STEP2:恋人の失言!
はー。
いや、でも彼女も成長したいって言ってたし、俺たちの明るい未来のためにも、もっとがんばっていかないといけないんだよな。
泣きわめいた彼女を宥めるのに5時間を使った俺は、疲労困憊だった。
なんてことないミスがきっかけだ。週末にデートをしようってことになって、彼女が家に来た。
俺が出かけている間に料理をしたいっていうから、下処理をしたローストビーフ用の塊肉を任せただけで……あとはオーブンに入れてじっくり焼くだけの話だった。
いや、肉がカチコチの水分飛びきった塩辛いだけの物体になったのはまあ怒ったけどそれだけじゃなくてさ……。
なにもそんな地獄の土みたいになったものを食べようとしたり、泣きながら「死んだ方がいいんだ生きてる価値なんてないごめんなさい」と繰り返されるのは流石にちょっと骨が折れるな。
付き合って三ヶ月。最初に比べたら発作も減ったし、パスタすら茹でられなかった彼女も、卵焼きや焼きそばは作れるようになったから成長してる。大丈夫。
自分にそう言い聞かせながら、彼女が帰った後の片付けをして悲しい気持ちになる。
ブルルっとスマホが震える。彼女からかな? と少し気が重くなりながら画面を確認すると、グループチャットに冬木先輩が何か送ってきたみたいだった。
また彼女に浮気がバレたのかなーなんて、ちょっと沈んでいた気持ちが持ち直してきた。
冬木 < なんかよくわからんけど、知らない垢から俺めっちゃ悪口言われてるw
冬木先輩が添付してきた画像を見ると、冬木先輩のSNSアカウントを名指しで貶しているものだった。
ヤバいヘイトアカウント、病気、異常者、構われたいワナビー女なんていう酷い言葉が並んでいる。いや、まあ確かに冬木先輩のインターネットの素行はよくは無い。どちらかというと治安が悪い。
それはそれとして、画像に写っているアカウントの一つは誰と会話してるんだろう。
なんか見たことがあるアイコンなんだよなー。嫌な予感がする。
秋山 < ヤバいヘイト垢wwwすげー
冬木 < まー否定しないけどさw
テンポ良く来る先輩達のレスポンスを見ながら、違和感の正体を探るために添付されているスクリーンショットをよく見る。
アイコンに見覚えがあるなーこれ。あれフリーアイコンだったかななんて思考が現実から逃げようとする。いや、逃げられない。
秋山 < 会話してるアカウントの表アカウント、これじゃん
宇美野 > ん?
秋山先輩がグループチャットに送ってきた画像を見て、フリックをする指が震える。手汗のせいでスマホの画面の反応が少し悪い気がして、ズボンで手汗を拭う。
秋山 < この子、北関東出身の小説家が彼氏か。宇美野くんが相互にいるし、君のファンか何かが拗らせてる? 作家は大変ですなあ
冬木 < 秋さん掘るの早いよw川崎生まれのハーフかー。自撮りはあげてないんだな
宇美野 > ぐえーっ!?
全身から変な汗が噴き出てきた。とりあえず悲鳴を送る。
え。うそでしょ? バカじゃないの? 莉子だこれ。
冬木 < これ、宇美野くんの彼女だったらめっちゃウケるなw
宇美野 > なんでこんなことに……
俺のメッセージの横にすぐ既読の文字が付く。
数秒も経たずにスッと下からメッセージが現れる。
冬木 < ま?
秋山 < 週末、いつもの店で岩牡蠣出すらしいんだけど、予約なら今取るが?
秋山先輩が迅速な飯テロ写真を投下する。いや、それどころじゃない。
おいしそうだけどさ。なんなのその分厚くて角が立ってるお刺身。
冬木 < いきまーーーーーーーす
宇美野 > ぐええ……なぜ……なぜ……
呻くことしか出来ないよ。なんで俺の彼女とそのフォロワーがいきなり先輩をめちゃくちゃディスってるの……。ええ……。いや、この前飲みに行った帰りもちょっと不機嫌だったけどさあ。
ええー。もうやだー
秋山 < 予約取った。17時集合ね
秋山先輩の迅速な予約のお陰で、俺は翌日に急遽飲み会をすることになった。よかった。明日が休みで。貴重な土曜日がこんな最悪な形で終わって、明日飲み会かー。やけ酒して月曜日仕事休んじゃおっかなー。休まないけどさあ。
やってられない。どうしようこの気持ち。
「うあーーーーー」
寝転びながらSNSを開いた。
この前の飲み会の時に相互になった夜さんが「メンヘラは野生動物だから言葉なんて通じないし、奴らはすぐに嘘をつくぞ」なんて怨念をツイートしてるのが目に入る。
癒やされるーと思ってイイネを押す。
「今日はいろいろありすぎて疲れた……っと」
それだけ投稿すると、すぐにいいねが3つ付いた。
美少女アイコンの花咲ミキ@パイパンパレードというトンチキな名前のアカウントは冬木先輩のものだ。
これをまじもんの女だと思うのはさ……いくら高校の偏差値が37だったって話しててもバカとかそういう問題じゃないじゃん。
秋山先輩のアカウントと、夜さんのアカウントもいいね欄に並んでいる。
『お疲れ様ですー』
今はそのねぎらいの言葉がうれしい。夜さん優しいな。秋山先輩とか冬木先輩みたいにかっこいい大人の男なんだろうなー。
俺は夜さんに「ありがとうございます! 労ってもらえるのすごいうれしいですよ」とすぐにリプを返した。
何度かやりとりをして、少し気が晴れた俺はそのままベッドへ寝転んだ。
寝ようかなーと思っていたところで、再びスマホがブルブルと震える。
莉子と名前が出ている。今日は無視をして寝ることにした。
今、通話してもメッセージを送っても怒ってしまいそうだ。何でもかんでも怒るのはよくないってわかってる。
今日はデートをしたら、プロット進めようと思ってたんだけどな。めちゃくちゃだよ。どうしてくれるんだよ。
半ば八つ当たりのような気もする。でも、それくらい許されると思うんだ。
スマホの上に枕を被せて、俺はそのまま部屋の明かりを消して目を閉じた。
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