第22話 失踪した人

「あきら、なんか痩せた?」


 アルバイト先のファースト・フードのお店でフライドポテトをフライヤーに入れたところで、「まりりん」こと桜井まりが言った。休日は死ぬほど忙しくて、無駄口を叩く余裕は10秒だってないくらいだけれど、平日は少しだけおしゃべりする余裕がある。


「振られちゃって。」と私は肩をすくめる。


「え? マジで? 私もショックだよ、それ。伊藤くんとあきらは結婚すると思ってた。」とまりりんが言う。


 そうかな。私は一回もそんなこと思ったことないけど。


「大丈夫?」と聞かれて「うん、まあまあ。」と煮え切らない返事をする。


「顔色悪いよ。私はもうすぐ上がりだけど、あきらはあと三時間くらいあるでしょ? 変わってあげよっか、私。」


 まりりんはいい人だ。嫌なところもあるけど、いいところもいっぱいある。私と同じ普通の人だ。私のほうこそ、美華に殺されそうな目でにらまれる側の人間なのだ。


 あの後三日ほど美華からの電話はない。私も電話をしていない。正直に言って、伊藤くんのことなどどうでもよかった。伊藤くんに振られたのに、美華に振られて落ち込んでいる気分だ。いや、実際に振られたのか、美華に。


「まりりん、本当にありがとう。でも大丈夫。お金いるしね。」と私は笑顔を作る。


「そういえばさ、藤坂くんのこと聞いた?」


 フライドポテトをフライヤーからそろそろ引き上げようとしたところで、一星くんの名前が出てきて、私はビクッとする。美華と気まずくなったことに頭がいっぱいで、一星くんのことなど忘れていた。もう帰ってきているだろうか。私はいつも自分のことばかり考えている。


「行方不明らしいよ。」


「え?」


「ビーチに服とか貴重品置いたまま、いなくなったんだって。一人で海水浴に行って海にさらわれたんじゃないか、て話だよ。」


 フライヤーに入れたポテトがシャワシャワと音を立てている。


「ごめんね、こんなタイミングで。あきら、藤坂くんと割と仲よかったよね?」まりりんが心配そうに尋ねる。


 ああ。美華が、美華が。


「ねえ、あきら、ポテト、そろそろ上げたほうが良くない?」


「いつから?」まりりんの質問の上から尋ねる。


「え?」


「一星くんがいなくなったの、いつから?」


「一週間くらい前に地元の売店で藤坂くんを見たのが、最後の目撃者だって。」


 美華がアパートを突然訪ねて来た時だ。


 ああ。美華の、美華の!


「ちょっと、あきら、大丈夫?」少し戸惑いの混ざった声でまりりんが言いながら、もう茶色くなってしまったポテトを急いで上げる。


「行かなきゃ。」私はつぶやいてキッチンを出る。


「ちょっと、あきら!」と背後でまりりんが叫ぶのを聞きながら、私は走り始めた。ファーストフードの店を出て、私は一瞬どこへ行こうか迷う。


 駅へ! 美華の、美華のところに。


 私は全速力で走り始めた。道行く人にぶつかり、文句を言われるのを背後に置き去りにして、私は走る。地下鉄のホームに行く階段を、踏み外しそうになりながら、なんとか駆け下りる。


 改札で、携帯や財布など全部バイト先に置いて来たことに気づいた。一瞬血の気が引いて、がむしゃらに身体中を手で叩く。ポケットに偶然入れておいたICカードを探り当てた。まだ残高は残っていたはずだ。


 震える手でカードを自動改札機にタッチさせ、ホームへ駈け下りる。ちょうど入って来た電車に乗り込んだ。ドアが閉まって、私の顔がガラスに映る。汗びっしょりで前髪がおでこに張り付いていた。バイト先の帽子をまだしていたことに気づいて慌てて取る。


 すっかり息が上がってしまっていて、ぜえぜえと肩で息をする。心臓がドキドキして痛いくらいだ。帽子を持った手で胸を抑える。電車に乗り合わせた人が遠巻きに怪訝けげんな目を向けている。


 ああ、美華が。美華が。


 早く行かなきゃ、美華が死んでしまう。

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