッツが落ちる。それを必死でキャッチしようとするが、どうにも届きそうにない。


焦ってとっさに私も手を伸ばす。私の手がナッツに当たって弾く。


「ちっ!」


相手の舌打ちが聞こえて、あえなくその目標物は地面に落下した。


「ぐぁぁぁ!俺のナッツが!!」


大袈裟に男が悔しがる。


「すすす、すみません取れませんでした!!」

「そりゃ見りゃーわかるよ」


不機嫌そうにふてくされる。そんなに大事なナッツだったのだろうか。見ると男性は短い金髪にメガネ。白いコートを着ている。細いものの背の高いその男がナッツ一粒で悔しがっているのは奇妙な光景だ。


「あの、すみませんでした。足しになるかわかりませんがもし良かったらこれ」


そう言って私は藤で編まれたカゴから小さなブリキ缶を取り出すと、中からチョコレートクランチを一つ差し出した。


「なんだこれ。食えんのか?」


男はひとつまみ手に取るとクンクンと匂いを嗅ぎ口に放り込む。途端に顔を綻ばせた。


「うめえええ!なんだこれは!」


にこやかな顔とともに男の頬がほのかに赤くなる。


「こ、こほん」


男は咳払いをする。


「いやすまん、ありがとう。ものすごく美味い。こういう美味いものを食えるともう一度生きて帰ってこようって気になる」


男はクイとメガネをかけ直す。


「生きて?」


私が首を傾げる。


「大袈裟に思うかいお嬢ちゃん。あの山の2つ向こう、王都は隣のカリルベルグと戦争やってるんだ。ここからは想像もできないくらいの地獄さ。だがまぁ、俺にとっちゃ最高のエンターテインメントでもあるがな」


男はペロリと唇を舐める。


「軍人さんだったんですね。お疲れ様です。お国のためにありがとうございます」


私はペコリと礼をする。しかしまぁ、私たちの税金が最近高くなっているのもその戦争の余波ではある。少し複雑な気持ちだ。


「もし良かったら、またチョコレートクランチ食べに来てくださいな!」


私はついつい励ましてしまう。この豪快に見える男性も次の行軍では帰り道は無いかもしれないと思うとつい情が乗ってしまう。


「まぁ、生きて帰れたらな。俺の名前はヴェリルだ。ヴェリル・カッシーニ」


私も相手の自己紹介に敬意を表する。


「わ、私はミーシャ・ベルベット!13歳、バランシュタイン家のメイド長です!」


勢いに弾む私の栗色のツインテールが揺れ、猫耳がピョコンと立つ。おでこに光るゴーグル。フリル満載のメイド服。


しばしの沈黙。その後に不意に笑顔を作る。


「そうか。ありがとな、メイド長」


言うとヴェリルは手を振って去っていく。


あれ?私は疑問に思う。


兵隊さんが行軍の帰りに寄ったのなら大勢いるはずなのに行きも帰りも見なかった。なぜそんなにコソコソするのだろうか。


私は訝しがったが、すでにかなり立ち話をしてしまった。早く買い物を済ませないとマリスン女史に怒られてしまう。私は慌ててパン屋に駆け込んだ。


※※※※※※※※※※※※


「少佐、戻られましたか」


部下の声にヴェリルは「ああ」とだけ手早く答えると荷物の中から長い筒を取り出す。


「もうそれを使うので?!」


驚く副長にいつもの様子で乱暴に返す。


「見ればわかんだろ」


言うが早いか筒の封印を解除して、中から優美な長槍を取り出す。


「まさか敵の方から飛び込んでくれるとはなぁ」


もちろん、彼にはこの距離からメイド長がどの屋敷に帰ったかちゃんと"見て"いる。


ならば、勝負はとても簡潔なものに見えた。すなわち、遠距離からの狙撃。


ヴェリルは槍を投げ槍の体勢で構える。ここは小高い丘の上。街の反対側の馬鹿でかい屋敷がよく見える。


そしてそのさらに先もこの"鷹の目のヴェリル"にはよく見えている。ちょうど二階の食堂で、お坊ちゃんに紅茶をサービスなんかしてやがる。


あぁ、一瞬で終わらせてやるよ。

痛みなど感じる暇が無いくらいに。


力を入れようと奥歯を噛み締めると口の中にまだ残っていたクランチのカケラがカリっと小気味のいい音を立てる。


「ち、甘ぇなぁ」


ヴェリルは言葉とは裏腹に、苦々しい顔をしながら超高速でその槍を投擲する。

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