第21話 ブスのほう

「美華さんを好きになった。」翌日、伊藤くんにそう言われて、私は鼻で笑うのを抑えるのに苦労した。伊藤くんをバカにすることは、私自身をバカにすることと、そっくり同じことだ。


 あまりにも予想していた展開に、すっかり白けた。温厚な伊藤くんは、最後までずっと私に優しかったけれど、私たちは長い間お互いに飽きていた。どっちも別れを切り出せずにいた。それだけの話だ。


 美華を部屋に上げた後、カルアミルクを三人分作る必要はなかったのに、なぜ作ったのか私はちゃんとわかっていた。その「なぜ」を考え出すと、死にたくなってくるので、すぐにふたをする。


 あの夜、美華は私の部屋に泊まり、翌日の朝帰って行った。すぐに伊藤くんから別れを切り出された。


 あの後、美華からは毎日電話がかかってくる。きっと、一星くんはまだ帰らないのだろう。私はここ三日ほど美華からの着信を無視している。


 一星くんがふらりといなくなると、美華が私に電話をかけるのが、ここ半年ほどのパターンだった。切羽詰まった声で話して、ときどき泣いた。私は何百回も言った言葉で慰めた。「大丈夫だよ。気のせいだよ。」一星くんが戻ってくると、電話はならなくなる。その繰り返しだった。


 今日もまた、バイトの帰り道に携帯がなった。スクリーンに「美華」と表示されているのを見て、胃のあたりが苦しくなる。着信音が鳴り続ける。永久に出ないわけにはいかないのはわかっていた。私は意を決して電話に出た。


「伊藤くんと別れたって聞いた。」開口一番に言われた。「一星くんが帰ってこない。」と言われるのを予想していたので、口ごもった。長い沈黙が流れた。


「会って話さない?」と美華に言われ、私はにわかに黒い感情が胸に沸くのを感じた。(ヤバい。)と思った。今、美華と話さないほうがいい。すぐに携帯を切ったほうがいい。私の口から、言葉が出てくる前に。


「あきら、聞いてる?」という美華の質問に、私は答えない。


「美華、香織ちゃんて覚えてる? 私の高校の時の友達。」逆にそんな質問をした。ああ、口が開いてしまった。嫌なものを、ずーっと閉まっていた口が。


「大検受けて、去年、念願の大学に入学した娘?」と美華が小さい声で言った。美華が戸惑っているのが電話越しに感じ取れる。


「そう。いじめられて、うつになって、高校辞めちゃった娘。」と私が言う。自動的に薄っすらと笑む自分に鳥肌が立つ。


「私も、一緒に無視したの。香織ちゃんのたった一人の友達だったのに。だからうつになったんだよ。」


手のひらが汗ばみ、吐き気を覚える。美華は何も言わない。


「一緒になっていじめられたくなかったから。それに……」私はそこでいったん、言葉を切った。深呼吸をする。雪山でザイルでも切るような、絶望的な気持ちで言った。


「ブスのほう、て影で言われるのが嫌だったから。」


そこで、電話は切られた。

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