79


 スノール王国の王都に到着するとすぐに騎士団長のブロードが出迎えてくれた。

 

「よく来られましたアレス殿!」


 騎士団長というより山賊の親分に見えるブロードは大柄な身体を揺らし駆け寄ってくる。そして俺の背中を何度も叩いてきた。正直、痛すぎたが何か言うとひたすら謝り続けてくるという面倒臭い状態になるので俺は我慢して頷く。


「……ああ、それよりブレドはどうした?」

「王太子殿下は何やら、内政処理に呼ばれたらしく依頼内容を聞いた後に合流するそうですぞ」

「……そうか」


 思わず舌打ちしそうになりかける。すると、ブロードがわかっているとばかりに自分の胸を叩いてきた。


「なあに、もし馬鹿な連中が何かしてきてもこのブロードが蹴散らしてやりますよ」


 そして笑みを浮かべたのだ。俺はそんなブロードの肩を叩くと足早に歩き出した。まあ、ブロードのことは信用しているがさっさと仕事を終わらせて帰りたかったからだ。

 だが、城内に入るなり俺は足を止めた。別に途中で引き返したくなったわけではない。向こうから元王宮魔術師であり現在ブレドの妻であるステラが扇子を扇ぎながら歩いてくるのが見えたからだ。

 俺は軽く手を上げる。もちろんステラはブロードと同じく信用できる人物であるため親しみを込めている。ステラもそれがわかっているため優雅に挨拶してきた。


「ごきげんようアレス様」


 一瞬、俺も形式的な挨拶をしそうになるが何とか抑えて口を開く。


「久しぶりだな。元気だったか?」

「ええ、凄く元気ですわ。嫌がらせもほとんどなくなりましたしね」

「そうなのか?」


 ここの状況を知っているため驚いているとステラは笑みを浮かべ頷いた。


「はい、グドルフ様が亡くなってからは馬鹿な貴族も静かになりましたからね。環境も良くなってきたのでそろそろ息子達二人にも帰ってきてもらおうと」

「確か中央に行ってるんだったな……」

「ええ、昨日も手紙が来て元気にやってると書いてありましたよ」

「そうか……」


 俺は頷きながらある人達の事を思い浮かべてしまう。元気にしているだろうかと。するとステラが首を傾げてきた。


「あの、どうかされましたか?」


 俺はすぐに首を横に振る。


「……なんでもない。帰ってきたらぜひ俺も顔を見たいから呼んでくれ」

「もちろんですわ。ところでうちの馬鹿夫は一緒ではないのですか?」


 ステラは扇子を音をたて閉じる。すぐに後ろで静かにしていたブロードが飛び出し直立不動で答えた。


「それが内政で……」

「はっ? 大切なお客様が来てるのですよ。しかもこのスノール王国を命をかけて救った英雄であるアレス様をないがしろにして、馬鹿連中に押し付けられた雑務を優先してるのですか?」


 ステラが捲し立てるようにそう聞くとブロードは冷や汗を垂らしながら答えた。


「た、確かに酷いですな。このブロード一言物申してきます‼︎」


 そして、走り出そうとしたのだ。しかしステラの扇子を開く音にビクッとなり動きを止める。そしてステラに顔を向けた。


「な、何か?」

「私が行きます。あなたはしっかりとアレス様の護衛をしなさい」


 するとブロードはハッとして敬礼をとる。


「はっ、このブロード、命にかえても!」


 しかしステラはブロードを見もせずに俺に微笑んできた。


「申し訳ありませんね」

「いや、大丈夫だ……」


 そう返事するとステラは優雅にお辞儀をして横を通り抜けていく。その際、小声で俺に囁いてきた。国王には気をつけてと。

 俺は大きく溜め息を吐いた。何せその人物とこれから会うからだ。


「やれやれ、厄介なことに巻き込まれなければいいが」


 俺はそう呟くと重い足を謁見の間へと向ける。それから、スノール王国に来たことは失敗だったかもしれないと思うのだった。


 

「全く、城に入ってから来るのが遅いですね。普通は国王様にすぐに挨拶しに来るのが当たり前ではないかな?」


 謁見の間に入ってすぐ嫌味が飛んでくる。宰相のバズールだ。もちろん、俺は聞き流していたがブロードはできなかったらしい。


「スノール王国を救った英雄であるアレス殿になんて事を言うのだ!」


 そして一歩踏み出すとバズールを睨んだのだ。しかし、バズールは不適な笑みを浮かべ俺を指差してくる。


「ふん、過去の事をいつまでも引っ張ってくるとは……。もうこの者の時代は終わったのだよ。全くブロード騎士団長、お前ももう年だな」

「……今のは聞き捨てならんぞ」

「なら、どうするというのだ? 国王様の前で私を斬るかね?」

「バズール、貴様……」


 ブロードは拳を握りしめバズールに向かっていく。俺は慌ててブロードの前に手を出し首を横に振る。それから視線だけバズールに向けた。


「さっさと要件を言え。ないなら帰るぞ」


 そして顔を出口の扉の方に向けたのだ。バズールは舌打ちする。しかし、すぐに口角を上げると隣りで俺をずっと睨んでいた国王ノマットに声をかけた。


「国王様……」

「わかっておる」


 ノマットはゆっくり立ち上がる。そして大事そうに装飾がされた小箱を眺めながら口を開いた。


「この中には私の可愛いグドルフの遺灰が入っている。何故この子は死なねばならなかったのだろうな……。貴様はわかるか?」


 そしてまるで俺が殺したと言わんばかりに憎悪がこもった目で睨んできたのだ。俺は軽く溜め息を吐く。


「グドルフ殿が亡くなったのは確か病死だろう」


 すると小箱を撫でていた国王はゆっくりと頷く。


「そうだ。魔王軍との戦いで心労が溜まって病気になってしまいそれが悪化して死んだのだ」


 そして再び俺を睨んできたのだ。おかげで俺は苦笑してしまう。だが、すぐに表情を戻すと過去を思い出しながら口を開いた。


「戦いね……ちなみに俺の記憶だとグドルフ殿は一度も魔物と戦ってないみたいだが?」


 俺はブロードを見ると頷いてくる。しかし、ノマットは違ったらしい。色々な意味で。


「グドルフは気持ちで立派に戦っていたのだ! 実際に戦うのは貴様らの仕事だろう‼︎」


 俺達は思わず顔を見合わせる。正直、何を言っているのかわからなかったからだ。

 だがノマットはそんなことを気にする様子もなく再び喋りはじめた。


「私の可愛い息子が死んだのは役に立たない勇者がいたからだ。しかも呪いにかかり更に役に立たない加護無しのゴミくずになったわけだ。そんな勇者はもういらないだろう?」

「……何が言いたい?」

「バズールが言うにはこのネイダール大陸には勇者の数に上限があるらしいな。なら、真の勇者を生み出すべく加護無しのゴミくずは排除すべきではないかな。そうだろバズール」

「はい、国王様。グドルフ様が生まれ変わって真の勇者となれるようにこのゴミには消えてもらいましょう」


 バズールはそう言うと醜悪な笑みを浮かべ手を掲げた。直後、謁見の間にいた衛兵達が全員剣を抜く。更に扉から複数の暗殺者らしき格好をした連中が現れ俺達を取り囲んできた。


「貴様ら!」


 ブロードは怒りの形相で剣を抜き俺を守る様に立つ。そんなブロードの背に守られながら辺りを見回すと皆殺す気満々の気配を俺に向けているのがわかった。


「どうやら、最初からこうする為に呼んだようだな……」

「王太子殿下をアレス殿から離したのも策だったのでしょう」

「やれやれ」


 俺は溜め息を吐きながら寂しくなった腰元を見る。城に入る際に武器は預けてしまっていたのだ。


 それを考えての謁見の間か……


 俺は首謀者達を見る。ノマットは遺灰が入った小箱を愛おしそうに撫でておりバズールは憎悪を含んだ目で何故か俺を睨んでいた。

 俺は思わず首を傾げそうになる。千歩程譲ってノマットが俺を恨むのは理解できる。しかしバズールは何故なんだと。

 だが、考えている時間はないらしい。衛兵達が距離を狭めてきたからだ。俺は拳を構える。


「ブロード、やるぞ」

「では、アレス殿の武器を確保しませんとね」


 ブロードはそう言うと衛兵に突っ込んでいきあっという間に一人倒す。そして衛兵が持っていた剣を俺に投げてきたのだ。俺はすぐに受け取り剣を構えるとバズールは地団駄を踏みながら叫んできた。


「貴様らのやっている事はスノール王国への敵対行為だぞ!」

「話しにならないな。お前と国王は頭がおかしくなったんじゃないか?」

「黙れアレス! 貴様は自分の命欲しさに真の勇者を生み出すのを拒否すると言うのか‼︎」

「……拒否も何もそもそもお前は勘違いしている」


 俺がそう言うとブロードも頷く。


「勇者の上限は四人。そして現在このネイダール大陸には勇者は三人。つまりアレス殿がわざわざ殺される意味はないということだ」


 そしてバズールを睨んだのだ。しかしバズールは歯軋りして俺を睨む。


「うるさいぞ裏切り者アレス! 貴様は死ななければならないのだ! だからさっさと死んでしまえ!」


 そう言うと俺を指差す。直後、暗殺者の格好をした者達が動きだす。そして音もなく連携攻撃を仕掛けてきた。

 俺は剣とミスリル製の小手で攻撃をいなす。その際、相手の力量も調べたのだが思わずバズールを睨んでしまう。手合わせをした際、暗殺者達が城の連中ではないのがわかったからだ。


「やれやれ、税の無駄遣いを」


 そう呟きながらも安堵していた。実力がわかりたいしたことないと判断したからだ。そして思っていた通り戦っていると暗殺者達は勝てないと判断したのかいったん俺から距離を取りだしたのだ。

 もちろん俺はその隙にバズールに向かっていく。今回計画を立てたバズールを倒せば戦いは終わる可能性があるとと判断したから。

 しかし、後一歩というところで突然足元から黒い炎の槍が大量に突き出してきたのだ。

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