第6話 vs ホークアイ(1/4)

男が一人、木陰の岩に座り込み缶の中のナッツを口に放り込む。その顔にかけたメガネの奥には苦々しい顔。


なんで支給品のナッツはこんなに不味いのだ。


短めの金髪をそよ風に靡かせながら、彼は丘を見ていた。それは遥か遠くに見える丘。


緑の草が淡く、赤く染まっている。地面がえぐれてまた雨で埋まった後。よく見ればそれは確かにわかる。


「少佐、斥候が戻りました」

「あ?で、どうだった」


金髪の青年はその緑色の鋭い目を細め、眼鏡を指で押し上げる。部下と思しき男は緊張した身で話し出す。


「3日ほど前、王都の騎士団がこちらに来て領主と小競り合いをしたそうです」


男はまた、ナッツを口に放り込み、その細い容姿に似合わない威圧的な声で遮った。


「そんな事は見りゃわかるんだよ。斥候ってのは現地でしか見れないものを見てくるんでしょ?そういう情報が欲しいわけよ」


男は岩に座ったまま丘をあごでさす。


「あんな遠くの丘を?どうやって?」

部下が驚く中、不機嫌に男は嘲笑する。


「どうやって?目で見たんだよ。ウルティマ《究極級装備品》でも何でもない、この俺の目でな」


その目を見開く。


鷹の目のヴェリル。

この男は軍でそう呼ばれる大隊指揮官だ。王都に帰還中に大統領の勅命を受けこの地を偵察に来た。


「は。失礼いたしました。それが、領民たちの噂ではどうも“メイド長"と呼ばれる人物が王都の騎士を撃退したとかで」


それを聞いて男は笑った。


「良いねぇ!あるじゃんよ、ちゃんとした情報が」


男はさらに目を見開き街を見る。

良いねぇ良いねぇ。

噂は聞いてるよ。

星6武器だか何だか知らないが、

真贋きっちり見極めさせてもらおうじゃないの。


この俺の鷹の目でなぁ!


男はニヤリと笑い真白いコートを羽織る。


※※※※ ※※※※


手に残る感触は最悪だ。


まず最初に金属同士の衝突があった。


それは小気味のいい甲高い音を立てながら火花を散らし、それからすぐに"本体"の切断。


それはまさに一瞬で、

台所で人参を切るよりもずっと軽い手応え。


手応え自体は爽快感があり、

とても気持ちが良い。


だがそれが逆に目の前の光景と

見事にリンクしない。


一瞬のことだ。

最後には全ては吹き飛ぶ。


だから私には血しぶきひとつ、

目の前の刀を振り抜いた方に

ぶちまけるのみ。


私は剣から血の匂いが取れない気がしてならない。夜も眠れずに、何度もこの手を見つめてしまう。


今はその手を庭師のメシルがじーと見つめていた。


「何にもありませんな」

ため息混じりに答える。


「やはりそうですよね」

私もため息をつく。


「普通あれだけの剣を振れば手の擦れ、血豆、硬化、いろいろあるものです。それが、あるのは皿洗いで出来た手荒れくらいのものですよ」


そう言いながら自前の軟膏を手に出してくれる。


「自分で伸ばしてください」

そう言うと年老いた庭師は軟膏の蓋をくるくると閉める。私は軟膏を掌に伸ばす。良い匂いがした。


「レナード様が心配なされたそうですね」

「はい、一回メシルさんに見てもらえと」

「ふむ」

「気になされたのはそのお顔の方かも知れませんなぁ」


言いながらメシルさんはゆっくり腰を持ち上げ、棚から何か出し私に渡した。それはメシルが機械を使っている時に使っているゴーグルか。


「普段使っているものと同じものです。以前私の弟子が使っていたんですがね」


そこまで言って少し目を逸らす。


「もう使うこともないと思うんで差し上げます。あの剣を振るうと瓦礫の屑が酷いからねぇ」


言いながら使い込まれて少し汚れた鏡を簡素な布で拭き、私に渡した。覗き込んで見ると確かに小さな傷が顔にも出来ている。


気がつかない間に壁の破片やら鎧の破片やらが高速で顔に当たっていたのだろう。


「ミーシャ様みたいなお嬢さんの顔にどうこう言う歳でもないが、せめて目は守っておきなさいな。レナード様にずっとおつかえしたいだろう?」


私は大先輩の忠告をありがたく受け止めた。


「ありがとうございます、メシルさん」


少し似合わないかも知れないが、私はゴーグルをおでこにかけた。そして思い出したように懐から包みを取り出す。


「これ、僅かですけど御礼です」


メシルは見えないフリをする。


「そんなものはいらんよ。んん?んんん?」


ちらりと見て目の色を変える。そして包みを受け取ると感触を確かめた。


「あぁ、チョコレートクランチか。ありがたく、いただくよ」


ニコニコとお菓子を棚にしまう。マリスン女史から教わった秘伝のチョコレートクランチは屋敷で大人気。みんなが欲しがる魔法のお菓子だ。


それもそのはず、旦那様やレナード様のためにこしらえた手作りお菓子。その余りの生地を砕いて、それにまたあまりのチョコレートをかけてよく混ぜる。


つまり材料はご主人様達のものと同じ一級品の余り物で出来ているのだから。


私はメシルさんにお礼を言って部屋を出るとレナード様とばったり出会う。


「レナード様、こんなところに?」

「あぁ、びっくりしたかいミーシャ。これを見てくれ」


彼が持つのはガラクタばかりがたくさん集まったもの。銀の光で輝いている。


「これ、あのアレンって騎士の鎧のパーツだと思うんだよね。ミーシャはほら、めちゃくちゃに砕いていたから」

「あー!確かにめちゃくちゃに砕けてましたねーカラダが!」


私たちはドッと笑った後にすぐシーンとする。


「いや、笑い事じゃなかったね」

「そうですね」


気を取り直してレナード様がまた話しだす。


「それでね、あの騎士確か“9回蘇る"って言ったんだよね。それが気になって試合中ずっとアイツの鎧を見てたんだけど」


ミーシャはアレンの鎧を思い出そうとするが意外と思い出せない。ちょっと長めのサラサラヘアーとカッコいい顔だけは思い出せるのだが。


「そしたら、あの鎧って9個宝玉が付いてたんだよね。それで、さらに言うと二回死んだときに肩と腕の宝玉が光を失ってたんだよね」


よく見ている。まさかそんなにしっかり相手を観察しているとは思わなかった私は驚愕する。


「それでさ、見てこれ」


レナードは恐る恐るパーツ群の中から一個、花の形をした装飾を取り出す。それは確かに鎧の胸についていた形。その中央にはほのかに光る赤い宝玉。


「一回くらい、いけんじゃね?」


あまりの事に私はあっけらかんと口を開けてしまった。

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