第20話 あきらの部屋
玄関のチャイムを鳴らすと、あきらがドアを開けて「美華……!」と目を見開いた。
あきらの部屋を訪ねたのは一年半ぶりだった。あきらが伊藤くんと付き合い始めてからというもの、あきらが頑なに私を伊藤くんと会わせてくれないので、あきらの部屋にも行かなくなった。
玄関に男物の靴があったので、しまったなと思った。
「ごめん、私……。」と私が帰ろうとすると、
「ばか、入りなよ。コートも着ないで。見てるこっちが寒くなるよ。」とあきらが私をワンルームの部屋に入れてくれた。
私が入ると、ソファに寝そべって携帯をいじっていた伊藤くんが、びっくりして体を起こした。慌ててソファから立ち上がると、「どうぞ座って」と私にソファを譲ってくれ、自分は床の上にクッションを置いて座った。慣れた仕草に、彼がいつもこの部屋にいることが見て取れる。
「すみません。」と私が会釈してソファに座ると、
「ホットココアとカルアミルクのあったかいやつ、どっちがいい?」とキッチンからあきらの声が聞こえてきた。全身が凍えて手がかじかんでいたので、その申し出はありがたかった。私はカルアミルクのあったかいやつと答えた。
あきらが三人分のカルアミルクを持ってきて、私たちは無言ですすった。所在無さげな伊藤くんに対して(早く帰ってくれないかなぁ)なんてひどいことを思っていたけど、あきらがカルアミルクを三人分用意してしまったので、帰るタイミングを無くしたみたいだった。
すっかり冷たくなっていた体が徐々に温まってきたころ、「どうしたの?」とあきらが聞いた。
「一星くんが帰って来ないの。」
伊藤くんの前で聞かれてどうしようか迷ったけれど、結局私は正直に答えた。言ってしまってから、涙が流れてきて、止められなくなった。
「いつものことじゃん。」とあきらが敢えてなんでもないように言う。「この前も二週間くらい一人旅に出て、また帰ってきたじゃん。」とあきらが続ける。
「いなくなる時間がどんどん長くなってて……。今回はなんか胸騒ぎがするの。」
あきらが私を抱いて背中をさする。「大丈夫だよ。気のせいだよ。」と優しく諭すように繰り返す。私はあきらの胸の中で小さい子どものように泣く。
ねえ、あきら。私、一星くんがいなくなるのが、世界で一番怖いと思ってるのに、いなくなるのをずっと待ってるような気がするんだよ。いつか来るその日を、今日かな、今日かな、て毎日思って過ごしてるの。
伊藤くんがそっと部屋を出て行く気配がして、私は顔を上げる。
私の背中をさすりながら、あきらは伊藤くんをちらりと見た。顔が(あ〜あ。)と言っていた。
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