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「くっ、トラップか……」


 俺は慌てて後ろに飛び退くが間に合わずにいくつかの攻撃を喰らってしまう。だが、なんとか体制を立て直すことに成功する。するとやり損ねたことが悔しかったのかバズールがギラついた目で睨んできた。

 俺はそんなバズールを冷静に見る。そしてゆっくりと口を開いた。


「……お前は誰だ?」

「誰だ? 誰だだと? 私はスノール王国の宰相バズールだ!」

「違うな……人は黒魔法は使えない。いつ入れ替わった?」


 俺が威圧しながらそう言うとバズールは一歩後ずさる。しかし、すぐに作り笑いを浮かべる。


「何を言っているかわからない。ついに加護無しアレスは頭までおかしくなったらしい」


 そしてノマットの方に顔を向けたのだ。俺はノマットに視線を向ける。だが、ノマットはバズールを疑う素振りも見せず小箱を撫でる。それから俺を睨み鼻を鳴らした。


「ふん、最初からだろう。勇者がまともだったらグドルフは死ななかった」


 俺は溜め息を吐く。もうまともに会話は通用しないと理解したからだ。だから思ったことを口にする。


「もう、まともな思考もできないようだな。後はブレドに任せて退位を勧めるよ」


 するとノマットは腹を抱えて笑い出した。


「はははっ! 笑わせるな! あいつはお前と一緒の役立たずで無能だよ」

「何を言っているのですか! 王太子殿下は優秀です!」


 今まで黙っていたブロードが叫ぶ。しかしノマットは首を横に振った。


「グドルフがいつも言っていた。自分の仕事を押し付けてくる、やったら自分の手柄にするとな!」

「それはグドルフ様の嘘です!」

「嘘ではない! 皆言っていたぞ! ブレドはグドルフの手柄を奪うだけの無能だってな」

「なっ、それは……」


 ブロードが説明しようとしたが俺は肩を掴み首を横に振る。ブロードは理解し項垂れた。


「ここまでとは……」

「周りを取り込んでいたんだろう。確かに優秀だなグドルフは。ただし一番王位には遠い存在だが」


 俺がそう言うとノマットは憎悪のこもった瞳を向けてくる。


「グドルフは一番王位に近い男だったんだ! なのにあの役立たずを!」

「……本気で言ってるのか?」


 俺が憐れみを込めそう尋ねるとノマットは遺灰の入った小箱を抱きしめ呟いた。


「息子は唯一人グドルフのみ」


 そして笑みを浮かべたのだ。背後でブロードが殺気を放つ。そして、いつの間にか倒した暗殺者を踏みつけ怒鳴り声を上げたのだ。


「貴様はそれでも人の親かああっ!」


 しかし、ブロードの叫びも届かずノマットはニヤついた笑みを浮かべる。


「この国の王であるワシに楯突くとはな。ブロード、貴様の家族も死罪にしてやる。全員串刺し刑だ」

「なんだと⁉︎」


 流石に家族の名を出されたブロードは怯んで後ろに下がってしまう。そんなブロードの肩を俺は叩く。


「安心しろ。ブレド達がそんな事はさせない。それに、そこの宰相の皮を被った奴を倒せばもしかしたら解決するかもしれない」

「アレス殿、どういう事ですか?」

「宰相は間違いなく人じゃない。何故なら黒魔法を使ってきたからな」

「では、国王も操られてるかもしれないと?」

「……それは無さそうだが」

「でも、やる価値はありますぞ!」


 ブロードはそう言うとバズールに向かって走り出す。バズールはすぐに腕を交差し魔法を唱えてきた。


「暗黒領域より我に闇の力を与えたまえ……ダーク・ファイア!」


 黒い炎がバズールの手から出る。それを見たブロードは怒りの形相で叫んだ。


「やはり貴様は別人かあ!」

「ふん、もう知ったところで遅いわ!」


 バズールは黒い炎をブロードに向かって放つ。しかし、ブロードは飛んでくる黒い炎を叩き斬りそのまま突っ込んでいく。

 正直、勝ちを確信したがどうやらトラップを張っていたらしい。バズールの側に来た直後、ブロードは見えないに弾かれてしまったのだ。


「まるで大きなボアじゃないか⁉︎ 頭が悪過ぎるぞ。はははっ!」


 バズールはバカ笑いする。だが、その表情はみるみる強張る。目の前に俺がいたからだ。


「な、何故そこに⁉︎」

「ブロードが壁と囮になってくれたんだ」


 そう答えながらバズールの脇腹に根本まで深く剣を差し込む。するとバズールの姿は魔族に変化していった。


「ぐっ……、魔王様の仇をもう少しで取れたのに……かくなれば我が命を使って!」


 魔族は懐から魔導具の様な物を出した。直後、嫌な予感がした俺は魔族を掴むと人がいない場所に投げる。だが、遅かったらしい。爆音と共に衝撃がきて俺は壁まで吹き飛んでしまう。

 しかも、壁に叩きつけられた後、当たりどころが悪かったらしく骨が折れる音と共に口から大量の血を吐いてしまったのだ。

 

「ごほごほっ……」


 俺が咳き込んでいるとブロードが駆け寄ってくる。


「アレス殿大丈夫ですか⁉︎」

「……あ、ああ。それよりお前は大丈夫か?」


 痛みを我慢しそう聞くとブロードは安堵した様子で答えてきた。


「アレス殿が壁になっていたのでこの通り」

「……そうか。国王の方は?」

「残念ですが笑みを浮かべながら護衛を連れこちらに向かって来ていますよ」

「やれやれ……」


 俺は戦うために痛みを我慢しながら立ちあがる。しかし、すぐに激痛で倒れた。どうやら骨が何本か折れ内臓に刺さっているようだった。

 ブロードが俺の肩に手を添える。


「無理はなさらず」

「しかしまだ数が……」


 向かってくる人数を見てそう言うとブロードは口角を上げた。


「最後まで足掻いてみます」


 そして、ノマットと護衛の元に向かっていったのだ。だが、やはり劣勢らしく徐々に押されていってしまう。しかも、その間にノマットがこちらにやってきてしまったのだ。


「無様だな。勇者アレスよ」


 恨みのこもった声で俺を見下ろす。俺はなんとか上半身を起こし口を開いた。


「国王……いや、愚王。今日でお前は終わりだ……」

「ふん、貴様を殺せればそれで良い!」


 ノマットはそう叫ぶと俺を蹴り上げてくる。普段ならたいしたことないが今の状態は衝撃がくるだけで十分だった。俺は痛みに顔を顰める。


「くっ……」

「無様だな。わしの蹴りだけでダメージが入っているではないか。ああ、今は加護がないのか。きっと魔王の呪いではなくグドルフを殺した罰だ。神々はしっかり見ていたんだよ。貴様の愚行をな!」


 そう叫ぶとノマットは何度も蹴りを入れてくる。だが痛みはもう感じなくなっていた。既に限界を超えていたからだろう。

 すると、俺の反応がつまらないのか疲れたからなのかノマットは蹴るのをやめ荒い呼吸をしながら喋ってきた。


「くそっ、まだ死なないか。こうなったら首を落としてやる。可愛いグドルフよ、わしの懐に避難しておくがいいぞ。今から汚いものを見せてしまうからな」


 ノマットは遺灰が入った小箱に話しかけると、俺が落とした剣を拾いフルプレートの首の隙間に刃先を無理矢理入れ始めてきた。

 俺は既に抵抗する力もなくなっていたのでそれをボーっと眺める。いや、本当はやっと楽になれると安堵していたのかもしれない。

 だが、そう思った直後、ノマットは悲鳴と共に吹っ飛んでいった。すぐに太々しい声が聞こえてくる。


「おい、生きてるか?」

「……その声はオルトスか」

「どうやらしぶとく生きてるらしいぞグラドラス」

「ふむ、どうやら間に合ったみたいだね。今、回復しよう。第六神層領域より我に聖なる力を与えたまえ……ハイ・ヒール」


 グラドラスが回復魔法をかけてくると一気に視界が開けて身体の感覚も戻ってくる。


「……助かった」

「不満そうだね」

「そんな事はない……。それより、終わったんだな……」


 俺は周りを見渡すと近くにノマットが顔を腫らしながら倒れており、護衛も離れた場所で積み重なり倒れていた。


「アレス殿、大丈夫でしたか⁉︎」


 傷だらけのブロードが頬を派手に腫らしたブレドに肩を掴まれながらこちらに歩いてくる。どうやら、ここに来る前にブレドは一波乱あったらしい。俺は苦笑しながら頷く。


「何とかな。それよりブレド」

「すまないアレス!」


 ブレドが頭を深く下げてくるとその近くでオルトスとグラドラスが冷ややかな視線を向ける。


「すまないですむかバカ王子。責任とってこの国を滅ぼせ」

「オルトスにしては良い案だね。恩を仇で返す王国なんていらないと僕も思うよ」

「そ、それだけは頼むから勘弁してくれ‼︎」

「王太子殿下、今回の件はあまりにもアレス殿に対して酷い仕打ちです。我らには何も言えませぬ……」

「おいおい、部下は誰かさんと違って良く理解してるらしいな」

「そうみたいだね。なら、早速、僕の考えたエクスプロージョン改を超える新魔法をお披露目しようか」


 冗談ではなく本気でやりそうな表情を二人は浮かべる。だから仕方なく俺は口を開いた。


「……二人ともそれくらいにしてやれ」

「おいおい、甘ちゃん元勇者様がまたなんか言ってるぜ」

「アレス、流石に君の言葉でも聞けないね」

「……だが、今回の件はスノール王国じゃなく魔族の怨恨とそこに倒れてる愚王個人の所為で起きたんだ。その証拠にスノール王国の騎士団長であるブロードは命を賭けて俺を守ろうとしてくれた。やるなら今回の件に関わった連中だけにしろ」

「ふむ、ちなみに簡単な罰で終わらせる気はないよね?」

「ああ、もちろんだ」


 俺はグラドラスに頷いた後、ブレドを見る。

 すると覚悟を決めた表情でブレドは喋りだした。


「アレス、今回の事を国民に公表し、父上はその時に処刑する。それで良いか?」

「いや、ここで斬れ。今回の件は俺達だけで済ませる。そしてブレド。お前は覚悟を決めて国王として頑張れ」

「アレス……」

「相変わらず君は甘いね……」

「用は黙っててやるから金寄越せって事だな!」

「まあ、それも含む。とにかくそれで手打ちにしよう」

「本当にすまない」


 ブレドはすまなさそうに再び頭を下げる。だがオルトスとグラドラスは既に別のことを考えていたようで視界に入れていなかった。しかも、オルトスは倒れたノマットから指輪を抜きとりグラドラスは倒れた暗殺者をニヤニヤと見始めたのだ。

 俺は溜め息を吐くと口を開いた。


「何をしているんだお前達……」

「これを売って美味い酒を飲みに行こうかと。そんなこともわかんねえのかよ?」

「久しぶりに悪人を使って実験しようかと。何か?」


 二人はニヤついた顔で聞いてくるため俺は黙って床に寝転ぶ。どっと疲れが出てきたからだ。だが、ある人物は俺をほっといてくれなかった。


「これが終わったら少し話したい。ちょっと良い案が浮かんだんだよ」


 真顔でグラドラスが声をかけてくるため俺は不安を覚えながら返事をする。


「ろくな事じゃないだろう……」

「いや、自信があるよ」


 グラドラスは眼鏡を軽く持ち上げてくる。もちろん更に不安を覚えたが仕方なく頷く。するとグラドラスは口角を上げた。


「必ず満足するよ。きっとね」


 そう言い不敵に笑うのだった。



 その後、スノール王国では内密に大規模な粛清が行われた。もちろん今回の件に加担した連中である。

 そして全てが済むとブレドが新たなスノール王国の国王となった。


「で、話とは?」


 三人に呼ばれ城の応接間に行くとグラドラスが俺を指差す。


「アレス、君に関してだ」

「俺に関して?」

「死にたがりの君の願いを叶えて勇者アレスは死んだ事にしようと思うんだ」

「……どういう事だ?」

「正直、君は沢山の人々に崇拝されているが恨まれ過ぎてもいるからね。力も加護もないんじゃこれからも危ないだろう」

「なるほど。それで俺を死んだ事にするか。それで俺はどうすればいい? 幽霊にでもなるか?」

「それも面白そうだが、別人として生きてかないか?」

「別人……か」


 グラドラスに言われ俺は少し別人として生きている俺を想像してみる。直後あいつの言葉が頭に久しぶりに響いた。


 別人として冒険者になりいつか世界を見るか……


「……悪くないな」

「よし、なら決まりだ。早速、髪や目の色に関しては僕が魔法で変えるよ」

「私は出生証明や手続き関係をするぞ」

「俺は鍛治師の弟を紹介してやる。そこで装備を整えろよ。いつまでも面隠してるのも疲れんだろう」


 三人はそれからも色々と俺に提案してくる。  

 そんな三人を見て俺は頬が緩む。


 まあ、悪くない三十年でもあったんだな……


 そう思いながら俺はしばらく三人の提案を聞き続ける。そして、しばらく経った後、勇者アレスは死に一人の冒険者キリクが生まれたのだった。

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