第53話 オールした次の日

 土曜日の夜11時。

 いつもなら入浴を済ませて寝室に集まる時間帯だが、今日は全員リビングに居る。

 眠る気配など微塵もない。

 明日も休日で俺もバイトは休み。多少の夜更かしは許される日だ。

 ソファに仲良く並んで座り、録画した金曜ロードショーを観ている。

 スタッフロールが流れても全員元気だ。

 昨日、サ○ゼの後カラオケでオールをしたせいで、完全に昼夜が逆転したのだ。


「お腹が空きました」


 最初に口を開いたのはまといさんだ。

 昼夜が逆転したと言っても5人全員社会人。生活リズムを整える努力として、食事の時間は普段と変わっていなかった。

 いつも睡眠欲と性欲で紛らわせていたこの時間の食欲だが、2つの勢力が力を弱めたせいで身体は夜食を求めていた。


 だが……


「ダメだよ纏ちゃん。我慢だよ」


 いのりさんがお腹をさすりながらそう言う。


「この時間の食事は美容の敵だからね。それと明後日までには生活リズムを戻すんだからね」

「今食べたら……また生活リズムが崩れる……」


「うう、でもお腹空きましたよ」


「空腹は我慢してれば慣れるから、もう少しの辛抱だよ」


「はぁ。オールなんてしなければ良かったですよ……」


 まぁこんな感じで、4人は完全に我慢ムードだ。

 オールをした時点で美容も何もないと思うが、それは口にはしないでおこう。

 とは言え、俺は美容の事なんて1日くらい気にしない。

 遠慮なく食べさせてもらおう。


「じゃあ俺はカップ麺食べるから、キッチン使っていいか?」


「「「「え……」」」」


 ***


 家からカップ麺を取ってきた俺は、シェアハウスのキッチンで湯を沸かし始める。

 俺のお気に入りはかき揚げ蕎麦だ。

 トッピングに卵を割り、かき揚げはバリバリの食感を楽しむために直前まで入れないでおく。


 3分経った。

 かき揚げを投入してテーブルに戻ると、ソファにいたはずの4人がスタンバっていた。


 蓋を開けると湯気がむわっと立ち上がり、視覚的に食欲をそそられる。


「(食べづらい……)」


 箸を持って「いただきます」と手を合わせた時だ。

 4人からの視線が突き刺さった。

 しかし、食べないと言ったのは自分たちなのだから、これは仕方ない事なんだぞ。


 遠慮するように俺は小さく麺をつまみ、パクリと一口。

 やはり深夜に食べるカップ麺は最高だ。

 罪悪感というのか、体に悪いことをしている感じが堪らない。


「はあぁぁぁぁ……」

「いいなぁ……」


 そんな声が聞こえてきた。

 でも食べないって言ったのはお前らなんだぞ。


 かき揚げもいくか!


 完全に遠慮が消えた俺は、かき揚げをつまむと、大口を開けて目一杯頬張る。


 バリバリと気持ちのいい咀嚼音が口の中から響いてきた。


「んんんんんんっ」


 嶺は貧乏ゆすりが止まらない。

 必死に我慢しているのだろう。

 きっと彼女の口内は唾液で満たされているに違いない。


風流ふうりゅうくん。一口ダメかな」


 人差し指を立てて、れいは我慢できなかったようだ。


「肌に悪いぞ」

 そう言ってカップ麺を嶺の方に差し出す。


「一口くらい大丈夫だって」

 すると嶺はフォークを取り出した。


「…………?」


 なぜフォークなんだ。

 そう思ったのも束の間。

 嶺はカップ麺にフォークを突き立て、1回転2回転3回転……まだまだ止まらない。

 ぐるぐると回転するフォークに麺は絡め取られていく。

 するとかいこまゆのように丸々と太った麺の塊がつゆの中から浮上して、

 パクリの一口。嶺の口に入っていった。

 もぐもぐ。


「…………。」


 心配になって返されたカップ麺を覗き込むと、ごっそりと量が減っている。

 3分の1ほど持っていかれたようだ。


ひほくひらかられひとくちだからね


 もぐもぐと口を動かす嶺。

 そして飲み込んだ。


「んんー、美味しいねコレ。ごちそうさま」


 とてもいい笑顔で言われた。


「……まぁ、一口の約束だからな」


 嘘は言っていないのだから、これは許すしかない。

 それに全部食べるのは流石に多いなと思っていたところだ。

 3分の2もあれは充分だろう。


「フゥくん。私も一口欲しいな」

「…………。」


 祈さんもか。

 出来れば遠慮して欲しいのだが、嶺に一口あげた以上、断るわけにもいかない。


「肌に悪いぞ」


 少し軽くなったカップ麺を差し出す。


「ふふ、ありがと」


 祈さんはちゃんと箸を使うようだ。

 先程のようにごっそり持っていかれる、なんてことはないだろう。

 そう思っていた俺が馬鹿だった。


 祈さんは箸でかき揚げをつまみ上げると、目一杯に口を広げてかぶりついた。


「バリバリバリバリ」

「…………。」


 麺に続いてかき揚げまでごっそりと持っていかれた。

 すると第三の刺客が袖を引っ張った。


「流様……私も一口欲しい……2人だけとかズルい……」


「俺まだちょっとしか食べてないんだが」


「私たちは平等に愛してもらわないといけない……差別はダメ……」


「差別とかじゃないんだけどな」


 飯テロの代償は大きかった。


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