穢れた血縁者
81
東側の魔王が倒され一週間経った。その間、俺はオルリアの町に滞在して身体の不調がないか毎日診療所に通っていたのだが、今日も診療所から出るなりサリエラに腕を掴まれてしまった。
「キリクさん……」
不安気な表情を浮かべるサリエラに俺は呆れ顔を向ける。
「また今日もか。エリクサーのおかげでもう大丈夫だと言ったろう。気にしすぎだ」
「でも……」
「退院して三日経ってる。そしてもう来なくていいと言われた」
するとサリエラは頬を膨らまし睨んでくる。
「もう、私がどれだけ心配してると思ってるんですか。言うことありますよね?」
「……心配かけて悪かった」
素直に謝るとサリエラは頬を赤らめ上目遣いに見てくる。
「うう。そうやって素直に謝るのはずるいですよ……」
そして俺を軽く叩いてきたのだ。しかも何度も。だから俺はサリエラのおでこを指で軽く弾いた。すぐにサリエラはおでこを抑える。
「痛っ、何するんですか⁉︎ もう謝って下さいよ」
しかし、俺は謝ることはせず再び呆れ顔を向ける。何せこのやり取りを何回もやっているからだ。
だが、サリエラは悪びれもしない。それどころか近づき言ってきたのだ。
「だって、キリクさんが素直に謝る光景なんて滅多に見れないじゃないですか。だから毎日見たかったんですよ」
「……やれやれ」
俺は溜め息を吐くと黙って歩き出す。そして近づくなと手を軽く振った。途端にサリエラは作り笑いを浮かべ腕にしがみついてくる。
「も、もうやりませんよ」
もちろん、信用していない俺は肩をすくめると今度はサリエラは頬を膨らませてきた。
「本当ですよ。それに今日はお聞きしたいことがあって。二日後の凱旋パレードに出ないとか……。どうしてですか?」
「それは俺が魔王討伐メンバーに入ってないからな」
真面目な質問だったのでそう答えるとサリエラは驚いた顔を向けてくる。
「えっ、どういうことですか⁉︎」
「今回、俺が受けた依頼は内密に処理される事になった。だから俺はあの場所にいない事になっている」
「そんな……」
「当たり前だろう。不死の住人に虫の魔物を操るわけのわからない存在なんて不安を掻き立てるしかない。人々が聞きたいのは東側が平和になったという宣言と魔王を倒したという完全なる勝利だからな」
「でもそれじゃあキリクさんが……」
サリエラは涙目になり俯く。俺は仕方なく収納鞄から沢山の金が入った袋を見せた。
「今回、レオスハルト王国からかなりの報酬をもらって武器や防具を新調する事もできた。名声より金の俺にとっては凱旋パレードに出なくても十分なんだよ」
「……そうですか。キリクさんが満足と言うなら私はそれ以上は何も言いません。ちなみにこれからどうするのですか?」
「凱旋パレードが終わって一週間後にレオスハルト王国の国王に呼ばれている。何やら俺にしかできない依頼があるらしい」
「そうなのですか。じゃあ、私もその依頼についていって大丈夫ですか?」
「依頼内容次第だが、サリエラは大丈夫なのか? 勇者パーティーや高ランク冒険者は南側に移動するみたいじゃないか」
何せ勇者パーティーや高ランク冒険者は南側に移動するのだ。次に待つ南側の魔王を討伐するために。もちろんその中には魔王討伐の功労者の一人であるサリエラも入っている。
しかも、そのメンバーとは本来なら一緒にいるはずなのだ。なのに本人は毎日ニコニコしながら俺の側を離れようとしない。正直大丈夫なのかと心配になっているとサリエラが周りを気にしながら顔を寄せてきた。
「私はまだキリクさんに色々と教えてもらいますから。不死の領域の言葉とか、失われた世界、旧ロゼリア文明に関してとかです」
「……誰に聞いた?」
「オルトスさんとグラドラスさんです。それとキリクさんの手綱を握るようにお願いもされちゃいましたから責任重大ですね!」
サリエラはそう言うと笑顔で俺の腕を掴む。更には腕を絡めて顔と胸を押し付けてきた。おかげで周りにいた連中から激しい嫉妬と怒りの目で睨まれる。
しかも、身の危険まで感じたのだ。だから俺はサリエラに声をかける。
「少し場所を変えよう……」
そして近くにある軽食が取れる店に向かって歩きだしたのだ。もちろん逃げるだけではない。だから席につくとすぐにサリエラに説明した。
「先程の話しだが、サリエラもわかってる様に人前ではあまり話せない。だから、その内教える」
「わかりました。じゃあ今日は楽しい話をしましょうね」
「そうだな……」
俺は渋々頷きながらケーキを一口食べる。そして心の中で大きく息を吐いた。思っていた通り味がいっさいしなかったから。要は北の魔王の呪いは今だに顕在だと理解したからだ。
やれやれ。
俺はフォークを置くとグラドラスとの会話を思い出す。エリクサーを飲んで日常生活や戦闘などは前みたいにできるが、完全に治ったわけではない。北の魔王の呪いは今だに顕在で日々俺の命を削っている状態であると。
つまりいつ死んでもおかしくない状況らしい。
だが、グラドラスにはそれを回避する策があるらしく現在はその策を調べるため動き回っている。なぜかオルトスを引き連れてだ。
まさに不安でしかないな。
俺は髭面ドワーフを思い出しそう思っていると店の中にミランダ、フランチェスカ、リリアナが騒ぎながら入って来た。
「ここのケーキがあ……あーー! キリクだ!」
ミランダは俺を指差しながら駆け寄ってくる。そして匂いを嗅ぎ始めようとした。だが、鼻を近づける前にフランチェスカが素早く首根っこを掴み引き離す。
「こら! またあなたはそんな事をして。淑女はそんなことはしてはいけませんわ」
「ミランダは淑女とは無縁。変態まっしぐら」
「あたしは変態じゃないよ! 勇者ミランダだよ」
「頭に変態が付く。つまり変態ミランダ」
「勇者を抜かないでよリリアナ!」
ミランダは首根っこを掴まれながらリリアナを睨む。しかし、リリアナはそんなミランダを無視し、俺の近くに座り勝手に俺のケーキを食べ始めた。
するとミランダもフランチェスカから逃れると俺の隣に来て勝手に俺の紅茶を飲み始めてしまったのだ。
そのマイペースさに内心変わっていないなと苦笑しながら俺は口を開く。
「おい、何やっている?」
「良いじゃん、皆でわいわいやろうよ。ねえ、リリアナ」
しかしリリアナは首を横に振る。
「私はわいわいしない。むしろ静かにキリクと話したい。旧ロゼリア文明の話しを……」
そして、一定の範囲の声を外にもらさない魔導具を置いたのだ。俺はサリエラに顔を向ける。どうせなら今、旧ロゼリア文明の話をした方が都合が良いと思ったからだ。
だが、サリエラは今の話を聞いていなかったらしくミランダの方に顔を向けていた。もちろんミランダはそれに気づいておらず、定期的に俺の匂いを嗅ごうとしてはフランチェスカに頭を叩かれていた。
だが、流石にしばらくするとミランダは視線に気づいたらしくサリエラに顔を向ける。
「何?」
するとサリエラは意を決した表情を浮かべ口を開く。
「……勇者様は南側に行ったらどうされるのですか?」
サリエラの真剣な様子にミランダも真面目な表情で答える。
「とりあえずは迷宮都市ラビリントスに潜る予定。ただ……もしかしたら進軍できないかもしれないんだって」
「えっ、どうしてですか?」
サリエラが驚いて聞き返すと、ミランダの代わりにフランチェスカが答えてきた。
「南側の領土を治める人物が渋ってるのです。魔王ラビリンスを倒したらダンジョンで得られる収入がなくなる。それに南の魔王は私達と敵対してるわけじゃないので討伐する必要はないのではと」
「でもダンジョンコアさえ壊さなければ大丈夫なのでは?」
「絶対、破壊しませんとは約束できませんから。それに他にも問題があるのですよ」
「他の問題ですか?」
「迷宮都市は今だに半分の階層も攻略されていません。それに魔王四体を倒した後のリスクもありますから」
「何がおこるかわからないと……」
「そうです。もしかしたらその上にいる存在が動く可能性もあるわけですわ」
「魔神グレモスですか……」
サリエラの言葉にフランチェスカは頷く。
「だから、南の魔王は放置した方が良いと考える方々もいらっしゃるんです」
「確かにその考えもあながち間違いではないですね。でも何かはしないと……」
するとケーキを食べていたリリアナがフォークを置き顔を向けてきた。
「放置はしない。それは問題があり過ぎる。あなたならわかるでしょう。研究狂いのノリス爺を唸らせた男、キリク」
リリアナはジッと見つめてくる。その目には俺が書いた報告書以上の事を話せと言っていた。俺は内心苦笑しながら口を開く。
「……賢者様は何が知りたい?」
「まるっと全て。最初は魔王の目的。キリクの考えで良いから聞きたい」
「報告書に書いた通り、中央に向かっている事しかわからない。ただ、目的を聞く方法はある」
「南の魔王に聞く」
「当たりだ」
「次に虫の魔物を生み出して操る存在ヨトスに関して。本当に神々?」
「精霊の言葉を話し虫系の魔物を生み出したのは確かだ。だが、勇者ではなくオルトス一人で追いつめれるぐらいの強さしかない奴を神々かと言われるとな……」
「じゃあ、キリクは違うと思っている?」
「正直わからないが本来、神々はこの世界に干渉できないわけだろう。なら、奴は神ではないはずだ……」
「でも、不死の住人は神々と言っていた」
「まあ、そこで考えたんだが、もしかしたらあの二足歩行の虫にヨトスという神が憑依していたらとな……」
俺がケーキの中に入った果物を指差すとリリアナは納得した表情を浮かべる。
「なるほど、抜け道ってこと……」
「ああ、一部のみならできるんじゃないかと……。何せ神々の眷属がこの大陸に顕現できるわけだからな」
「なるほど。では、次に現れたら必ず捕まえて調べる」
「調べるには居場所を見つけないとな。検討はついてるのか?」
「南側に向かった形跡あり。魔王ラビリンスに会いにいくつもりなら好都合」
「だから放置できないか」
「そう、そして最後に失われた世界、旧ロゼリア文明。あると思う?」
「……俺はあると思ってるぞ」
「じゃあ、神々の話しは嘘?」
「いや、本当の部分もあるだろう」
「嘘を混ぜてる?」
「そう考えている」
「ふむ、わかった」
リリアナは頷くと再びケーキを食べ出す。要は話しは終わりという事だろう。
まあ、頭の中は目まぐるしく回転しているだろうが。俺の考えと自分の考えを照らし合わせるため。ミランダ達もそれがわかっているのか静かに見守る。
しばらくするとリリアナは俺の方を向き口を開いた。
「キリクと結婚する」
「はっ?」
リリアナの発言に俺達は全く同時に同じ言葉を発してしまう。それはそうだろう。全く脈絡がなかったからだ。
しかしリリアナは再び言ってくる。
「だから、キリクと結婚する」
「……何故、そういう答えになったのか意味がわからない」
俺がそう言うとサリエラも頷く。
「そ、そうですよ。キリクさんの魅力に気づかれるのは素晴らしいと思いますが、そんな大胆な発言は……でも、結婚かあ……ふふふ。わ、私も、一緒にき、き、き……やっぱりまだ言えないわ!」
サリエラは顔を両手で隠し身体をくねらせる。するとその様子を見たミランダが椅子から立ち上がり叫んだ。
「駄目! キリクはあたしが目を付けてたんだよ!」
そして唸りながらリリアナとサリエラを威嚇し始めたのだ。しかし、すぐフランチェスカが頭を引っ叩く。
「ミランダは黙ってなさい! それとリリアナ。あなたまでおかしくなったら勇者パーティーは崩壊よ。戻ってきなさい!」
「私は大丈夫。変態ミランダとは違って明確な理由がある。それはキリクと考えてるベクトルが一緒、つまりもう結婚するしかない」
「ああ、終わりましわ……」
フランチェスカは頭を抱え唸り出す。しかし、その様子を見てもリリアナは考えることをあらためず俺に抱きついてきた。
するとミランダも焦った顔で抱きついてくる。もちろん俺は二人を引き剥がす行動をとる。しかし、二人は全然離れようとせず更にはリリアナが変なことを言い始めたのだ。
「恥ずかしがり屋。でも、気にしなくて良い。何故ならここは個室」
「リリアナ、離れてよ! 匂いが混ざるでしょ!」
「キリクの匂い……くんくん、悪くない」
「ああっ、ずるい! あたしだって嗅ぎまくってやるう!」
リリアナとミランダは俺に鼻を押しつけてくる。正直、もう何を言っても無駄と理解した俺はポケットからスプレータイプの小瓶を取り出すと二人の鼻先に吹きかけた。
すぐにミランダとリリアナは飛び上がる。そして床に倒れて転げまわりはじめたのだ。
「くさああっーーーーい‼︎」
「人体に害はない虫避けの薬だから安心しろ」
俺が呆れながらそう説明すると、フランチェスカが鼻をつまみながら興味深々に小瓶を見つめてきた。
「……なるほど、次に二人が馬鹿な事をやったら、わたくしもこの手でいきますわ」
嬉しそうに呟くフランチェスカに俺は二人の事で苦労しているのだろうと思い、無言で使った虫避けスプレーを渡す。
すぐにフランチェスカは大喜びし何度も俺に感謝してくる。それから口角を上げると床を転がり続ける二人をじっと見つめるのだった。
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