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「大変な目に会いましたね……」


 気絶したミランダとリリアナを肩に担ぎ去っていくフランチェスカを見ているとサリエラがそう言ってきた。もちろん同意しながら頷く。

 何せフランチェスカはあの後ミランダとリリアナが気を失うまで何度も虫避けスプレーを使い、近くにいた俺達まで被害を受けたからだ。

 まあ、だからといってフランチェスカを責めることはできない。二人に対して相当ストレスが溜まっているのは先ほどの件で理解したから。

要はあのタイミングで渡した俺のミスだったのだ。

 そのことを反省しながら店を後にしているとサリエラが声をかけてきた。


「これからどうします?」

「冒険者ギルドに呼ばれている。どうやら補給物資を運ぶ馬車を狙っていた賊の足取りか掴めたらしくてな」

「ああ、あれですか……。やり方が酷いですよね」


 サリエラは賊の件を知っていたらしく顔を顰める。しかし、すぐに首を傾げた。


「でも、どうしてキリクさんが呼ばれているのですか?」

「それは手伝いで参加するからだ」

「……キリクさん」

「無茶はしないさ。お前にも声をかけようと思っていたからな」

「えっ、そうなんですか⁉︎  それなら早く言って下さいよ」


 途端に笑顔で俺の服の裾を掴んで揺すってくる。正直、裾が伸びるのでやめて欲しかったがサリエラの表情を見ているうちに今回は黙って話を続けることにした。


「……一応、気を使って凱旋パレード後に声をかけるつもりだった」

「そんな事しなくても、私とキリクさんの仲なんですから気にしないで下さい」

「……そうか。悪かったな」


 パーティーではないのに手伝わせることに内心悪いと思っていたため安堵していると、なぜかサリエラが俺の腕を掴み激しく振ってきた。


「もう、もう、もう! そうやって不意打ちはずるいです! 全部許しちゃいそうになっちゃうじゃないですか!」

「別に普通に謝ってるだけだと思うんだがな……」


 手を振り解きながらそう言うとサリエラが顔を覗きこんでくる。


「前はもっと無表情でツンツンしてましたよ。今は謝ったりしてる時の顔が……もう!」


 そして嬉しそうに腕にしがみついてきた。おかげで近くにいた通行人から睨まれ別の通行人には舌打ちまでされてしまった。


「やれやれ」


 俺は溜め息を吐いているとサリエラが舌打ちした通行人の背中を睨む。


「何なんですかねあの人?」

「さあな……」


 知っていたがそう答え足早に歩き出す。他にも視線を感じたからだ。

 きっと俺みたいなのがサリエラといるのが気に入らないのだろう。


 だが仕方ない。


 先ほどからサリエラを引き剥がす努力はしていた。けれども離れてくれない。だから諦めたのだ。

 だが、これについてはもう少し頑張れば良かったと向かった先の冒険者ギルドに行って後悔した。早速、嫌味を言われたからだ。


「あんたがキリク? 弱そうな面して昼間っから女連れとは良いご身分じゃない」


 冒険者ギルドの個室に通されるなり目つきの悪い老女が睨んできた。もちろん文句は言わない。勇者時代によく顔を合わせていたギルド長の一人で話せばわかる人物だったから。

 だから少しだけ距離を置いたサリエラを指差し説明したのだ。


「……サリエラは今回参加してくれるメンバーだ。勘違いしないで欲しい」

「ちっ、それなら早く言いな」


 ギルド長はそう言うと面倒臭そうに紙の束を雑に投げてくる。俺はすぐに目を通しその行動に理解する。そしてギルド長に同情の目を向けた。


「アジトがこんなにあるのか」

「村ごと全部というのもありますね……」


 俺とサリエラの言葉にギルド長はソファにのけ反る。


「東側と南側に合計五十ヶ所以上。しかもただの賊じゃない。盗み、暗殺、密輸、人身売買など悪い事の全てをやってる穢れた血縁者っていう犯罪組織だ」

「穢れた血縁者……」


 サリエラは俺を見てくるため首を横に振る。するとギルド長が足を組み言ってきた。


「最近わかった組織だからほとんどの連中には知られていない。上手く隠れてた方だね」

「そうか。で、どのタイミングで動く?」

「凱旋パレード後に東側の二十ヶ所を全部潰す」


 ギルド長はこともなげにそう言う。しかし俺は腕を組み考えてしまった。ある考えが浮かんだからだ。

 こんな大きな組織だと貴族も関わっているんじゃないかと。するとギルド長はわかっているとばかりに笑みを浮かべた。


「貴族もお偉い連中も全て粛正対象だから大丈夫だよ」

「各国のお墨付きか……」

「まあ、そういうところだね。だから凱旋パレード後はすぐに動いてもらうよ」


 そう言うとギルド長はさっさと部屋を出ていった。きっと俺達と同じように呼ばれていた冒険者に同じことをするのだろう。

 俺達は立ち上がる。この部屋もすぐに説明するために使われるだろうから。だから言われる前に出たのだ。

 まあ、それに勇者パーティーと飲む約束をしていたのもある。だから彼らより先に着けるよう早く向かった。まあ遅かったみたいだが。酒場の入り口でミナスティリアが睨んでたからだ。


「遅いわよ」

「悪かった。ギルド長の話を聞いていたんだ」


 するとミナスティリアは不憫そうな表情に変わる。


「あのお婆ちゃん、今回の魔王討伐で引退する予定だったけど例の件で延びたらしいわ」

「そうか……」


 俺は孫の絵をよく見ていたギルド長を思いながら同情していると、ミナスティリアが俺の手を握ってきた。


「まあ、そんなことよりも二階に個室を取ってるから行きましょう」


 そして引っ張りながら歩き始めたのだ。俺はそんなミナスティリアを見て頬が緩む。昔を思い出したからだ。

 しょっちゅう何かしら理由をつけては手を握ってくる幼い姿を。


 だが、今はもう立派な勇者様か。


 俺は感慨深げにミナスティリアの背中を見つめる。だがすぐに大きく息を吐いた。ファルネリアが酒場の二階の窓から飛び降りミナスティリアの手首に手刀を落としたからだ。


「痛っ! 何するのよ!」


 当然のようにミナスティリアは抗議するがファルネリアは俺の手を指差すと途端にバツが悪い表情に変わる。


「ち、違うわよ。私は二階に案内する為に迷わない様にしたのよ」

「ふーん、そういうことなら私がするからいいわよ」


 ファルネリアは俺の手を握る。しかし何故か案内を始めず両手で握り、手を揉み始めたのだ。


「……これが、アレ……キリクの手ね。想像してたより細くて綺麗。もっと側で……」


 しかし、顔を近づけたところでミナスティリアに引き剥がされる。


「あなたは何をやっているのかしらね?」

「私は出遅れたんだから良いでしょ!」

「だからってにぎにぎはずるい!」

「うるさいわよ!」


 二人は酒場の入り口で騒ぎだすため仕方なく間に入ろうとしたらサリエラが腕を掴んでくる。


「多分、ファルネリアさんが飛び降りてきた部屋でしょうから私達は先に行きましょう」

「だが、二人は?」

「キリクさんのお身体の方が心配です。今日は動きっぱなしでお疲れでしょう。早く行って座りましょう」


 そう言って半ば強引に俺を引っ張ったのだ。するとミナスティリアとファルネリアが争いを止めて呆然と見つめてくる。

 そして溜め息を吐くと互いを支え合い無言で後ろをついてきたのだ。要は騒ぐのをやめたということだろう。

 心配のなくなった俺は二人のことは気にせず階段を上がる。すぐにサジが笑顔で出迎えてくれた。


「キリクさん、サリエラさん、お待ちしてました。どうぞ好きな場所に座って下さい」


 そう言われサリエラと隣同士で座る。するとミナスティリアとファルネリアがこちらをジッと見る。そして、二人して突然背を向けた後、すぐに二本指をたてたファルネリアが俺の隣に座り悔しげに自分の手の平を見つめたミナスティリアがサリエラの隣りに座ったのだ。

 もちろん面倒なので何も聞かない。サジもそうらしく気づかないフリをしてエールの入った木のマグカップを持ち上げだ。


「では、皆さん飲みましょう」


 サジの言葉に俺達もマグカップを持ち上げる。そして軽く掲げると口をつけた。

 もちろん味はほとんどしない。だから栄養あるものだけを食べようと色々皿に乗せているとサリエラが興奮した様子で喋り始めたのだ。


「皆さんはこれで英雄譚の仲間入りじゃないですか! そうなると酒場で歌われるわけですよ! いったい、どんな感じの英雄譚になるんでしょうね⁉︎」


 サリエラの興奮した様子にミナスティリアは苦笑しながら答える。


「おそらく、誇張した感じになるわ。ちなみに進軍に参加した冒険者達、つまりサリエラも詩にきっと入るはずよ」

「えーー! 本当ですか⁉︎」

「そりゃそうよ。特にあなたは魔王と直接戦ったわけだからね」

「うー、恥ずかしいです……」


 サリエラは両手で顔を覆い頭を振る。それを見たミナスティリアは苦笑しながらサリエラの肩に手を置いた。


「もし嫌なら詩ができた時に申請許可が出るはずだから嫌ならゴネれば良いのよ。まあ、私達はゴネても絶対に出されるけど……」

「確かに、勇者パーティーの英雄譚を出さないってわけにはいきませんよね」

「まあね。けれど勇者アレスの英雄譚に並べるなんて幸せよ……」

「確かにそうですね。そうなると皆さんの単独の詩も出るかもしれませんね!」


 サリエラが楽しそうにそう言う。するとファルネリアが俺達を見回し笑みを浮かべる。それから勢いよく立ち上がると言ってきたのだ。


「私は既に最高の詩を作ったわ。魔導師の加護を持つ可憐で儚い獣人少女が魔王と戦って傷ついている時に、少女を愛する黒髪の男が助けにくる……」


 しかし離している最中、ミナスティリアが口を挟む。


「ふん、却下ね」

「なんでよ⁉︎  凄く素敵な詩になるわよ」


 ファルネリアは話を遮ってきたミナスティリアを睨みつける。しかし、ミナスティリアは首を横に振る。


「却下、却下、却下」

「ちょっと何が駄目なのよ⁉︎」

「可憐で儚いはまずないわ。女狐の妄想歌で良いんじゃないかしら。あっ、私上手い事言ったわ。とにかく人気なんか出ないで自分が傷つくだけだからやめておきなさい」

「くっ、自信あるわよ! みんな聞いてくれるわよね⁉︎」


 ファルネリアは周りを見回す。しかしサリエラ以外誰も目を合わせることはなかった。


「……しょんなあーー」


 ファルネリアは肩を落としテーブルに突っ伏する。その姿にサジは哀れみの表情を向けるがしばらくすると真面目な顔を向けてきた。


「……詩は詩人達に任せましょう。それより、今日集まったもう一つの目的を話しましょうか」


 サジがそう言うとミナスティリアが頷き、俺に顔を向けてくる。


「私達は凱旋パレードが終わり次第、南側に行くわ。ただ、魔王のいるダンジョンに潜るのがかなり難しくなりそうなのよ」

「ああ、聞いたぞ。上の連中が揉めているんだってな」

「そうなの。まあ、だけどそれだけじゃないのよね……」

「どういう事だ?」

「先程、進軍に参加した連中で話しあったんだけど、南側の魔王がいるダンジョンを攻略できるか聞いたら満場一致で無理だろうって。だから、南側にはすぐには向かわずしばらくは知識と力を付ける為に修行したりダンジョンに篭ることにしたの」

「良い事じゃないか。だが何故俺にそんな話しを?」

「物知りなあなたなら、私達や今度、進軍に参加するミランダ達にお勧め出来そうなダンジョンか力を付けれそうな場所を教えてくれると思ってね」

「なるほど……」


 俺は納得して腕を組む。確かに冒険者ギルドが知らないダンジョンの情報を俺はいくつも知っている。特に西側の情報はおそらく俺が一番知っているだろう。

 更には二つの勇者パーティーに合った狩場やダンジョン候補も。俺は早速、頭の中に浮かぶ場所を紙に書きミナスティリアに渡す。


「ありがとう。これで後は宝具辺りを手に入れられれば良いんだけど……」

「宝具か、確かにあるとないじゃ全然違うからな」

「ええ、だから創造神ガロンの祠もこの機会に探そうかと思ってるの」


 ミナスティリアが溜め息を吐きながらそう言うとサリエラが手を上げてくる。


「あの、私はダンジョンにちゃんと潜った事がないのでわからないのですが、創造神ガロンの祠ってなんですか? それに宝具は神々から送られるものじゃないんですか?」

「神々が送った宝具は勇者が使用するその二つのみ。本来の宝具はダンジョンに極稀に現れる創造神ガロンの祠に祈りを捧げて試練を受け、クリアすれば手に入るんだ」

「へっ、ダンジョンって魔神グレモスが作ってるんですよね?」

「ダンジョンを作ったのは魔神グレモスだが、創造神ガロンはダンジョンに干渉して色々と作ってしまったんだ。ちなみにダンジョンに宝箱が現れる様に細工したのは創造神ガロンだって言われてる。そして魔神グレモスはそれを何故か容認してるともな」

「なんかその話しを聞くと魔神グレモスのイメージが変わりますね……」


 サリエラがそう呟くとミナスティリアが肉にフォークを突き刺す


「それでも魔神グレモスは人々の敵であるのには変わらないわ」

「確かにそうですね……」

「まあ、そういうわけだからしばらく私達はダンジョンに土竜みたいに篭るわ」


 ミナスティリアは溜め息を吐いた後、エールをグッと飲み干す。

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