Feel so Alive
小紫-こむらさきー
STEP 1:恋人に乾杯
「おー久し振りじゃーん」
クソダサバンTを颯爽と着こなしている冬木先輩が手をあげている。待ち合わせ場所に到着してまもなく、Tシャツにジーンズというラフな格好をした秋山先輩も合流していつもの飲み屋へと向かう。
社会人になってからも、大学時代の先輩達とはたまに飲んでいる。
本業が上手くいかないとか、兼業でしている作家業でプロットや企画がなかなか通らないみたいな愚痴も気軽に話せる人が居るのはとても恵まれていることだと思う。
いつもは愚痴ばかりの俺でも、今日は先輩達に報告があった。
先輩達に女の子のお世話になるのは惨めすぎる……と助け船を断り続けて数年。街コンで轟沈し、それからがんばって趣味のゲームをしていたら運命の人と出会ってしまった。
実は二人にはまだ内緒なんだけど、実は俺には今彼女がいる。
俺より7歳下の18歳。ちょっと犯罪感が漂うけど、若いから好きなわけじゃない。
ダイヤの原石みたいな彼女を、俺が人生の先輩として支えて育ててあげて一緒に人生を歩んでいきたい。そう思ってるんだ。
「あ。
は? 勘付くのが早すぎる。
露骨に目を泳がせると、秋山先輩が、俺を頭から足先まで品定めするみたいに視線を動かす。
「服の趣味が若干良くなった」
「あー! ほんとだ。なんかちょっと若め? っていうの? 確かに垢抜けたね」
「ば、バレちゃいました? せっかく飲み会で言おうと思ったのになー」
ここは下手にとぼけるよりも白状した方がいいやつだ! どうせ店に着いたら惚気ようと思ったんだし。
少し悔しく思いながら、店に着くまでの道のりで彼女が出来たことを白状した。
秋山先輩はもう3年付き合ってる彼女がいるし、冬木先輩も8年付き合ってる彼女がいるので、二人とも俺に彼女が出来たことを心の底から喜んでくれているみたいだった。
非モテの同期たちとは大違いだ。こういうところですよ。大人の包容力!
「ちょっと家庭の事情とかが複雑なので、色々大変なことはあるんですけどね。お二人が前に言っていたこととか活かして躾しながら仲良くやっていこうと思うんですよね」
「……家庭の事情?」
店の扉を開く秋山先輩の手が一瞬止まった。俺の顔を一度黙って見て、それから思い直したように前を向くと何事も無かったみたいに店へ入っていくので俺もそれに続く。
「えーー? 彼女見せてよ。かわいい?」
「すごい可愛いんですよ。ほら、めちゃくちゃ可愛くないですか? ハーフなんですよね。ちょっとそういわれるのは嫌い見たいんですけど」
「「ハーフ……かあ」」
俺の左右を挟む形で座った秋山先輩と冬木先輩がスマホを覗き込んで、同時に声を上げる。
そんなにハーフなんて珍しくないと思ったけど、そうでもないのかな。
「いや、まあとにかく宇美野くんに彼女が出来たのはおめでたいよ」
「いえーい! 乾杯しよー」
ビールのジョッキをぶつけ合う。先輩達の包容力。
時々来る彼女のLINEを見せて、彼女のかわいさについてのろけてしまっても、先輩達は嫌な顔をせずに聞いてくれる。
いや、多分半分くらい聞き流してるね? いや、いいんだけどさ!
同期に話しても「リア充爆発しろ」とか「裏切り者」としか言われないから、それを言われないだけでも十分最高。
「宇美野くんさー、この子フォローしておいてくんない?」
彼女が来てからラッキー続きで楽しいけど、そんな彼女もちょっと泣いたりするし、家事が壊滅的に出来ないという話をしていたときのことだった。
話を遮るように見せてきたのは、真っ青な蛇をアイコンにしたアカウントだった。
首を傾げていると、秋山先輩が画面を覗き込んで納得をしたように頷く。
「ああー。その人おもしろいよね。いいと思うよ」
「やべーメンヘラ女への怨念ツイが面白い人なんだよね。親と絶縁してるらしいし、そういう話が必要になったときになにか聞けると思うよ」
やべーメンヘラ女なんて俺には縁が無い話ですよ。彼女も今こそ少しだけ不安定だけど、結婚とか本格的に同棲をしたらきっと落ち着くし、才能はあるんですって!そう弁解しようとしたときにフッと秋山先輩が笑いながら先に言葉を挟んできた。
「まぁ、御家庭ともめ事があるなら結婚をするときに絶縁した方がいいとかもあるわけじゃん? 損はないと思うよ」
「あ、秋山先輩~」
完全に8割方話を聞き流されていると思ったけど、こういうことをちゃんと聞いていてくれるのは本当にすごい。
メンヘラ女に縁は無くても、毒親とか虐待をする親とは対峙しないといけないときは来るのかもしれない。
俺は、冬木先輩と秋山先輩から勧められた蛇アイコンの人を即フォローした。すぐにフォロバが返ってきたので「はや!?」と呟くと、冬木先輩が肩を揺らして笑った。
「夜ちゃん、この前オフ会したときに宇美野のこと話してたら気になるって言ってたからさー」
「……冬木?」
「ちがいまーす! 手は出してないでーす。流石に俺のお下がりを彼女出来たての宇美野くんに宛がうほど鬼畜じゃないよー」
「冬木先輩ー」
「はいはい、いいから呑もうね」
このときの俺は、まだわかっていなかった。
秋山先輩と冬木先輩が何で対メンヘラ兵器みたいなアカウントを俺に紹介してきたのかを。
そして、二人の先輩が何を察していたのかも。
美味しい岩牡蠣やタコのカルパッチョ、猪の生ハムなんかをバンバンSNSに投稿して、美味しいお酒も久し振りにたくさん飲んで、まさに幸せの絶頂! って感じだったし、このまま彼女と数年後には結婚するつもりでいたんだ。
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