第2話

何か悩んだ時、誰かに話を聞いて欲しい時聞きたい時、頼れる人がいるというのはとても幸せな事だと思う。それで言うと僕はとても幸せ者だ。該当する人物が2人もいる。それだけでこの町で暮らしていて良かったとつくづく思うものだ。

安本丹さんの時計屋を出て歩いて5分もかからないくらいの所に、小さいのに奥行はいやに長い珍妙な形の建物がある。

「本屋、唐変木」

中に入ろうとするが戸が開かない。あれと思ってよく見ると、看板には『只今店主不在』とある。

唐変木さんがここにいないとなると、行く場所は1つだ。本屋に向かって右隣、少し大きな灰色の建物

「鍛冶屋。頓珍漢」

少し重たい扉をぐいと開けると、頓珍漢さんが鉄を叩く音が響き渡る。

トンチンカン

ふとお客様用にポツンと置かれた椅子を見やる。

リズム良く流れる音を、まるで綺麗な音楽を聞くかのようにして唐変木さんはくつろいでいた。

「やぁ、唐変木さん。やっぱりここだった」

唐変木さんはゆっくりと目を開け、眼鏡越しに僕を見つめると穏やかな表情のまま僕に答える。

「あぁ、探偵か。どうかしたのか」

トンチンカン

「ちょっと変わった話を聞いてね。唐変木さんは、昨日2月29日何したか覚えてるかい」

相変わらず唐変木さんの表情は変わらない。

「その話か」

唐変木さんは眼鏡を人差し指でクイッと上げた。

「残念だけど、私にも昨日の記憶はない。そして何か有用な情報を持っている訳でもない」

トンチンカン

「そっか、残念。頓珍漢さんはどう」

多分聞こえてないだろうなと思いつつ、一応声をかける。すると、仕事を続けながら頓珍漢さんは首を横に振った。振ってくれたが、振るだけだった。

「相変わらず頓珍漢さんは喋らないね」

「その分、人の話はよく聞いている。何も問題は無いさ」

トンチンカン

「それとね…」

「秒針の事かい」

昔からそうだ。唐変木さんの分厚い眼鏡には人の心を見透かす機能があるんじゃないかと常々思う。この事件が片付いたら、今度はそれを調査するのもいいかもしれない。

「秒針についても私は何も知らないよ。残念だけれど」

「本当に町中の時計から秒針が盗まれたの」

「そうらしいね。結構な数の人と話したけれど、無事だったという人は聞かないから」

トンチンカン

「うーん。唐変木さんでも何も知らないとなると町長さんに聞くしかないかぁ」

「町長さんの所かい」

少しだけ唐変木さんの眉間に少しだけ皺がよる。

「やめておいた方がいい。もうすぐ祝祭だろ。あの人は今気が立ってる」

「祝祭関係なしにいっつも怒ってるじゃない、あの人。ちょっとだけならいつもと変わらないさ」

トンチンカン

眉間の皺は緩んだ。いつもの表情になると優しく諭すように唐変木さんは言う。

「まぁ、怒られるのは君だから私はこれ以上何も言わないよ。行ってらっしゃい」

「うん、行ってきます」

戸に手をかけようとした時、ふと思い出す。

「ねぇ、唐変木さん」

「なんだい」

「時計って何のために買うと思う」

「決まってる」

トンチンカン

「飾っておかないと家っぽくないだろう」

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へんてこのまち @yukkurisensei

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