第52話 安上がりな男女

「今夜は外食にしようと思うんだけどさ、どこに行きたい?」


 れい風流ふうりゅうに問いかける。

 行きたいお店を問うありふれた質問だが、この言葉にはある前提が含まれている。


 嶺を含むシェアハウスの4人が風流の食事代を持つという事だ。


 コンビニのバイトで生計を立てている風流だ。給料には期待できない。

 それを理解した上で外食に誘っているのだから、食事代を持つのは当然だと思っている嶺を含むシェアハウス側。

 しかし、それでも自分の食事代くらいは払おう。少しでも負担を減らそうと思っているのが風流だ。


 その結果、嶺は風流に美味しくて良いものを食べさせたいと思いつつも、提案されたサ○ゼを断れなかった。


 ***


「サイ○なんて学生以来だね。当時はよく通ってたけど」


「相変わらずカオスな内装してますよね。誰が描いたか分からない絵とか」


 いのりさんとまといさんが店内を見渡して呆れ顔だ。

 学生、同性の友人、家族連れで混雑する店内は、恋仲にある男女が求めるような雰囲気の欠片もない。

 可能ならば個室、妥協してもムードのある夜景が見えるお店がいい。そう言っていた2人が落胆するのも無理はないか。

 サ○ゼの窓から夜景なんか見えるはずがないからな。


「とりあえず名前書いてくるから、そこに座って待っててね」

「わかった」


 嶺が代表して表に名前を記入しに行った。


「ねぇ流様……もっと高いお店でも良かったんだよ……?」


 店員が呼びに来るまでの間、水琴みことさんが俺の顔を覗き込むようにして聞いてくる。

 他の3人からも同じことを言われて、本日4回目だ。

 車の中でも「違うお店にしない?」と何度も言われた。


「いや、あんまり高いお店は悪いだろ。俺は金を払わないわけだし、出来るだけ安いお店を言わないと……」


 この答え方も4回目。


「だとしても安すぎ……私たちは流様に貢ぎたいんだから……遠慮なく回らないお寿司とか言ってくれればいいのに……」


「寿司なら5皿ごとにガチャガチャができるとこがいいな」

「それ回るとこじゃん……」


「貧乏舌の俺にはそれで充分なんだよ。あと回転寿司はケーキもあるからな。100円でケーキも食べられる。お得だ」


「もう……流様にはもっと我が儘言って欲しい……貢がせて……」


「……俺にホスト向いてない理由がやっとわかったよ」


 ため息を吐きながら、俺は自分に心酔している女性を複雑な目で見つめた。


 席に案内されて各々がメニューを開く。

 最近値段が見直され、キリのいい数字に統一された品々が目に飛び込んでくる。

 その中でまず目を引いたのは定番のドリアではなく


「ワイン安すぎじゃないですか……? 100円ですよここ」


 纏さんが若干引き気味で言った。

 安いことを喜ぶどころか、逆に不安になっている。


「えっ!?」

「それほんと……?」

「もはやブドウジュースなんじゃない?」


「サ○ゼの価格はそんなもんだろ」


 俺も安いな、とは思うが。

 シャンパンタワー1回やる金があったら、ここのワインで腹を満たせるのは間違いない。


「だってだって、ホストクラブでワイン頼むと最低3000円くらいじゃないですか」


「1000円のもあったかな?」


「だとしても10倍……」


「スパークリングはもう少し高かったよね」

「ちょっとしか入ってないのにあの価格ですからね」


「まぁホストクラブはサービス料というか、同席代というか、そんなやつがあるからな」


 もちろんワインも良いものを用意しているんだろうが、ここと比べたらぼったくり感が否めない。


「じゃあとりあえず、安いワインで乾杯しようよ。安いワインで」

「嶺……言い方……」

「ならワイン5つでいいかな?」

「そうですね。試し飲みしてみましょう」


 とりあえずお酒を、そんな軽いノリで注文しようとするのだから、俺が慌てて待ったをかける。


「待て待て、帰りの運転どうするんだよ」


「あ」「忘れてた……」「どうしようね」


「近くのホテルで休憩していけばいいんじゃない?」


 嶺がにやりと含みのある笑みで言った。

 それに対する反応は冷ややかだ。


「絶対ラブホだろ」

「5人で入れるところ探すの大変だよ?」

「というかサ○ゼの後でラブホは無いです」

「もっとマシなデート案だして……」


「あれ、なんか今日の判定厳しくない?」


 いつもなら味方してくれる友人たちに反対され、嶺は戸惑いを隠せない。


「何というか、サ○ゼの後にラブホ行くのはプライドが許さないというか。そんな感じです」


「私はそんな安い女じゃないって思うよね。フゥくんにも失礼だよ。ねぇフゥくん?」


「そ、そうなのか?(俺にはよくわからんが……)」


「逆に嶺は……サ○ゼで機嫌を取られて体を許すんだ……安い女……」


「私は別に安くないし、ラブホでカラオケするだけだし」


「ならもうカラオケでいいだろ」


 苦しい言い訳をする嶺に、思わず俺はツッコミを入れる。

 まさかこの案が採用されるとは思っていなかった。


 ***


 結局、みんなドリンクバーにした。


「うわ、風流さんの飲み物なんですか。炭酸のゴーヤ味みたいな色してますよ」


「絶対コーラとメロンソーダをブレンドしたでしょ」


「おお、嶺、正解だ」


「私もそれチャレンジしてみよっかな。フゥくん、一緒に取りに行こうよ」


 祈が風流を連れて席を立つ。


「流様……オレンジジュースとアイスティーのブレンドをおすすめしたい……」


 水琴も続いて席を立つ。


「あ、オレンジジュースとメロンソーダも合うんですよ」


 慌てて纏も席を立つ。


「(結局ドリンクバーで機嫌を取れる安い男女しかいないじゃない……)」


 嶺は呆れ顔をしながら、グラスを片手に4人の後に続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る