第7話 悩みと助言
翌日の朝になっても、想推はどうするか悩んでいた。
(普通に考えれば、探偵になるためにこの試練を受けた方がいいに決まってる。でも今の僕にこの謎が解けるのだろうか……)
想推は傍らで陣内の仕事を見ていたものの、直接何かを教わっていたわけではない。せいぜい推理の特訓と称して陣内が過去に解決した事件をヒントつきで解いていただけだ。推理以外の探偵としての技術は習っていないに等しい。
今回の試練は、自分で調査を行って情報を得て、それを元に推理するという本来の探偵としての活動を行わなければならない。そのような経験のない想推は、自分には荷が重いのではと悩んでいるのだ。
だが、本心ではこれは自分に自信がないだけの言い訳に過ぎないともわかっていた。
謎解きに挑戦して、あらゆる手を尽くして、それでも解決できなかったとき、どうすればいいのか。
どうしてもその最悪の結末ばかりを考えてしまう。
(こういうことを考えてしまうのは、探偵に向いていないという証拠なのかもな……)
考えれば考えるほど、マイナス思考になってしまう。この悪循環から、想推は抜け出せずにいた。
そうこう考えているうちに登校時間となったので、考えを打ち切って準備を進める。
学校に行く前に事務所に寄ってみると、そこには陣内の姿はなかった。
「想推くん、おはよう。先生ならもう出張に行っちゃったわよ」
想推の姿を見かけた水野が言う。
「あ、そうですか……」
「一応先生から、昨日の課題を受けるかどうかを聞いておいてくれって言われてるけど、決まった?」
「それが、まだ……」
明らかに悩んでいる様子の想推を見て、水野は助言をする。
「それなら、とりあえず学校に行って帰ってきてから決めてもいいんじゃない? 焦って決めるよりは、少しは考える時間があった方がいいでしょ」
実際には考える時間を消費するほど、課題を受けることになった時に捜査に使える時間が減るので、一概に良いとも言えない。水野はそこをわかっていながらもあえて言わなかった。
「……わかりました。もう少し考えてみます」
水野の助言をありがたく聞き入れ、想推は登校した。
登校中、想推は美幸と会った。
「おはよう、想推ー。今日も暑いね」
そう言いながら腰まで伸びている髪の毛を整える。
「おはよう。その長い髪も暑さの原因なんじゃない?」
「そうはいっても、これは切るわけにはいかないのよ」
「なら、結んでみるのは?」
「……それも嫌かなー。このまんまがいいの。それより……」
話を打ち切って、美幸は例の話題を持ち出す。
「今日は知理を探偵事務所に行かせてもいいんでしょ?」
「あー、それなんだけどさ、ちょっと事情ができちゃって」
「事情?」
「まあ知理さんと一緒に話すよ。終業式の後にね」
まとめて話した方がいいと考えた想推は、三人集まる場所で話すことにした。
そしてあっという間に終業式が終わった。
こんなに早く時間が過ぎ去るとは想推も思っていなかった。
普段の授業は早く終わって欲しいと思うのに、こういう時だけ早く過ぎ去るものだ。
未だに結論を出せていない想推に、美幸と知理が話しかけてくる。
「想推くん、今日は大丈夫かな?」
昨日の約束について聞いてくる。
「あ、それなんだけど」
想推は昨日陣内に出された課題について二人に話した。
「へー、そんなの出されたんだ。大変だね」
「いや、僕はまだ受けるとも決めていないんだ」
「何で? 受けなきゃ探偵を諦めなきゃなんでしょ。だったら即答するべきじゃない。それに自分の出生の秘密を自分で調べることができるなんて、それって先生の温情なんじゃないの」
至極当たり前ともいえる美幸の言葉に、想推は返答できなかった。
「私も受けるべきだと思うけど、何が躊躇わせてるの?」
「だって、僕はまともに探偵としての教育も受けていないんだよ。そんな僕が、いきなり探偵のように調査しろなんて言われてもできる気がしない。いくら自分のこととはいえ、さ」
「なるほどね」
知理は想推の考えを聞いた上で、返答する。
「それなら聞きたいんだけどさ、想推くんはどのくらいになったら自分で調査とかしようと思うの?」
「どのくらいって?」
「どのくらい、探偵としての修練を積んだらってこと。一年? 二年? あるいはもっと必要?」
「それは……」
言葉に詰まる。
「多分だけど、その先生は結果はどうであれ想推くんに自分の出生について調査をしてほしいんじゃないかな。もちろんそれで謎が解ければいいんだけど、仮に解けなかったとしても『探偵をやめろ』だなんてこと言わないと思うよ」
そこまで知理に言われて、想推は初めて陣内が言っていた言葉の意味を理解した。
「想推くんの話をそのまま解釈すると、先生は『解けなかった時に答えを見たら、探偵は諦めろ』とは言っていたけど、『解けなかったら探偵は諦めろ』とは言っていないよね。だから一週間と言う期限の内、どれだけの成果を挙げられるのかを見たいんじゃないかな。たとえ解けなかったとしても、調査で得た情報などが間違っていなかったら、それはそれで優秀ともいえるんじゃない?」
「そ、それはそうとも言えるけど」
「それこそ、想推くんはまだ探偵じゃないし、探偵としての教育も受けていない。だからある程度までいけたら、解けなくても合格になると思うよ」
知理の言葉と陣内の思惑が一致しているかどうかはわからない。
だが彼女の言葉は、少なくとも想推の気持ちを楽にさせる効果はあったようだ。
「そうか、僕は変な方向に考えすぎていたのかもしれない」
「うん。だからやってみようよ。失敗を恐れずに」
知理がにこりと微笑む。
「わかった。今の僕で謎が解けるのかどうか、挑戦してみるよ」
想推は課題に取り組むことを決意した。
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