STEP5:恋人の爆撃
「これとか酷いですよ」
『誰にでも初めてはあるんだし、そこまで怒らなくてもいいのにね』
俺も気が付いたらスマホを取り出して、莉子の取り巻きのアカウントを見ていた。
夜さんに「IDを二つ並べてサーチするとやりとりだけ拾えるよ」と教えて貰ってすぐに、俺は怒りに震えながらこのツイートを指さす。
「だってこれ……俺が前日に下ごしらえした塊肉をダメにされてるんですよ? 明日莉子が来るからって結構奮発して買った牛の塊肉……仕事から帰ってきて疲れる体を引きずって……」
「塊肉をダメにするって何事だよ……」
秋山先輩は眉尻を下げて俺のスマホ画面を覗きこんだ。あれ? 俺より牛の塊肉を心配してない?
事の顛末を話すと、秋山先輩は目を閉じて深く息を吸い込んで目頭を押さえる真似をする。
「すいません、牛のたたきひとつ」
「私もやりとり見てたんですけどすごいですねこれ。表垢と裏垢どっちも繋がってますよ」
「うら……あか」
首を傾げて、聞いた単語をオウム返しする俺を見て夜さんの眉が僅かに動く。
「いやあ、こっちのアカウントでは盛大に愚痴ってるみたいだねえ。っていうか、最初にゾウアイコンくんが俺の名前出してリプしてたのも裏垢だよ」
クククッと悪役みたいに笑う冬木先輩に、事の発端になったスクショを見せて貰って俺はやっと気が付く。
本当だ……よく見たら莉子が使ってる「きゅるちゃん」のIDとは少し違う。というか、裏垢ってなんだよ。普段のアカウントの後ろに_uraとだけ付けてるならそりゃこのインターネットピラニアたちは見つけちゃうよ。
もう何度目かわからない溜息を吐きながら、吐き出した分の酸素を取り戻す次いでにお酒を喉に流し込む。
少しだけ気持ちがふわふわしてくるけど、そのせいかイライラが大きくなってきた。
「それにしてもこのゾウアイコン気に食わないっすね!」
「まあ、そのことも含めて彼女に話したらいいんじゃない?」
牛のたたきと日本酒を楽しんでいる秋山先輩は、憤り俺にお刺身を取り分けてくれながら時計を見る。
何だろう。もう結構飲んでるから二次会に行くとかかな?と秋山先輩の行動の意味に首を傾げながらも、俺は彼女への怒りを吐き出した。
「いやー、もうここまで来たら別れたい気持ちも流石に芽生えてきましたよ」
「っていうか、今まで別れるつもりなかったの? 逆にすごいね?」
夜さんが目を丸くした後に、すぐに顔をほころばせて笑う。
「やっぱりまだダイヤの原石というか、本当に顔はすごく好みだし、キチンと躾をしていけばなんとか一緒にやっていけると思ったんですよ」
「メンヘラは野生動物みたいなものなので大抵の個体は躾なんてしても意味ないぞ!」
「しかも、嘘松癖昇天ペガサス盛りみたいな女だぜー?」
「まあ、人の
「い、いや、でも運命の人だと思ったんですよ。彼女とデートをするといいことがあったりして、俺にとってのラッキーガールだって。そういう原石を磨いていけば……」
「宇美野くん」
三人に窘められて、少しだけ反論をする。確かにインターネットでの動き方はクソでしかないんだけど、俺しか知らない彼女のいいところだってたくさんあるんです。
もう魅力は伝わらないかもしれない。でも、彼女だっていくらカスみたいなメンヘラでSNSでは自分を偽ることしか知らない虚言癖でも、そういうのも俺と関わることによって矯正されていくはずで……。
「その小さなラッキーで、君の原稿は進みましたか?」
「うううーーーー」
言葉にならないうめきが口から漏れる。
無意識に見ない振りをしていた大きなデメリットを突きつけられて、頭に張ってあった変な膜みたいなものが取れた気がしてきた。
そうだよ。彼女が駄々を捏ねるようになってから俺は原稿の時間をろくに取れていない。
今月もほぼデスクに向かえてないんじゃないか?
スマホが震える。スッと「莉子」の名前がポップアップしてくることすら忌々しい。なんだこいつは? 俺の時間を奪う怪異なのか?
怪異というのは見た目は美しい場合も多いんだよなぁ。
「あ、私にもイイネ爆撃来た」
楽しそうな夜さんの声が聞こえたので目を向ける。
さっきまでいっぱいいっぱいで、秋山先輩と自分のスマホしか見ていなかったから気が付かなかった。
冬木先輩と夜さんがお互いにスマホを見せ合ってなにやら笑っている。
夜さんは冬木先輩が好きだったりするのかなーはー。俺みたいな冴えないやつはそりゃ相手にならないのはわかるんだけどいちゃつくなら他のところでやってくれません?
「あ、立ち直った? 見て見てこれ」
夜さんが俺の視線に気が付いたのかにこりと笑ってくれる。笑顔を見ると、さっき心の中で八つ当たりをしたのが申し訳なくなってしまう。
そうだよな、俺が一人で心を乱しているだけで、みんな俺の話を聞きに来てくれたんだよなと思い直す。
少しだけ肩を寄せてきた夜さんの画面を覗くと、画面いっぱいに莉子こと「きゅるちゃん」から大量のイイネが来ている通知欄を見せて貰った。
「俺のも俺のもー」
奥から冬木先輩が腕を伸ばしてスマホを見せてくる。
冬木先輩が見せてくれた画面にも、莉子からの通知が大量に来ているのが見える。
どういうこと?イイネをたくさんされるとなにかあるの?
「これは……キますね」
俺の横でそっと二人の画面を確認した秋山先輩が、指を組みながらしみじみと言ったのでますますわからなくなる。
「いや、でも今更俺の周りの人達にイイネしだしても原稿の阻害をするという巨大なデメリットが判明した今、することは一つですよ」
笑顔の秋山先輩からそっと差し出された半分ほど水が入ったグラスを一気に飲み干して、横に置いてあるおちょこの日本酒も飲む。
室温に戻った日本酒からは甘い酒粕とアルコールが混ざった独特の香りが口いっぱいに広がった。
「決めました俺、彼女と」
別れます。そう続けるつもりで軽く机に手を置いて、立ち上がろうとした。
それと同時に店の扉が開く。
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