第2話 部屋には連れ込まれたくない

 ある日の夕方。

 外から車のエンジン音が聞こえたので、俺は自室の時計を確認する。


 18時45分。

 そろそろだな。


 俺は共用のリビングへと向かう。

 リビングにはれいの友達3人もいるが、そこは我慢だ。

 宿主である嶺からは「私が帰ってくる時はリビングで出迎えしなさい」と言われているのだから仕方がない。


「あ、ご飯食べます?」


 嶺の友達の1人が気を使って夕飯に誘ってくれた。

 確か、まといさんといったはずだ。


「ありがとうございます。しかし、皆さんにこれ以上迷惑をかけるわけにはいきません。後で1人で食べます」


「そうですか」


 せっかく誘ってくれたのだから受けるべきだとも思ったが、嶺がいるのならともかく、完全に知らない3人との食事は気が引ける。


 リビングにはどんよりとした空気が流れる。はやくこの空気をどうにかしてくれと願っていると、すぐに玄関から元気な声が聞こえてきた。

 宿主の帰宅だ。


「たっだいまー!」


「おかえり、嶺。お仕事お疲れ様」


「おっと……風流ふうりゅうくん約束通りリビングにいてくれたんだね。ではこの荷物を私の部屋までお願いしよう」


「はいはい、わかりましたよ」


 嶺の仕事帰りの荷物を持って彼女の部屋へと向かう。何気に嶺の部屋に入るのはこれが初めてだ。

 それは俺が警戒していたせいでもある。

 もし嶺と体の関係を持ってしまったらこのヒモ生活から抜け出せなくなる。そんな気がしたからだ。

 俺は生粋の日本男児。体の関係を持つことは結婚と同義、もう俺はこの宿主から抜け出すことは出来なくなる。

 よくこの性格でホストなんかやっていたものだと自分でも思う。


 しかし、今回は荷物運びだ。

 何も心配いらないだろう。


「嶺、ここでいいか?」

「うん。ありがとね風流くん」


 ガチャン


「ガチャン? あれ、なんで鍵閉めて」


 まさか……


「ふっふっふー。作戦成功、まさかこんな簡単に風流くんを部屋に連れ込めるなんて、この作戦で毎日いけるわね」


「は、ハメられたぁ!?」

「ごめんねー」


「ふ……ふしゃぁぁぁぁあ!」

「何やってるの」

「嫌がる猫の真似だ」

「可愛い」


 まずい。非常にまずい。

 狭い部屋の中で鬼ごっこなんて逃げる側の負け確定じゃないか。

 さらにまずいことに、恐らくこのシェアハウスは完全防音だ。部屋を出て助けを呼べば嶺の友達たちが来てくれるだろう。しかし、この部屋に閉じ込められている以上、声が届くことはない。

 そして俺と嶺の関係性。宿主とヒモ男という関係上、俺は嶺に強く抵抗できない。正当防衛というものは今の俺には存在しないのだ。


「うわあぁぁぁぁ!」

「よいではないかーよいではないかー」


 一瞬で捕まってしまった。

 ヒモ生活で筋肉が無くなっているのか、それとも嶺の力が強いのか。抵抗も虚しくベッドに押し倒される。


「こらっ、この……手をどけなさいっ」

「ふしゃあぁぁぁぁぁぁ!」


 俺の抵抗は1時間にも及び、心配した嶺の友人の到着で脱出に成功した。


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